爆砕
爆音と轟音が鳴り響き、巨大に渦巻く嵐のような稲妻が走る。衝撃が走り、周囲の空気が風圧に集まり、爆発した。
二人の魔物が、その魔力を帯びたぶつかり合いは、光と光がぶつかり合うように激しい閃光を巻き起こしていた。
大鎌から放たれる三日月形の黒い斬撃が、ブーメランのように激しく回転しながら襲い掛かってくるのを、飛行魔法でかわし、シミターで叩き落す。
攻撃力はオブティアスに軍配が上がるが、素早さはオブティアスよりもテンパルの方が上だ。
竜巻のように激しく回転しながら所かまわず放つ斬撃のおかげで、オブティアスはそれを凌ぐばかりで攻撃に転じることが出来ない。
少し前に上空を暗い雲が覆い、魔物が雨霰と降り注いだが、魔物の頂点に君臨していただけに、戦闘中のこの二人に魔物は本能から近寄ろうとしなかった。
それでもテンパルはあえて魔物が巻き込まれるように斬撃を放ち、バラバラに引き裂かれた魔物の残骸が、紙吹雪が舞う如く地面へと皮膚を垂れさがらせて落ちていった。
「まだまだ血が足りねぇ!!」
狂気じみた笑顔を浮かべて、テンパルは叫んだ。
大きく回転しながら、竜巻が近付いてきているのを、空中から球体を作り出して砲撃を加えて近付かないようにする。
「怖気づいたのかよ! やっぱ弱い奴守るような元魔王様は弱虫だな!!」
竜巻から姿を戻して挑発するようにテンパルが大声をあげる。オブティアスは別段怖気づいた訳ではない。
素早さで勝てないことは知っているので、近付かれて一撃でも貰えば、その後の連続で繰り出される斬撃が防ぐことが出来ない。
故に攻撃を受けないように避けつつ、自身の攻撃を当てられる隙を伺っているのだ。
そして当然テンパルもその事に気付いているので、敢えてオブティアスが苛立つような挑発をしてくる。
挑発に乗ってしまったら負けだ。オブティアスは下の方からテンパルの方を見上げながら隙を伺い続ける。
竜巻のような姿になったテンパルがまたしても突っ込んでくる。魔力の斬撃が回転しながら大量に降り注ぐ。
砲撃魔法で撃ち落とし、オブティアスも斬撃をシミターをクロスさせて放つが、竜巻は上空でグルリと動いてあっさりとそれをかわす。
「おっせーんだよバーカ!!」
「幼稚な煽り文句しか言えねぇのか!!」
テンパルの挑発に、ついオブティアスが反論する。攻撃できないもどかしさと、度々かけられる罵声に、少しずつ苛ついて来た証拠だ。
わかっていても、抑えることが出来ない。魔王として上に立ち続け、暴力で下を押さえつけ続けていたオブティアスには、そこまで冷静思考で戦闘が出来ない。
「あーあ、腕が千切れた副官はまだこの程度じゃ怒りもしないぜ?」
そこに、とどめの一撃と言わんばかりにテンパルが嘲笑しながら投げかければ、想定通りにオブティアスは激昂した。
咆哮するように大きく叫びながらオブティアスが魔力の層を帯びて突撃してきたのを、余裕の表情でひらりと回ってかわし、すれ違いざまに大鎌で軽く切りつけた。
左肩甲骨をザクリと切り裂かれ、熱を持った血が迸る。悲鳴こそ上げなかったが、痛みによる呻き声が僅かに上がった。
「簡単には終わらせねぇよ? ゆっくり、少しずつ削り取ってやる」
大鎌に伝った血を指でゆっくりなぞり、テンパルが狂気に満ちた顔でニヤリと笑う。
オブティアスが軽く痛む傷口に気をとられた一瞬に、またも竜巻の様に素早く回転して大量の斬撃を放つ。
空中で回転し、痛む肩を無視して無理にでもシミターを握り、斬撃をクロスして放つが、動きが読まれているように余裕でかわされていく。
オブティアスが魔力を身体に張って、魔力で傷口を補う。
汗ばんで滑る手で、シミターをしっかりと握りなおすが、素早く動く竜巻に狙いが定まらず、目で追うのがやっとだった。
そんなオブティアスを嘲笑うかのように次々と斬撃が繰り出され、空中で回転して移動しながら避けていく。
しかし動きが読まれていたのか、回避した先に先に放たれていた斬撃が大きなカーブを描いて戻ってきていた。
避けられず、今度は右上腕を斜めにザクリと筋肉まで一気に切断した。声にならない音がオブティアスの口から洩れたが、必死の思いで何とかシミターは落とさずにすんでいた。
痛みに動きを止めてはいけない、本能でそれを察知して下に落ちるように回避すると、先程までオブティアスがいた場所に大量の斬撃が降り注いで、斬撃同士がぶつかって魔力が破裂し霧散した。
