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不在

 ロックが意識を取り戻す少し前、転々とあちこちに倒れていた魔導士たちは、一人、また一人と重い身を何とか起こしていた。

 それぞれが周りを見渡せば、少し離れたところに同じように倒れていたところを起き上がるところの様子だった。


「皆さん、ご無事で……?」


「ウィラードが起きない、あとロックが見当たらない」


「えっ、ちょっと待って」


「二人ともやられてねぇ、魔力は生きてる。ロックは遠くの方に飛ばされてるだけだ」


 近場にいたアリアナ、ジェイド、ヨハン、オブティアスがそれぞれ声をかけあって状況を確認する。

 オブティアスが魔力を辿るように視線を遠くに向けながら話す。その視線に合わせるように三人が顔を向けて、クレーター状に大きく大陸が抉り取られてしまっていることに気づいて戦慄した。

 大きくえぐれたクレーターの端から端までは目を凝らさなければ見えないほどはるか遠くにある。

 わかっていたつもりでいた面々も、改めてその規格外の攻撃を目の当たりにして、見る見るうちに顔色を青くしていった。


「これ、あの時の爆発で……?」


「エルプッサ山脈あたりも、消えてるよなこれ」


「マジ規模が違い過ぎて勝てる気しねぇわ」


 呆然としながら、自然と考えたことが口から出てしまう。まだ爆発の余韻が燻り、灰色の煙がようやく収まりそうに小さく立ち上っている。

 ウィラードはクレーターのほぼ中心あたりに、人型の穴をあけるように大きく地面にめり込んで、白い煙が上がったまま動く様子がなかった。


「俺達全員庇って、ウィラード自身の防壁魔法が一瞬タイミング遅れた」


 頑丈な竜族の身体を持っていたオブティアスだからこそ、衝撃とダメージに気絶するギリギリまでの意識を保ち続ける時間が長く、故にそれを目にすることが出来た。

 あれだけ強力な魔力攻撃を、その身に一番多く浴びて無事だったのは、やはり世界の創造主たる魔法使いこそだ。

 他の誰かにかすりでもすれば、それこそ骨すら残さず吹き飛ばされただけの威力があった。

 無事ではあるのはかすかに動く生きた魔力の動きでオブティアスには分かるのだが、ダメージが相当大きかったことも同時に知ることとなる。

 あれだけ膨大な魔力を漂わせていた魔法使いが、今はほぼ蟲の囁き程の魔力しかオブティアスには感じ取れなかった。

 アリアナ達三人も、少し離れている所で倒れているウィラードを確認することが出来た。


「主戦力二人が脱落とは、厳しいねぇ」


「あの魔女の行動パターン一番理解してるのも、その二人だよね」


「で、当の本人、魔女さんはいずこよ」


 遠くの方で、ハンニバルたち他の魔導士や、タギャルやアルフレッドも起き上がっているのを見つけて、アリアナは名を呼びながらアルフレッドの方へと駆け寄っていった。

 その様子を痛む身体を手で押さえて眺めながらジェイドとヨハンが口にすれば、オブティアスは上の方を見上げて目を凝らした。

 続くように二人も視線を上に向ける。黒い雲が広がるばかりで、魔物が降り注ぐ雨粒を視認することは出来るが、それらしい影がどれかわからない。


「見えないねぇ」


「雲より上には昇ってねぇよ、ギリギリのところにいるけど」


「そこに居座られたら攻撃届かないよ?」


 ヨハンがそう言いながらも、苦々しい表情に変わり、傍にいた二人も同じように目を伏せる。


「たとえ届いたとしても、ねぇ」


 ジェイドが呟く。攻撃が届いたとしても、魔女にダメージが全く与えられていないことは分かっている。

 ウィラードとロックの主戦力二人を除いて、勝てる見込みがまるでない。


「攻撃も届かないし、二人が起きるの待つしかないねぇ」


「ロックの方迎えに行ける?」


「行きてーのは山々なんだが、悪ぃが俺もそんなに魔力残ってねぇんでよ……」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、オブティアスは視線をロックがいると思われるクレーターの端の方に向けた。

