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休息


「やはり説得は難しいのですか?」


「どうだろうな」


「貴方がそれではマリアージュ様は誰の意見も聞かれませんよ」


「最初から説得をきく奴なら今こうなってないだろう」


 精霊王プロミリオンは、淡く魔力を放ちながら優雅にウィラードの傍に控える。

 周りの妖精に軽く言葉を交わすと、花開くように妖精がわっと現れて、次々と疲弊している魔導士の方へと飛び寄っていった。

 妖精そのものすら希少であるため目にしたこともない魔導士たちは、消耗にうずくまりながらもその存在に驚いて目を見開いていた。

 妖精は魔導士たちの顔の近くにふわふわと寄ると、空中から妖精と同じ大きさのガラスの丸いグラスをポコンと出現させた。

 魔導士たちが見ている目の前で、そのグラスに並々と何もない空中から、驚くほど透き通った、それでいて淡い光を放っている液体が注がれていく。


「癒しの水ですわ。私にはこれくらいしか協力できませんから」


「よろしいので?」


 困惑した表情で妖精からグラスを受け取る魔導士の面々に精霊王が説明した。

 説明を聞いて驚愕した表情でグラスとその中に注がれた液体を二度見したハンニバルが、か細い声で問いかければ、ゆっくりと微笑みながら精霊王は頷き返す。

 それを見ていた面々は、主に学生を筆頭にグラスに注がれた液体を口に持っていき、ゴクリと大きな音を立てて喉に通す。

 ロック達もその中に含まれていた。

 口から喉に通ったそれは、清潔感のある、それでいて心地良い温かさを含み、体の中心から静かな春風が渦巻いて吹き抜けるような感覚。

 癒しの水を飲んだ面々はすべて、体力も魔力も回復し、身体の傷もすべて癒されていた。


「こちらにも一つ分けてもらえないだろうか」


「お兄様!」


「ブティに……兄貴! なんだそれ大丈夫なのか!?」


「おいなんで言いなおし、いっつ」


 血まみれでドロドロになったオブティアスを、アルフレッドが両肩に抱えた状態で飛行しながらロック達の近くに着地した。

 痛みを呻くと同時に口から吐血したオブティアスの容態は見た目通りかなり酷かった。

 ロックもすぐさま駆け寄って、アルフレッドがなるべく平らな地面にオブティアスを横たえるのを手伝うが、触ったところすべてにドロッとした血の感触があった。


「内臓が多数破裂、腕と肩は腱も切ってるな。頭蓋骨も陥没一歩手前だ。よくそれで生きていられたものだ」


「冷静な解説今はやめてくれよマジで……」


「すまん、だが癒しの水があるタイミングでよかった。プロミリオン」


「その名前で呼ぶのやめてください」


 傷をまじまじと見て淡々と話すウィラードの言葉に、ロックは気が気ではなくだんだんと気分を悪くし顔色が暗くなった。

 ウィラードが少し気を悪くしながら精霊王の方を向いて手を出し声をかける。

 精霊王はそれに応えるように、空中からロック達が飲んだのとは少しサイズが大きめのグラスを取り出しながら、ウィラードに言い放った。


「嫌なのか」


「五大王全てウィラード様の付けた名前を嫌がってましたよ、私服と同じでセンスが悪いって」


「……それでマリアージュの付けた五大王の名を名乗っていたのか……?」


「どちらかというとそっちの方がマシだったと各々判断しただけですが」


 予想外の事実に呻いたウィラードを無視して、精霊王はグラスを携えたまま、横たわるオブティアスにゆっくりと寄り添った。


「大きく息を吐きながら……そう、ゆっくりとです。無理はしないで……」


 精霊王直々に、オブティアスの血が垂れ流されている口にゆっくりと癒しの水が運ばれる。

 こくり、こくりと一口ずつを、言われる通りにゆっくりと飲み込んでいけば、一口飲むごとに一分、体に花開くように皮膚が再生される。

 飲むごとに体力を回復していき、見る見るうちに快活さを取り戻していき、後半はほとんどがぶ飲みに近い状態で癒しの水を飲みほした。


「ぶっはぁっー! 死ぬかと思ったー!!」


「洒落にならねぇっての!!」


 豪快に笑いながら大声をあげたオブティアスに、ロックは項垂れながら大きな声を張り上げる。


