怪物
紫の魔力を帯びたままの怪物は、攻撃のすべてを毒で溶かして無効化していた。
頭を狙うと宣言したものの、攻撃が何一つ目標まで届かない為ロック達は苦戦を強いられている。
その上隙を見せれば魔力の層を帯びたままロック目掛けて怪物はタックルを繰り出してくるので、回避と攻撃に分散されて上手く連携が取れなかった。
アリアナは突っ込んでくるたびにアイスグレイブを繰り出すが、毒にあてられて一瞬で蒸気に変わる。
ヨハンの放つ矢も溶かされるし、ジェイドの砲撃も弾き飛ばして効いてる様子が見受けられなかった。
ロックが魔力を吸収しようと剣を振るおうする度に正面に構えてタックルをかましてくるので、そもそも攻撃に回れなかった。
「まず動き止めねぇと吸収できねぇ……!」
動きを止めれば吸収できる。吸収出来れば魔力の層も消える。そうすればパーティメンバーの攻撃もおおよそ通用するだろう。
ジェイドの風力を生かした空気魔法でも、あの巨体を吹き飛ばすのは難しい。
毒の層を纏っているため大型の使い魔を使っても止めることは出来ないだろう。
思考を凝らして作戦を考えながら、ロックはまた正面から魔力の層を帯びて突っ込んでくる怪物をギリギリまで引き付けてから素早く身を翻してかわす。
距離を取っていたウィラードとタギャルも何もしていないわけではない。
タギャルはその双頭斧を振るって怪物を捕えようとするが、すんでのところで怪物がタックルをかますため攻撃が当たらなかった。
ウィラードも動きを止めようと両手を光らせ、魔力の層で包もうとするが、その度に一時的に拘束されるも破裂するように魔力が弾かれ長く続かない。
それほどまでに怪物の力が強力だったのだ。
「この魔力、まさかあっちに人間を連れ込んだのか、マリアージュ……!」
ぜいぜいと息を切らして膝に手を付きながらウィラードが呟く。その言葉も内容も誰にも聞こえはしない。
この後も魔女との戦闘が控えている。あまりここで魔法使いに消耗させるわけにはいかなかった。
息を上げ始めたウィラードに向かって、怪物からの攻撃を避けながらロックが叫んだ。
「ウィラード! もういい、ちょっと下がっててくれ!」
「しかし……!!」
「あんたがいなきゃマリーを倒せねぇだろうが!!」
反論しようとしたウィラードは、そこでぐっと堪えるように口をつぐんだ。
「ロックベル、私の事を信用してくださいます?」
悔しそうにしながらも、大人しく引き下がったウィラードを確認してロックが怪物に向き直ったところに、アリアナが真剣な表情で声をかけた。
「いつもしてんだろ」
「では今私がどうしようとしているかもわかりますの?」
視線だけを一瞬アリアナに向けて、怪物を見ながらロックが応えれば、武器を構えたままアリアナは再度問いかけた。
「……あ、そうか! わかった頼んだ!!」
怪物が溶かした地面を見、再度アリアナを見たロックはピンと閃く。
そのまま大きく叫んで、アリアナから距離を取るように大きく走り出した。
「ジェイド、アリアナの援護! ヨハン、俺と注意引くぞ!」
走りながら大声を張り上げれば、二人は即座に反応する。
ジェイドがアリアナの近くによって、怪物が近寄らないよう注意を払いながら、時折上空からアリアナを狙ってくる魔物を撃ち落としていく。
怪物の攻撃をかわし、時折ヨハンが視線を遮るように怪物の目の前に矢を横切るように放って動きを鈍らせる。
激しくタックルをかます怪物はあちこちを行ったり来たりを繰り返し、一定地点にじっとしていない。
ロックはタックルを避けた先で片手で受け身をとり、回転して体を回しすぐ方向転換してなるべく同じ位置を保とうとする。
あと一手、一瞬だけでいい、一定地点に押しとどめる何かが必要だ。
「ジェイド、地面だ! ヨハン、合わせろ!!」
ロックが合図するように大声をあげれば、ジェイドが怪物前方の地面に向かって砲撃を放つ。
足元を掬われた怪物が盛大に転んだ。そのタイミングでヨハンは氷魔法の付与された矢を放ち、一時的にその動きを止める。
「アリアナァ!!!」