 彼にとっては大事な甥っ子だ。今すぐにでも駆け付けたい思いは本当だろうことが二人にはわかった。


「二人が起きるのを待つ、それしかないでしょうなぁ」


「問題は残された時間がどれくらいってことだ」


「ここでどれだけ気絶していたか、まぁ、わからないよな」


「時計があっても経過した日にちまでは示してくれんからのぅ」


 ハンニバル、ファフィスト、ラパス、ガザルガ、シュバイツら教師陣は、気絶しているウィラードの様子を確認するように覗き込んだ後、オブティアス達の話を聞くように近寄ってきていた。

 それぞれが時計を確認したが、戦闘の衝撃で全員壊れてしまっているようだ。

 壊れた時間もまちまちなので、魔力爆発が起きた時間を計ることも難しい様子だった。

 魔女が指定した期間は一週間。塔に辿り着いた時点で三日は経過していた。

 それから発生した戦闘も、全員が消耗するほどかなり長い時間戦い続けている。

 気絶していた時間が短ければいいが、そうでないならおちおちしていられない。


「二人が起きたとしても、あそこにいられたんじゃすぐ攻撃に移れないでしょう」


「なんか引きずりおんす手ぇ考えんといかんな」


 アリアナを引き連れて、アルフレッドとタギャルも集まってきた。

 遥か上空にいるはずの魔女を探すように、目を凝らして視線を彷徨わせるが、その場にいる誰にも魔女の姿を視認できない。

 姿さえ見えないほどの上空にいる魔女をなんとかして地表まで引きずり降ろさないとならない。

 そこに全員の思考がたどり着いて、一斉に大きな溜息の合唱が響いた。


「無理くない?」


「無理でもなんでも、やるしかないでしょう!」


 弱気なヨハンの発言に、アリアナが噛み付くように大きな声を出した。

 そしてその声に反応するように、地面に沈んだ窪みから微かな呻き声が一瞬こぼれる。


 真先にオブティアスがウィラードの方を振り返る。継ぎ接ぎだらけの手袋が、指先だけピクリと動いたように見えた。


「ウィラード!」


 オブティアスが声をかけて駆け付けるように近寄ろうとしたが、周りがそれに反応したと同時に、激しい衝撃に包まれる。

 衝撃に耐えようと息を飲むような声があちこちからあがり、飛ばされまいと衝撃にダメージが残る重い足を踏ん張る。

 吹き荒れる暴風に焼かれた砂が巻き上がって、それから瞳を守るように手で顔を覆った。


「人形! 人形! 人形! 人形! 人形! 人形! 人形! 人形!」


 巻き上がる砂が収まって手を少し放し目を凝らしたところに、とんがり帽子の鍔を揺らしながら右足を踏み鳴らしているマリーが、黒いローブを大きくなびかせて、先程までウィラードが倒れていた場所に降り立っていた。

 先程の衝撃は、マリーが恐ろしい速さで地表まで降下してきた後、意識を取り戻そうとしていたウィラードに直接打撃を加えたものだった。

 ウィラードの姿は、先程の衝撃に加えて、連続で足を踏み鳴らしているマリーの攻撃によって、深く地中に埋まっていき、もう視認することが出来ない深さにめり込んでいっている。


「あー……」


 顔のないマネキンが、身体をぎこちなく軋ませながら動いている。

 今のマリーの姿は、まさにその様子だった。

 正体不明の恐怖にその場の全員が駆られ、気温が一気に冷え込むように背筋に悪寒が走り、それとは不釣り合いに気温が上昇したように、冷や汗がどばっと噴き出してきた。


「もう、残り二日だよ」


 表情のない顔が、ブリキ人形のようにギギギと首を動かしてこちらに向いた後、口がそう告げるように動いた。


「ほら、降りてきてあげたよ?」


 おいでと言わんばかりに、表情のない顔を向けたまま、魔法使いが倒れていた埋もれた地面の上で、両手を広げる。

 見えない位置にいたはずなのに、こちらの会話は魔女に筒抜けになっている。

 その事実に全員がゾッとした。

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