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訓練

 マリーが作った訓練は困難を極めた。三十体の魔物に囲まれたらまず勝ち目も無くなると、距離を取って逃げたところまではよかった。使い慣れた剣を急いで腰から引き抜いて、少しでも数を減らそうと近い物から切り込んでいく。しかし予想以上に皮膚が硬かったのだ。

 学園に入学する前から訓練を重ねた結果、木なら薪割りのように素早く切れるし、石だって力加減を調節すれば砕くことも出来ないわけではない。その上ロックも魔物と戦った経験がある。生まれ育った村に幾度となく出現したことがあるので、村の男たちと一緒だったが、剣で戦い倒したことも一度や二度ではない。

 そんな彼が刃を振り下ろした魔物は、普通なら真二つに切り落とされていてもおかしくはないはずの脆弱な皮膚を持つ魔物だった。

 しかし固い岩を叩く木の棒のようにロックの剣はその魔物に通用しなかった。ビリビリと反動で腕を痺れさせながら、ロックはマリーが言っていたことを思い出す。「二、三倍強くしといたから」と。表現は大雑把だが実感すると恐ろしい。たったそれだけでこれほどまでに能力に差があるのだ。今の自分の力が通用しないことが痛いほどにわかる。今まで村に襲撃してきた弱い魔物とは比べようがなかった。

 ふと背後に別の魔物が回り込んで、その牙で切りかかろうと吠えて飛び掛かってきたのが気配で分かり、咄嗟に身をかがめてかわし、しゃがんだまま地面を蹴って魔物の股下から攻撃範囲外に移動して距離を取る。


「闇雲に戦っては持ちませんわよ!」


「わぁってるよ!」


 そのまま背中合わせになったアリアナからの叱責を、怒号で返す。一瞬ムッとした表情になるが、周囲を魔物に囲まれた油断ならない状況なので言い返すことはしない。

 本来魔物が相手だと、訓練を積んだ騎士でも一人で一度に相手にするとなると三体がやっとだった。鍛えたロックでもその腕力に物を言わせても五体が限界。それが三十体、十倍の数だ。持久戦は必須、出来うる限り体力は温存したほうがいい。

 頭で分かってはいるものの、作戦を考える前に魔物が飛び掛かってくる為、状況を打破する考えがまとまらない。無駄に剣をふるって威嚇し、何とか魔物を遠ざけようとする。そしてその度に体力を消耗していたのだ。

 アリアナも魔物が飛び掛かってくるたびに氷柱を出現させて氷漬けにしているが、三十体相手は当然魔力が厳しい。そして彼女は魔法攻撃を主とする上、素早さを生かした対人攻撃こそ学んでいたものの、魔物に通用するだけの物理的な攻撃力がなかった。見た目は普通の貴族の淑女、いくら訓練を積んでいても、女性らしいか弱い腕力が限界。そもそも屋敷で暮らす貴族の女性に戦う訓練をさせる方が希少、当たり前と言えば当たり前だ。

 とりあえず落ち着こうと一息ついて柄を握りなおし、周りの状況を把握しようと首をまわした。

ゴブリン、レットキャップ、トロール、フェンリル、ケルベロス、ワイバーンそれぞれが五体。アリアナが凍らせたのは一番弱いゴブリン三体だ。

 咄嗟に逃げたお陰で、とりあえず戦いやすそうな中心位置にたどり着くことは出来た。だがマリーが作り上げたこの空間は、魔物以外は何もない。身を隠せるような建物や植物など一切ないのだ。どこかに隠れたりは出来ない。

 走り出したことに追いつけなかった魔物は半数、残り半数は既に追いついてきている。飛び掛かってきた魔物はゴブリン二匹、凌ぐのがやっとでアリアナに氷漬けにされた。


「なぁ、全部倒すいい作戦とかない?」


「あなたの訓練でしょうに、嘆かわしいこと言わないでくださいまし」


「現状ないってことか」


「ぐっ」


 何とか思考を整えようと、アリアナに声をかけて作戦を伺うも、思考がまとまらないのはアリアナも同じらしい。ここ数日の勉強漬けで、アリアナの性格も大分わかってきた。出来ることは出来るとはっきり言うが、出来ないときは話題をそらす。貴族として弱みを見せるわけにはいかないよう教育されているからだろうか、だが慣れればわかりやすい。今それが理解できたところで現状がよくなったわけではないが。

