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真理

 沈黙に耐えられなくなったのはオブティアスだった。

 翼を羽ばたかせて低空飛行し、真正面から獲物を狙う隼のような速さで突っ込んでいった。

 シミターを空中から取り出し、クロスさせて魔力の斬撃を繰り出す。

 真直ぐと進んでいく赤黒い回転する十字の斬撃は、足を組んで座ったままでいるマリーの目の前で縮んでいくように掻き消えていった。


「くっそ!!」


 そのまま退屈そうにしている魔女の目の前まで接近したオブティアスが、両手のシミターを同時に振り下ろすが、魔女は微動だにせず器用に左手の四本の指を使ってそれぞれのシミターを挟んで止めた。

 力量の差に愕然とし、何とかシミターを振りほどこうとオブティアスが抵抗するも梃でも動かない。

 しばらく抵抗し、オブティアスが息を切らし始めた頃、マリーは手首から上だけを動かして指を振り払うと、突っ込んでいったときの倍以上の速さでオブティアスがロック達のいる付近の壁に叩き付けられた。

 その間マリーはオブティアスを一瞥すらしていなかった。

 オブティアスの突進に一歩遅れて続いていたタギャルが双頭斧を振り下ろす。

 マリーは今度はそれにさえ手をあげない。振り下ろされたタギャルの双頭斧が消えたかと思うと、振り下ろした場所とは反対方向から、硬いものに弾かれるような金属音が響いた。


「幻覚も見破りおって、その上本命も効かんのかい!」


 タギャルはそう吐き捨てて後方に飛び上がって双頭斧を構えて距離を取る。

 即座に背後からハンニバルたちの砲撃魔法が飛んできたが、またしてもマリーを目前にして縮んでいくように掻き消えてしまった。


「遠距離砲撃魔法は効かん! 吸収されるぞ!」


 飛翔して恐ろしい速さで飛び出したウィラードが叫ぶ。その言葉にロックは驚愕した。

 そうだ、そもそも全ても人間を作り、全ての魔法に精通しているのだ。ロックと同じ吸収魔法が使えないはずがなかった。

 流石にウィラードが突っ込んでくると分かるとマリーもその腰をあげて立ち上がる。

 左手に攻撃魔法を溜めて直接叩き込もうと構えて突き出したウィラードの手のひらを、合わせるようにマリーは右手で捉え、軽いハイタッチするような状態になる。


「はーい、残念でしたー」


 感情のない声をあげてそのままウィラードの腹部に素早く左手をやり、同じように攻撃魔法を直接叩き込む。

 爆発音とともに白い光が眩く光り、後方に地面を跳ねるようにウィラードが弾き飛ばされた。


「魔力封印を受けたまま長ーい間その姿を保ち続けたあんたと、ほとんど魔力の消耗のない私が同等だとか、思ってないわよね?」


 マリーは玉座の前に立ったまま腕を組み、首を傾げながら軽蔑するような視線を、体勢を立て直そうと起き上がったウィラードに向ける。

 マリーの頭上から炎のように燃え上がる、掌ほどの大きさの球体が五つほど出現したと思うと、起き上がっていたウィラードに放たれ、即座に横に飛び上がることでそれを回避する。

