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虚無

 恐怖による沈黙に耐え切れなくなるように、双頭斧を振りかざし、声をあげながらタギャルが真っ先に走り飛び掛かった。

 魔女の左肩から斜めに切りかかるように双頭斧を振り下ろすと、あっさりと双頭斧の刃が魔女の身体を切り抜いた。


「うおっ!?」


 刃が通ると思っていなかったタギャルから驚愕の声が漏れる。

 魔女を切り裂いた双頭斧の切り口からは赤い血肉ではなく、黒い魔力が渦巻くように溢れている。

 そして魔女は、真二つになったままの身体で、タギャルの方に首を動かして視線を向けた。

 切り裂かれても変哲のない体で、表情のない顔を向けられたタギャルは、咄嗟に大きく後退して、武器を構えたまま距離を取る。

 アルフレッドがそれを見て援護するように手を向けて雷撃魔法を放ち、魔女の足元に直撃させて地面を巻き上げるように土煙をあげて視界を遮る。


「おまえは……」


 何もない空間からシミターを二本取り出すと、怒りに身を任せたまま、土煙にまみれた魔女に向かって低空飛行でオブティアスが突っ込む。


「あんな、いい、兄貴に……!」


 一言一言を唸るように腹から低い音を吐き出しながら、交互に一振り一振り横に振り払うように切り裂く。

 オブティアスが一振りする度に、生身の肉体が切り裂かれる感触がシミターを通じて感じ取れた。

 抵抗する様子のない魔女の姿は、土煙にまみれて見えないが、切り裂く風圧に分かれた黒い切り口だけが一瞬覗いた。


「この最低野郎が!!!」


 魔女のすぐそばでシミターをクロスさせ、十字架の斬撃を目の前で直撃させる。

 半回転して魔女を包むように赤黒い斬撃が炸裂した。


 舞い上がった土煙が吹き飛ばされた先には、乱雑な半月切りになった後、腹部あたりの肉が原型をとどめないほど粉砕された魔女の姿。


「いい、兄貴……ハハッ」


 声帯もなければ、肺も動いていないはずの身体で、どこから声を出しているのかもわからないのに、マネキンのように動く口からは音が出てくる。

 思いにふけるように遠くを見つめて、自身に吐き出されたオブティアスの言葉に、表情もないまま乾いた笑い声が小さくあがった。


「人形だもんね」


 ぐちゃぐちゃになった肉片も、空中に漂うようにしながら風に吹かれる雲の様に、マリーの動きに合わせて動く。

 動かずに目の前にいたオブティアスは、その引き裂かれてなお全く平常通りに動く魔女を目にして驚愕していた。

 だがその深淵よりも深い、ひたすらに奈落の底に吸い込まれていくような色の、伏せた瞳を目にして、身体が全く動かなくなる。

 制約の血を受けた時とはまた違う、冷静な思考は戦う事を望んでいるが、生存本能から体がそれを拒否するように、本人の意思とは関係なく動かすことを拒むように。

 魔女の瞳から目を放すことができず恐怖に駆られて、ガタガタとオブティアスの固まった身体が震え、噴き出す冷や汗が身体中からしたたり落ちる。


 連携を取るように魔女の横に走り込んで回り込んだハンニバルが、魔女の意識を自分に向けるように、黄色く光る小さな砲撃魔法を連射する。

 さらにファフィストが魔女からオブティアスを引き離すように緑の砲撃魔法で吹き飛ばし、ラパスとシュバイツが浮遊魔法でそれを援護してオブティアスを保護し、アルフレッドの雷撃魔法とガザルガの砲撃魔法を追撃するように連射して集中砲火し、魔女は攻撃による黒い爆炎に包まれた。

 追い打ちをかけるように、他の魔導士たちも砲撃魔法を開始し、色とりどりの攻撃魔法が黒い爆炎に投げ込まれていく。

 魔法と魔法が化学反応を起こすように誘爆し、爆発を増長するように大きく広がっていく。


「っ……」


 爆発が一定量加えられた後、様子見の為に一旦全員が攻撃を止める。

 爆炎がゆっくりと消えるように収まっていくのを、それぞれが得体の知れない恐怖感に襲われながらもじっと見続けていた。

 そしてその姿が煙の下から覗いたとき、声にならない悲鳴があがる。


 左目周辺の顔部分だけを残した、どろどろとした粘着性のある、液体のようにぬめぬめ光った、黒い塊。


 深淵よりも深い、瞳と同じ色をしたそれが、ボコボコと泡立つように波打ち、蠢きながら膨らむように広がっては縮んでを繰り返している。


「それがお主の本質か、魔女殿」


 ハンニバルがそう告げながら両手を前に突き出して、指を鳴らすような動きをして座標を指定する。

 即座に結界魔法が展開され、流動体のようにどろどろと蠢いているそれを、三重に包み込んだ。

 それを合図とするように、ファフィスト、ラパス、ガザルガ、シュバイツが一斉に極太の砲撃魔法を繰り出すが、どろどろの流動体に飲み込まれ、吸収されるように、ボコンボコンと伸び縮みして、あちこちが引っ張られるように動いた後、空中で漂うようにまた蠢き始める。