 何か作戦はないかと思考を巡らそうとした瞬間に、また魔物が一匹飛び掛かってくる。避けるとアリアナにも当たる範囲だ。剣で受けとめるが、その後のことなど考えていない。

 作戦を考えるよりも先に、魔物が蠢き襲い掛かってくる。ロックは考えるよりも先に、剣を振った。




(なーんでこんな状態で意識が残ってんのかなー)


 魔物との戦いの末に再起不能なまでに叩きのめされることにも慣れてきたロック。宣言通り悲鳴を上げることが出来なくなったあたりでマリーが体を再生しに来た回数は多く、ロックは十回を超えたあたりで数えるのをやめたのだが、マリーが律儀に教えてくれるので、数え間違いでなければこれで通算三十七回目の死亡だ。

 痛覚というものは、一定の範囲を超えると感じないというのをロックは知った。知りたかったわけではないが、これだけの回数をボロボロにされると流石にわかる。最初はレットキャップに真二つにされたし、次はトロールに棍棒で叩き潰された。フェンリルとケロベロスに噛み殺されもしたし、ワイバーンに上空から落とされた。

 今自分はケロベロスに咀嚼されて吐き出され、ぐちゃぐちゃの肉塊なのだろうなと、なんとなく感じる。視覚聴覚嗅覚も消え、喉もつぶれて声も出ないし痛覚もない。移動もできないのでマリーが体を再生しに来るまでじっとしているしかない。

 なんとなく隣で同じようにウゴウゴ蠢いている気配は感じるので、アリアナが同じような状態で隣にいるのだろうなと考えることができた。確かに庶民出身のロックであるなら特に問題はないが、貴族の令嬢にこれをさせるのはあまりよろしくないとさすがのロックも気付いている。


「三十七回目、落第点」


 しばらくしてようやくマリーが体を回復しに来たため、ロックの体がまともに動くようになると、マリーは呆れ声で二人に呟いた。

 改めて隣を見ると、ウゴウゴしている血まみれのひき肉の塊はアリアナだろうか。マリーが肉塊の上に手をかざすと、掌から白い光が降り注ぎ、アリアナの体が見る見るうちに再生していく。

 体の再生中は痛覚が戻ってくる為、追体験するように声が戻り次第悲鳴があがる。絹を裂くような悲鳴などではない、地獄の底で拷問にかかっているかのような断末魔の悲鳴だ。聞いているだけで自分も追想してしまい、先ほどの感覚に身震いする。


「体の再生時に痛覚消すことは出来ないのか?」


「出来るよ」


「出来るんかい! やってくれよ!」


「それじゃ学ばないし、面倒くさい」


 何かそれらしい理由を付けようと一瞬考えたようだが、多分最後の一言にすべてが集約されているだろう。

 確かに最強の魔導士になるために強くなることは必要不可欠だが、その前に精神がやられてしまう。もう少し労わってもらえないだろうか。


「ここまで出来ないとは思わなかった。今日はもう終わり」


 アリアナを一通り治すと、指を鳴らして複製した魔物を煙のように掻き消す。アリアナと協力しても、強化された魔物は八体倒すのがやっとだった。それもこの中で一番弱いゴブリン五体と次いで弱いレッドキャップ三体。マリーの高い特訓の水準と、自身の能力の低さを改めて気付かされて、ロックはかなり気が滅入った。

 ちなみにジェイドはゴブリンを三体倒したあたりでもう遅いからと帰って行ってしまった。


「一日で全部倒せると踏んで作ったんだけどなー。思った以上に時間かかるなむかつく」


「予想以上に弱くて悪かったな」


「全部倒せるまでは毎日やるしかないか」


「えっマジ? ええぇ……」


 ロックには毎日の通常講習に学園内全トイレ掃除の罰とアリアナの個人講習がついている。そこにマリーの修行まで加わるとなると、ほぼ一日が消費されてしまい、自由時間が全くなくなってしまった。

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