 球体は瓦礫で出来た床に触れた途端に爆発し、凝縮された魔力の威力を物語るかのように抉れ、瓦礫を破壊してその場に大きな穴を五つ空けた。


「遠距離が無理ならこちらは!?」


 ハンニバルがファフィスト、ラパス、カザルガと合わせるように接近し、マリーの目の前でそれぞれが攻撃魔法を放つ。

 炎に包まれるように、ハンニバル、ファフィスト、ラパス、ガザルガの爆炎魔法が混じり合い、竜巻の様に渦巻いて魔女の姿が見えなくなる。

 だが一撃が終わるようにその爆炎が収まった時、全く意に介さない様子で、攻撃を受ける前と何ら変わりない状態のマリーが佇み、学園長たちの誰にも視線を向けていなかった。

 ガザルガが舌打ちをして、両手を地面に叩きつけると、瓦礫が集まり姿を変え、巨大な化け物の首が口の中にマリーを収めるように地面から生えるように現れる。

 大きな口が、鋭い牙でかみ砕こうとするように勢いよく閉じられるが、マリーに触れた瞬間、硬いものに砕かれるようにひび割れて崩れ崩壊していく。


 体勢を立て直したウィラードが再度マリーに突っ込み、それに合わせるようにオブティアス、タギャル、そして知らぬ間に駆け出していたアルフレッドが同時に攻撃する。 

 タギャルの幻覚魔法でそれぞれの姿を攪乱しながら、目に見えている場所とは全く別の場所から、赤黒い斬撃、青い雷、白い砲撃が魔女の至近距離で同時に発射される。

 マリーは幻覚どころか本物ですら効かずほのかに感じる風の如く全く気に留める様子もないが、ウィラードが放つ白い砲撃魔法のみ、左手で弾き飛ばして攻撃を避けた。


「ウィラード、口じゃああ言ってるがお前の攻撃だけ警戒してる! そのまま攻撃続けてくれ!!」


 ここまでずっと警戒しながら眺めていたロックが、剣を握りなおして正面から突っ込んでいった。

 剣を振りかぶり、魔力の刃をマリーに向けて振り下ろすが、動きもしない魔女はそれに向き直ることなく後ろ手のまま魔力で作られた刃を掴んで止める。

 歯を食いしばり、魔力を吸収しようとする。だがロックはそこで雷魔法とも違う稲妻弾け飛ばされる。吸収した一瞬で許容量を超えてしまった。


「馬鹿ねぇ」


 マリーは流すような視線で弾け飛んだロックの方を見る。


「例え訓練で百万倍相手を吸収できるようになっても、私の分は足りないわよ」


 弾け飛んだ衝撃から身を守るように受け身をとって着地し、左手で地面を掴みながら体勢を立て直す。

 すぐに援護するように背後からジェイドの魔弾とヨハンの矢にアリアナの氷柱が複数飛んできたが、見えない壁に阻まれるように空中で弾かれてまるで通用しない。

 しかし追い打ちをかけるようにウィラードが白い砲撃魔法を交差するように放ち、またしてもマリーは手を払ってそれをはじいた。

 この様子を何度か見てようやくロックは理解したが、ウィラードの攻撃だけはマリーの障壁が効かないらしい。

 そこにオブティアス、タギャル、アルフレッドが再び攻撃を加えようと走り近付いたが、振り下ろした武器は空中で見えない壁に阻まれ、反動をくらい背後に吹き飛ばされる。


「質問には答えてくれるようだから聞くけど! どうして俺の親父に手出ししてくれたかな!?」


 空気魔法でマリーを中心に円を描くように走り加速しながら、使い魔のサラマンダーとの連携による爆炎魔法の魔弾を撃ちながらジェイドが叫ぶ。


「私はいつも、きっかけを与えるだけ」


 ジェイドの方には全く振り向かず、爆炎魔法もものともせずに佇んでいるマリーは、退屈そうに口を開く。


「方法が限られてる人形に、新しい手段を提示するだけ」


 ヨハンが援護するように増殖する矢を放ち続けるが、雨霰と降り注がれる矢は、マリーにかすりもせず、空中の壁に当たって次々砕け散っていく。


「諦めることも、押しとどまることも、引き返すことだって、いつだって出来るようにしてる」


 アリアナが地面から氷柱を大量に発生させるが、即座に爆発するように煙が上がって、一瞬にして蒸発して消えてしまう。


「争う決断をするのは、戦争を起こすのは、いつだって貴方達人間の方よ」


「そんなはずがあるか! それなら私はいつだって争いを止められたはずだ!!」


 ウィラードが激昂して人の身長と同じ太さの砲撃魔法を放った。

 威力が強く、放っているウィラードがズルズルと後退していくほどに強力なものを、マリーは防壁魔法を左手で展開して防ぎ、押しとどめる。

 激しい砲撃に周囲にバチバチと火花が走り、白い光が辺り一帯を照らし続ける。


「いつも考えが浅いのよ。詰めが甘いから、あと一歩で終わるところを静観して、結果悪化させてる」


「なんだと……」


「うおらああああああああああああああああ!!」


 左手で防壁魔法を展開し続けるマリーに、ロックは左から切りつけるように回り込んで剣を振り下ろす。

 手を交差させるようにマリーは右手でその剣を直接握って攻撃を防いだ。


「おめぇが原因をばらまいてることに変わりないだろうが!!」


 ギリギリと刃を押し付けようとロックは腕に力を籠めるがびくともしない。

 そのまま唸るようにかけた声に、マリーは目を細めで流し目で眺める。


「そうね、でも、じゃあなんで魔力封印なんて魔法道具は生まれたのかしらね」


 体勢を立て直して再び切りかかってきたオブティアス、タギャル、アルフレッドの攻撃をまたしても見えない障壁で防いで弾け飛ばす。


「あれには私は手を出してないわ。だって、作らせて何のメリットがあるの? 知ってたら作らせる前に破壊するわ」


「それは」


「つまり、私が関与しなくても、結局人間は他人を害するものを作り上げるのよ」


 そういうとマリーは剣ごとロックの腕を引っ張り、そのままウィラードが放っていた砲撃魔法に巻き込むように突っ込んだ。

 先程マリーの魔力を吸収しようとして容量を超えたせいで、ロックは魔女に対する攻撃魔法をもろに全身に浴びる。

 体中が魔力で叩かれ、衝撃が走り、刺され続けるようなあまりの痛みに悲鳴を上げ、ウィラードが驚愕し慌てて砲撃を中止する。

 焦げだらけになり、煙をあげながらも、なんとか息を吐いて肺に空気を送る。

 片膝を付いたロックを、握り締めている剣ごと放り投げる。ちょうど体勢を立て直そうとしていたオブティアスに直撃した。


「スライムを増やしたのは、魔物をとにかく殲滅したいと偏見に凝り固まった貴族」


「薬草の効果を反転させたとき、その報告を怠ったのは私欲に走った人間」


「王宮を襲ったのは、国を乗っ取り王女を夢見た強欲な少女」


「スカルドラゴンを地下深くに押し込んだのは、英雄を気取った教会の者」


「魔物を殺し、腕を切り落としたのは、血に目がくらんだ生き残り」


 虚空を見つめながらも、まるで見てきたかのように語るマリーの表情は、どこまでも無表情で。

 語り続けるその内容は、きっかけこそ与えはしたもののそのほか一切手を貸していなかったものや、果てには全く魔女が関与していないもの。


「結局私を倒したところで、人形たちは争いをやめない」


 外からずっと眺め続けていた魔女の真理の言葉に、人形たちは否定することが出来ず、歯ぎしりしながら睨み付けた。

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