成長
上空からの産み落とされる魔物の量は凄まじく、空を覆う雲から絶えず降り注がれ続けていた。
最大戦力であるウィラードが砲撃することによって何とか一時的に道を作ることは出来ても、すぐ新たな魔物が降り注いであっという間に道が塞がれる。
魔力を削ぐことと、塔に向かう戦力の時間稼ぎが同時に行える方法だった。
それぞれが武器を構えて振るい、先に進むために魔法を放つ。
「だったらここは俺の出番だああああああああああああああ!!」
ロックが剣を構え、魔力で巨大な刃を作り出すと、薙ぎ払うように横に一振りする。
魔力で叩き切るわけではない。切ると同時に切り口から魔物を魔力ごと一気に吸収し、百近い魔物がロックに吸い込まれていく。
(……流石ではあるが、人の域を超え始めている)
その様子を見ていた魔導士たちは歓声を上げたが、砲撃をやめたウィラードがそれを細い目で見つめていた。
妹であるマリーがロックを鍛えている方法を外見の魔法で確認したことがあるが、その滅茶苦茶なやり方も、それについて行けているロックにも目を見張っていた。
同時に警戒もしていたのである。少しずつ、人形として作った規格を超え始めようとしていたことに気づいて。
魔女がそのことに気づいていないはずはないだろう。何を考えてロックをここまで育てようとしていたのか、ウィラードにはわからなかった。
上空から、魔物とは別に大きい体格の人間が落ちてきていることに気づいてロックが動きを止めて大声をあげる。
ウィラードは考え事をしていたせいでそれに反応するのに数刻遅れ、人間は地面に大きな音を立てて叩き付けられた。
「あってててててて……くそぅ、こん高さは流石に堪える」
大きなクレーターを作りながらも、防御魔法を地面につく瞬間に張ったおかげで何とか致命傷を避けたのは、海底の国にいるはずのタギャルだった。
「……なんでここにいるんすか」
「女王から直接聞いたんよ。ついでに手ぇ貸してけぇともな」
ロックが項垂れるように肩を下ろして声をかけると、タギャルはめり込んだ地面から起き上がって首を傾げる。
「……正直あれは勝てる気がせぇへん。攻撃すらする価値なしとほっとかれたんは初めてじゃけぇ」
「攻撃してこなかったのか」
ロックが魔物を薙ぎ払ったおかげで大分距離はあいているが、また群がってくるのは時間の問題だろう。
ウィラードが軽く回復魔法を掛けて全員に走行再開を促しながらタギャルに確認した。
「……この世界を滅ぼす事以外はする気が無いという事か、マリアージュ」
少しずつ近付いてきた塔の方に目をやりながら、ウィラードがぼそりと呟く。
ここまで世界を混乱させて壊滅させようとしているというのに、人に対する攻撃魔法だけは最初の一撃から一切行わない。
魔女がなにを考えているのか、使い魔として接してきたロックにも、兄であるはずのウィラードにもうかがい知れなかった。
「攻撃なしのほうがありがてぇな。俺だとあいつの攻撃魔法は吸収できるかどうかもわからねぇ」
同じ方向を眺めながら無意識にロックも足を速める。また魔物が群がってきたときの為にいつでも同じ方法で薙ぎ払えるように剣を構えながら。
魔物の魔力を吸収した為消耗はなく、逆に回復に使われて体調も良好だった。
「吸収……」
何気なく呟いたロックの一言に、ウィラードは何かを考えるようにブツブツ呟きながら一歩先を進んでいた。
「可能性は……いや、足りない。無理だ……」
「どしたんすか」
「なんでもない」
考え事にどのような結論が出たのか、何を呟いていたのかはロックの耳にまでは届かなかった。
問いかけても特に答える様子はないようで、そのまま先を、封印時はずっと浮遊して移動していたのを、はじめて走って移動していた。
「ちょいまちちょいまち! なんかでかいの来るぞ!!」
ロック達の後ろを、ジェイドたちを守るように前方に立って走っていたタギャルが、何かの接近に気付いて大声をあげる。
両手をあげて後ろを牽制して押しとどめ、近くを走っていた魔導士たちが一斉に警戒態勢に入る。
巨大な何かが地面を掘り進み、地表が割れる。大きなクレーターが発生した。
戦いに向かって走っていた生徒のほとんどが悲鳴を上げるが、ハンニバルが即座に反応し、防御魔法の球体で生徒たちを包む。