ロックの怒号に応えるように、その両手を大きく開いた。
アリアナの最も得意とする氷魔法の最上級。
『魔法発動までの時間かけ過ぎな上、発動が分かりやす過ぎ』
だから、魔法発動までの時間を短縮し、魔法陣を地中に埋めることで、地中への回避と魔法発動の察知を鈍らせた。
『まず上空ががら空き。飛行魔法でいくらでも避けられる』
ロックはその言葉の通りに、習得した魔力間移動で上空高くに緊急回避した。
「”アイスウォール”!!!!!」
豪邸ほどだった大きさとは比べ物にならない、小さな城程の大きさにまで成長したそれが、一瞬にして出現した。
巨大な氷に飲み込まれた怪物は、その氷を砕こうと恐ろしい力で氷の中心から、巨大な氷にヒビを入れ始める。
しかし確かに、完全に動きを止めることが出来たのだ。
「ロックベル!!」
「こんにゃろがあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
上空から重力に身を任せながら、ロックは吸収魔法を剣に乗せて大きく上から真直ぐ一振りする。
魔力で作られた氷を、熱した刃物が溶かしながらそれを切り落とすように切られて行き、その下にいた怪物の魔力ごと叩き切る。
毒の層がロックに吸収されて弾け飛び、守りのなくなった頭を大きくかち割るように叩いた。
それでも一歩届かない硬さで、怪物はノックアウトされたようにふらつくも、まだよろよろと動いてロックを凝視している。
「しつこいんじゃがああああああああああああああああああああ!!!!!!」
間髪入れずに、一瞬で距離を詰めたタギャルがロックに続くように大きく振りかぶってもう一撃をその後頭部にぶつけた。
双頭斧が脳天を直撃し、魔力の刃がバキンと頭蓋骨を陥没させる。
目、耳、鼻、口。頭部のすべての穴から血が弾けるように飛び散って、その巨体がぐらりと傾き、大きな地響きを起こして倒れとうとう動かなくなった。
「あぁくそ、この後はマリーとかよ、連戦かよ、くそしんどい」
息を切らして片膝を付きながら、ロックは悪態をついた。
周りに自然と寄ってきたパーティメンバーも、想定外の強敵を相手にしたため疲労している。
マリーと直接戦闘したタギャルも、遠くに離れていたウィラードもかなり消耗していた。
ハンニバルや学年主任たちは、怪物が倒れたことに気付いている様子だが、鉄鋼蟲が威嚇してくる為安易にその場を動くことが出来ない。
「じっとしてても魔物が来るし、かといって鉄鋼蟲を刺激するから急に走り出すことも出来ない」
「休息する暇がありゃせんがな」
「こんな状態でマリアージュに挑んでも結果が目に見える。くそ、ここまで計算済みなのか……!?」
ロック達の遥か後方、オブティアスが飛び去って行った方から大きな爆発音と煙が上がる。
全員がそちらに意識をとられて目を向けるが、ここからではどちらが勝利したのか判別できなかった。
「あっちも終わったようだな、オブティアスが来てくれれば少なくとも魔物はなんとかなりそうではあるが……」
「あの爆発ですもの。たとえオブティアス様がご無事でも、すぐにこちらに来ることは出来ませんわ」
ウィラードの発言に、アリアナが肩で息をしながら被せる。
全員が消耗して、尚且つ動けない。時間が経てばたつ程不利になるのに、それをどうすることも出来なかった。
せめて鉄鋼蟲さえなんとかなれば――。
「静まれ!!」
心に澄み渡るような、風が通り抜ける様な澄んだ声が大きく響き渡った。
その声をきいた瞬間、威嚇していた鉄鋼蟲が一斉にビタリと動きが止まった。
「ここは貴方達の巣ではありません。お戻りなさい」
呼びかけるように、優しい声色で諭すと、鉄鋼蟲たちは次第にその瞳の色をゆっくりと静かに落ち着いたものに変える。
言われた通りの言葉に従うように、やがてゾロゾロと怪物が空けた穴に引き返して戻り始めていった。
「プロミリオン……」
「精霊王でよろしいですわ、ウィラード様」
周囲に妖精を飛び交わせながら、頭から蔦を生やした緑の肌の美しい女性が、ウィラード達の背後に佇んでいた。