「流石に肝が冷えたぞ」


「悪かったって」


「……ルシフォードに言いつけるからな」


「申し訳ございませんでしたぁ!!!!」


 ロックの大声に苦笑しながらもゲラゲラ笑っていた叔父に腹が立ち、睨み付けながら脅し文句を言うと、オブティアスは全力で土下座をかました。

 その様子に傍にいたアリアナ、ジェイド、ヨハン、タギャルはぽかんとしていたが、ここまで連れてきたアルフレッドの方からは噴き出すような音が聞こえた。


「お兄様はなぜこちらに? ゼギル殿下と一緒に海底国で民を安心させていたのでは?」


「戦力は一人でも多い方がいいと殿下が判断されてこっちに行けと命じられたのだ。ヘキル殿下も意識を取り戻したので今は尽力なされている」


「意識がお戻りになられたのですか!? お身体は!?」


「傷は回復魔法ですでに治っている。寝ていた期間が長かったから体力は落ちているが、問題ないそうだ」


 オブティアスの横で様子を見ていたアルフレッドにそっと近寄ったアリアナは、説明を聞いてほっと胸をなでおろした。


「五大王って、聖竜王、精霊王、魔獣王、叡智王、宝石王だよね。他に名前あったの?」


「聖竜王はオブシディーテスト、魔獣王はバルバンドステェル、叡智王はフェファニドールイス、宝石王はレグナスメティス。私も正式にはプロミリオンネルシーですわ」


「長い上に言いにくい!」


「意味もさっぱりわからんわい」


「確かにそれなら分かりやすい五大王の方名乗るなぁ」


「やめろぉ、若気の至りなんだ、やめてくれぇ」


 ヨハンがおずおずときくと、精霊王はヨハンに向かって微笑みながらスラスラと答えて、その名前の長さに全員が引いた。

 突っ込むように畳み掛けたジェイド、ヨハン、タギャルの反応に、ウィラードは自身の感覚がおかしい事にここで初めて気付いて羞恥から両手で顔を覆った。


「確かにマリアージュからダサいと散々言われていたが、そこまで酷かったのか私は」


「少なくとも一歩引いた目線で見ていたマリアージュ様の方がその辺りまだマシでしたよ」


「もっと早く言ってほしかった」


「個人の趣味だから何とも言えないけど……」


「まぁそれでもその服装はどうにかしたほうが良かったと思う」


「これも変に見えるのか!?」


 継ぎ接ぎだらけのちぐはぐな服装を両手でつかみながら、絶望するように顔を暗くしていくウィラード。

 どうやら彼の服装は彼自身の趣味というわけではなく、なるべく一般的で普通の服装を本人なりに目指してきていたらしい。

 ジェイドとヨハンが指摘したためウィラードはようやく気付けた。

 残念ながら一般的で普通の服装に掠りもしていない事に。


「先が思いやられますね……」


「そうですよ。向かうのでしょうこれから、あの塔に」


 精霊王が眉間に皺を寄せながら額に手を当て、ハンニバルが学園主任を引き連れてゆっくりと近寄ってきた。

 降り注がれる魔物は、魔王だったオブティアスがいるせいか、近寄ってくる気配がない。


「出来れば行きたくはない」


「ウィラード様」


「わかっている、行くしかない。すまん」


 兄妹喧嘩すらまともにしたことが無い様子なのか、殺すのではなく倒す方向に納まっても、塔の目前に辿り着いたせいかウィラードは躊躇している。

 自らを生み出した親を諭すような目線で精霊王が嗜めれば、渋々ではあるが、行くことに抵抗しない様子だった。


「ウィラード大丈夫かそんなんで。相手はヤベーくらいに強いし、殺しにも躊躇しねぇぞ」


「覚悟もないんにあんバケモン相手にせんほうがええで……あ」


 オブティアスとタギャルがその様子を心配するように声をかける。

 実際に魔女と戦っただけに重い言葉を言おうとしたタギャルが、なにを思い出したように少し固まった。


「忘れとった、もう一人おったんじゃ」


「え」


「おおよそ時間停止魔法じゃ。茶髪の神父ん服着たガキが一人おった」


 語られたその容姿に心当たりのある学園の面々は、まさかという心境で不安げに顔を見合わせた。

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