衝撃による負傷はなんとかなくなったが、そのエネルギーが緩和されたわけではなく、球体に包まれたまま多数の生徒達が後方に吹き飛ばされた。
薄緑の肌に、脈が打つような大きな管が浮いている。
トロールを思わせる様な風貌に、両掌だけが上半身と同じくらいに異様な大きさ。
サメのような歯をぎらつかせながらだらりとだらしなく涎を垂れ流し、髪の毛一本もない禿げ頭の下にある小さい目が、ぎろりと周りを見渡して、ロックの方でビタリと止まった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぐべえええええええええええええええええ!!!!」
「ちょっと!! お知合いですの!!?」
上を向いて咆哮したその怪物は、ロックの顔を見て、その名前を思わせる単語を叫んでいた。
激しい魔力の衝撃に武器を地面に刺して踏ん張っているアリアナから声があげられる。
「知るわけあるかどわああああああああああああああああああああ!!?」
アリアナの張り上げられた声にロックが反応しようとした瞬間、体に衝撃が走って気が付けば空高く舞い上がっていた。
上空から見れば、そのトロールのような何かがロックに向かってタックルし、弾け飛ばしたことが分かる。
怪物は地中から出てきたときと同じように咆哮し、周りの人間が魔力の衝撃を和らげようとその場にうずくまっているのが上空からありありと見て取れた。
地上の方からパーティメンバーがロックの名前を呼ぶ声があちこちから聞こえたが、上空ではどうしようもなかった。
しかも地面を割って開いた黒い穴から、ゴソゴソとなにかが黒光りしたのをロックが視線の端に捉える。
「鉄鋼蟲だ! 穴から離れろおおおおおおおおおおお!!」
ロックが大声をあげると同時に、穴から巨大な蟲がザワザワと広がるように溢れ出てきた。
魔王国を飲み込んでなお、まだこれだけの数が地下深くに残っていたのかと思わせるほどの量。
周りにいた魔導士は蜘蛛の子を散らすように一斉にその場を離れる。
だが、叩き上げられ、それから重力に落下し始めたロックには空中での移動が出来ない。
鉄鋼蟲は謎の怪物が掘って開けた穴を通ってきたせいが、怪物に無頓着で、怪物の方も蟲に興味を示していない。
怪物はただ一心に、上空に弾き飛ばされたロックが落ちてくるタイミングで攻撃しようと、その落下場所を探るようにフラフラ移動している。
『飛行魔法って俺も出来ねぇのかな』
その瞬間、ロックは過去の光景が突如フラッシュバックした。
いつだったか、何百倍もの魔物を、何百体と倒していたマリーとの訓練の時、休憩がてらに息を整えていた時に、ふと考えたロックが漏らしたのだ。
『あー、現状厳しいと思うわよ。万倍倒せるようになってやっと浮けるくらいになるかしらね』
『えぇ、そこまでひでぇの……?』
『違う違う、吸収魔法の弊害で、切り替えてても放出系はやりにくくなるってことよ』
魔法を使えるようになって、それも併用して複製魔物を倒すようになってだいぶ慣れてきた頃。
魔力の貯蔵量が多いのなら、消費の激しい飛行魔法も出来るのではないかとロックは考えた。
しかし吸収魔法は切り替えていても、完全に遮断することは出来ない。
元々ロック自身の身体能力の一部であり、完全に停止すれば命の危険にすら晒される可能性がある。
その弊害から、切り替えの扱いをかなり高度で繊細なものにまで発展させない限り、飛行魔法を使うことは出来ないとマリーに説明された。
雑ではあるが、あまり詳しく説明してこない使い魔が珍しく説明してきたので、印象に残っていた。
それに対して同時に不信感も抱いたロックは、少し間を置いて思考した後、魔女の言葉にある事を思いついた。
『放出系はやりにくいってことは、他は?』
『あーやだ、鋭くなってきてるわ。はいはい、確かに放出系の飛行魔法は無理だけど――』
――空中移動はなにも、飛行魔法だけの特権じゃないわよ。
即座にロックは切り替える。放出系ではない。ロックの十八番、吸収魔法。
空気中に漂う微弱な魔力を、自身に集めるのではなく、磁石の様にその場に自分が引き寄せられる吸収方法を変える。
それはまるで一見して飛行魔法と何も変わりはしない。しかし本質は大きく異なる、この世でただ一人、ロックだけが使える方法。
砂の中にまき散らされた砂鉄の様に、空中の魔力を利用した、吸収魔法による魔力間移動を会得したのだった。