「あー惜しい惜しいっ!」
笑いながらも、テンパルは攻撃の手を緩めない。
素早い動きであちこち動く竜巻から次々と繰り出されていく三日月形の回転する斬撃が、半分がそのままオブティアスに向かい、半分が逃げ場を奪うように開いた空間を塞いでくる。
「くそうっぜぇ!!!」
自身の怒りを吐き出すように、オブティアスは魔力を周囲に爆発させる。三日月形の斬撃は爆発に巻き込まれて霧散した。
そのままシミターを動かして、まるで舞でも舞っているような動きで球体による砲撃魔法を増やす。
同時に追尾する小型のレーザー砲のようなものも空中から出現させ、空間を波打たせて魔力の球体による弾幕を張った。
オブティアスはテンパルの動きを読んで止めるのを諦めたのだ。
「遅ぇ遅ぇ遅ぇ!!!」
弾幕ゲームの如く、大量の魔力の球体がオブティアスを中心に弾け飛び、レーザーや砲撃がテンパルを追尾して放たれる。
そしてそれを僅かな隙間を掻い潜るように網を縫ってテンパルは素早くよけていく。
オブティアスはテンパルの素早い動きを封じるように、一気に弾幕を増やす。
それはもう弾幕というよりも、空一杯を覆う赤黒い光と言ったほうが近い。
あまりの弾幕の分厚さに、テンパルにはとうとう一歩も避ける隙間がなくなった。だがその顔は不敵に笑ったままだ。
「っ!?」
突如として弾幕もレーザーも砲撃も途絶える。オブティアスの身体がまるで石化してしまったかのように指一本動かせなくなっていた。
飛行することも出来ず、テンパルが大鎌を振りかざし、柄が顔面に叩きこまれるのを眺めていることしかできない。
シミターを両手から取り落とし、オブティアスはその遥か上空から停止した姿勢のままで地面に恐ろしい速さでほとんど突き刺さるように落下した。
大きくひび割れて地面が抉れるも防御魔法もまともに張れず、直撃したダメージがそのまま内臓にまで伝わり、体内で風船が破裂したような感覚。
胃のあたりから液体が大量に込み上げて、堪えきれずに口から大量の赤い液体が吐き出される。
打ち所が悪かったのか、視界の右半分も赤い液体が上の方からタラリと生暖かく流れて塞がれた。
「とっておきは最後まで取っておくもんじゃん?」
柄についた血を拭って指で弄びながら、テンパルが倒れているオブティアスの横に降り立った。
しばらくその手についた血を弄りながら眺めた後、楽しそうにボロボロのオブティアスを上から眺める。
「初代魔獣王は死んだけどさ、一族が滅んだとは一言も言ってないんだよね」
もたれるように両腕を大鎌の柄に組んだテンパルの発した言葉に、オブティアスは未だ身体がまともに動かない中、目を見開いて視線だけで凝視する。
「血の制約。相手の血にさえ触ればその動きを止められる、魔獣王の一族にのみ使える特権なのよな。つまり最初の一撃で勝負は決まってたってわけよ」
狂気的な笑顔がオブティアスにゆっくりと向けられた。
他人を殺すことに長けたその能力は、加虐意識を強烈に刺激する為、使えば使う程殺す衝動を抑えることが出来なくなる。
動けないままのオブティアスに、ギラリと大鎌の切っ先を突き立てようと大きく振りかぶる。
命を絶つ瞬間に歓喜するように、テンパルの瞳は大きく見開かれてギラギラと輝き、醜く歪んでいた。
「それじゃあさよならだな、寂しくないようすぐ他の奴も連れてってやるよ」
その瞬間、テンパルの身体を青白い竜の頭が包み込んだ。
激しい電撃に大きな声で絶叫し、その手に持っていた大鎌が落とされる。
電撃の衝撃で身体が動くようになったオブティアスはその隙を逃さなかった。
「消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
落とされた大鎌を素早く奪い取って、そのまま大きく振るう。
驚愕したテンパルの大きく開いた瞳は、切断された頭の上部からオブティアスを映していた。
オブティアスはそのまま身に任せて感情をすべて爆発させるように、魔力が爆発する。
テンパルの身体はその爆発に激しく燃やされ、収まるころには霞む塵となって消えた。
「……はぁ、俺もまだまだだなぁ。なぁ、アル」
「もう魔王じゃないんだから一人で全部背負わなくてもいいんだぞ」
思い出したかのような痛みに身体がまた動かなくなって倒れたところを覗き込む赤い髪の男、親友と認めたアルフレッドの言葉に、オブティアスはただただ呆れる様な、それでいて満足そうな笑みを浮かべた。