「そんな怯えるほど怖い?」


 口もないのに、声だけが流動体から響くように聞こえる。唯一残っている左目が、軽蔑するように上から見下ろしている。


「ドラゴニングボルト!!!」


 一瞬の間を置いた後、アルフレッドが両手を広げ、三つの竜の頭が放たれる。

 蜷局を巻くように三つの首が入り組みながら、至近距離で放たれた巨大な頭が、大きな牙をむいて飲み込むように黒い塊に噛み付く。

 辺り一帯が青白く照らされ、余波による電流が辺りの地面を伝う。

 眩しさに目を覆っていた面々が、だんだんと落ち着いてきた光に目を向けるが、黒い流動する塊は、何事もなかったかのように蠢き続けたままだった。


「アイスウォール!!」


 ハンニバルの結界魔法で動きを固定したままの塊に、アリアナが渾身の氷魔法を叩き込む。

 小さな城程の巨大な氷は、黒い塊を包んだ瞬間に、氷が解け水が沸騰して蒸発する過程を一瞬で発生させるように、大量の水蒸気を発生させて爆発した。

 爆発によって弾き飛ばされた鋭い氷の欠片から身を守るために、各々が即座に防壁魔法を添加して、なんとか弾き飛ばしてその場をしのぐ。


「一応念のために燃やさせてもらうよ!!」


 なおも蠢き続ける黒い塊に向かって、ジェイドがサラマンダーとの連携爆炎魔法を連射する。

 着弾と同時に爆発し、燃え盛る炎に包まれるが、しばらくすると、炎は踊るように黒い塊を螺旋状に回転して掻き消えていった。


「やだって、そんな命令したくない、絶対碌なことにならないって! あぁもう、わかった! わかったってば、お願い!」


 ヨハンが何かに抵抗するように、弓を構えたまま、大きく声をあげながら首を横に振り続けていた。

 だが最後に説得に折れた様に、両肩を落として苦渋の顔をしながら、黒い塊を睨み付けた。

 矢を持ったままの右腕を振り下ろすと、周囲にヨハンが使役している総勢三十体の様々な使い魔が一斉に召喚された。


「食べろ!!」


 それぞれの使い魔が飛び掛かり、黒い塊を食い千切る様に噛み付き、咀嚼する。

 引き千切って飲み込み、ガツガツとかっ喰らうように、飲み込んでは噛み付き、飲み込んでは噛み付く。

 溢れ出す黒い流動体を、数多くの魔物が取りついて貪り喰らう。

 悲鳴も何の反応もないまま食らいつかれていく黒い塊。

 もはやホラーにしか見えないような光景を、その場の全員が目にして、何人かが中身が空っぽの胃から吐き気を催した。


「そんな、ダメだ……ああ! みんな!」


 ヨハンの声が絶望に染まっていく。

 喰らい付いていた使い魔の、目から、鼻から、黒い流動体が噴き出し始めた。

 そのまま使い魔の身体は、黒い流動体と溶け合うようにドロリと溶け出し始め、やがて渦巻く流れに飲み込まれるように流動体に飲まれていく。

 黒い塊に近い使い魔から、一匹、また一匹と、流動体と同化するように溶け合って、やがてその境が分からなくなるように飲み込まれてすべて消えていった。

 真青な顔で、その場にうずくまるようにヨハンは腰を落とした。


「もう、いい」


 全員が一通り攻撃を終えたタイミングだった。

 自身の身体を再生させる回復魔法さえ億劫になっていた魔女は、もう何もかもがどうでもよくなったかのように呟く。


 周囲の空気が不穏に、がらりと変わった。

 鳥肌が立ち、毛が逆立って全身で危険が近付いていることを警告していた。

 最初に気が付いたのはオブティアスだった。


 空から降り注がれていた魔物たちが、大きな渦を巻くように、大陸を覆う竜巻のように、魔女に向かって吸い込まれ始めた。

 悲鳴があがる。しかし逃げる場所はどこにもなかった。防壁魔法を張っても、そのあまりの数に何度も衝突し、ひび割れて粉々に砕けていく。

 魔女に向かって吸い込まれる、魔物で出来た巨大な濁流の波に、魔導士たちは飲み込まれていった。


「な、にが……これ、は」


「起きたの。おはよう」


 ウィラードが目にしたのは、完全に力尽きて倒れた魔導士たちと、その中心にいる、変わり果てた妹の姿だった。

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