対処
巨大な怪物を何とか空中回避して、鉄鋼蟲のまだ到達していない地面に砂煙をあげ、クレーターを作りながら叩きつけられる。
魔力間移動によって空中移動法を獲得したのはいいが、ロックには制御がまだまだ不安定だった。
目標地点周囲の魔力に吸収魔法を意識すれば、そこに自分が恐ろしい勢いで引っ張られる。
とりあえずの緊急回避には使えそうだとロックは感じた。
「いってぇ……」
だがダメージが全くなかったとはとても言えない。かなりの上空から叩き付けられたのだ。
空中移動で回避したはいいが、重力の緩和まではロックは上手くできなかった。
上空の遠のけていた魔物も追いついて来た上、鉄鋼蟲も蟲特有の素早い動きで近付いてきていた。
なによりロックを上空に弾き飛ばした謎の怪物は、ロックを目にしてからずっと集中狙いするように目を放してくれない。
「なんだってんだよもう……」
節々が痛む重い身体を起こして体勢を立て直す。唸り続ける怪物は、今にもまたタックルをかましてロックに攻撃してきそうだった。
「熱烈なアタックですなぁ、リーダー」
「うっせ」
「出来れば余計な魔力の消耗は避けたいところですが、そうも言っていられませんわ」
「魔力の層が分厚いけど、攻撃効くかなぁあれ。魔物でもないしなんなの」
負傷したロックを援護するように、自然とパーティメンバーが周囲に駆け付け集まってきていた。
陣形を取るように横に並び、それぞれが武器を構えて怪物を警戒するように顔をしかめる。
ヨハンの言った言葉に、ロックは少し驚いたように視線だけ向けた。
「魔物じゃねぇのあれ? どっからどう見ても魔物にしか見えねぇけど」
「一見それっぽいんだけどさ、なんか違うんだよね、魔力の質っていうの? 魔物の魔力とは新型の奴も含めて全然違うというか、どっちかというと――」
――なんか人間臭い。
ヨハンが注意深く観察するように目を細めて告げた言葉に、その場にいたパーティメンバーは驚いて顔を向ける。
「あれが人間ですって? なにをどうすれば人間があんな風貌になれますの?」
「わかんないよ僕だって! でも魔物の魔力じゃないんだもんあれ! 新型は完全に魔物の魔力だったけどあれはなんか違うもん!」
一番魔物に詳しいテイマーのヨハンの言葉は何よりも説得力がある。ロック達の前に立ちはだかっている怪物は魔物ではなく、人間。
その事実にロック達は混乱したが、状況を整理しようとした矢先、また怪物がロックに向かって突っ込んできた。
「アイスグレイブ!」
アリアナが左手を向けて叫ぶ。
前方に一瞬魔法陣が光ったと思うと、向かってくる怪物に伸びるように、怪物と同じサイズの巨大な氷柱が斜めに地面から生えてきた。
短い氷柱は一直線上に向かってくる怪物の走行先に現れ、肉を裂くザクリという音と共に、衝撃が走る。
衝撃に目を瞑った後見たそれは、怪物の上半身を氷柱が大きく貫き、動きを止めている様子だった。
「向かってくるのでしたら構えればいいだけの事。たとえ人間であれ、もうあれではまともな意識はないでしょう。残念ながら」
「安心するのはまだ早そうじゃないかなぁ、アリアナ嬢?」
自身についた氷を振り払いながら、目を瞑ったアリアナに、怪物から目をそらさなかったジェイドが警告する。
ピシピシと氷柱が怪しい音を立て、ミシミシと小さく少しずつヒビが割れ始めていた。
「ロック! とりあえず動き止めてる間にさっきのもう一回いける!? 魔物がちょっと近すぎるよ!」
弓を構え、上空に向かってヨハンが矢を放ちながら叫んだ。
放った矢は魔力を携え、空中で新たな分身を作り出し、まるで散弾銃の様に放射線状に花開きながら魔物の翼を貫き落としていた。
一瞬で魔物の弱点を見抜き、そこを付くように即座に射抜いたその手腕はテイマーであるヨハンならではだ。
「使い魔にして戦力増強とか考えて試してみたけどダメだよ。訓練の時の複製魔物と同じでこの魔物には個々の意思が存在しない!」
「対策済みかよ。へっへ、マリーのやろ……」
用意周到な魔女の動きにもはや笑うしかない。ロックはその場で剣を構えなおし、ガチンと切り替えた。
同時に両足にも魔力を溜め、脚力をあげて上空に飛び上がる。巨大な魔力の刃を作り出し、なるべく多く巻き込む形で振り払う。
切られると同時に魔力がロックに吸収され、次々と魔力の光となってロックの中に納まっていった。
「俺にとっちゃいい回復だが、こうもキリがねぇとな……」
上空落下からのダメージも回復し、快調になった体で着地しながら塔の方を見上げロックは呟く。
降り注ぐ液体はやむ気配を一向にみせず絶えず魔物を降り注ぎ続けている。
もう塔まで目と鼻の先ほどまでの距離に戻ってきたというのに、邪魔ばかり入りそこに辿り着けない。
遠く周りを見ても、魔導士たちはそれぞれ上空からロックの攻撃を避けた魔物や、近付いてきた鉄鋼蟲に対処しており既に戦闘を開始している。
学年主任たちはそれぞれの学年や他の魔導講師達に指示しながら戦闘し、ハンニバルが鉄鋼蟲の大きな群れを刺激しないように抑えていた。
ロック達が相手にしている怪物に対しても警戒している様子ではあるが、相手にしている数が数であり、こちらに全戦力を向けることは厳しいだろう。
唯一の救いは怪物の反対方向にいるウィラードとタギャルも同じように怪物に対処しようとこちらに向いていることだろうか。
「リーダー、感傷に浸るのは後にしろ。また来そうだぞ」
ジェイドが銃を構えて警告する。とうとう怪物はその巨体を貫いていた氷柱を大きな音を立てて砕き破壊した。
身体を貫いていた部分から赤い血がしたたり落ち、地面にぼたぼたと落ちて濡らしていく。
人間であるならば致命傷であるはずの傷であるが、この怪物は全く意に介していない。
心臓があったはずの胸あたりにぽっかりと開いた大きな穴から、中身の肉がてらてら光り、赤い水がしたたり落ちている。
しかし倒れる様子さえ見せず、またそのぎらつく瞳を彷徨わせてビタリとロックの方で止まった。
「ほんとに人間なのかよあれ」
異様な大きさの両手を広げるように挙げて、大きく咆哮しながら、魔力を伴ってまた恐ろしい速さで巨体が突っ込んでくる。
その形相にロック達はただただ恐怖した。
怪物は走りながら魔力の層が見る見るうちに膨れ上がるように分厚くなっていく。
怪物のその身を包む風の波のような魔力の層が、白から黄に、黄から赤に、赤から紫へと変わっていく。
紫の魔法は毒属性の事が多い。その場にいる全員が即座に察して当たらないように全力で回避行動をとった。
紙一重で四人とも何とかその場をしのいでそれぞれに身を回して通り過ぎた怪物に向き直る。
怪物が通った後の地面が、毒によって土煙とは別の黒い煙をあげながら抉れ、溶けだした硬い砂が黒い液体となってボコボコと湯だっている。
常軌を逸したその瞳で、怪物は再びゆらりと攻撃を避けたロック達の方に視線を戻した。
「ポイズンジェット……まさか」
「サーカムか……!!?」
魔物と戦闘していた学年主任達と、鉄鋼蟲を抑え込んでいたハンニバルがその様子を目の端でとらえて驚愕する。
入学僅か一週間で辞めてしまったため、ロック達がそれを見てもサーカムの技であると判別することが出来ないのは仕方なかった。
しかし長い間を共にした職場の人間たちには、それが毒魔法を得意としていたかつての第一学年主任の必殺技であることを見抜く。
少し離れた場所で戦闘を続けているため、そこ驚愕の声がロック達に聞こえることはなかった。
「心臓を失っても死なない相手など、どう倒せばよろしいのですか!?」
「落ち着けって、なんか方法あるだろ」
「リーダーは狙われてるのに他人事みたいに言うねぇ」
「頭狙ってみる? ゾンビとかだとそれでいけるけど」
周囲の魔物を一通り一掃し、ハンニバルのおかげで鉄鋼蟲も近場には寄ってきていない。
この怪物を対処するとすれば今が絶好の機会であるとロック達は理解していた。
「さっきから目で俺の事認識してるしな、よっしゃ頭狙うか」
ロックが結論を出すように声をかけ、パーティメンバーの全員がそれに従うように各々武器を構えなおした。