表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/92

道程


「まさか最初に来るのが初対面の奴とはねぇ」


「うるさいわ! 女に手ぇあげんのは気ぃ引ける、痛い目みとぅなきゃさっさと降伏せい!」


 物音に睡眠を邪魔されたマリーが重い頭をあげると、目の前にいたのは筋骨隆々の大男。

 髪の毛一本もないスキンヘッドに、上半身と同じ刃渡りの巨大な双頭斧を軽々と振り回して右上に構える。

 転移魔法で最初に塔に乗り込んできたのはタギャルだった。


「あー、構えてなければ立ってもないからやりづらいの? 別にいいわよー? いつでもどうぞー?」


「あぁそうかい! 舐めくさりおってからに!」


 玉座に腰掛けたまま足を組み、肩をすくませたまま両手をひらひらと上に向けるマリーに、タギャルが真正面から突っ込んでいく。

 衝撃。部屋中に白い波がうねり、玉座を中心に、発生したエネルギーの強さを表すように円形に抉れ、魔力で固定された瓦礫がパラパラと砕ける。

 しかし想定外の手応え、タギャルはその光景に目を疑う。

 真正面から切りかかった双頭斧を、その魔力の刃が残ったまま、マリーは全く動かずに左手の指三本でつまみ、タギャルが微動だにしないほどの力で押しとどめていた。


「ほい」


 完全に拾った小さなゴミを放り投げる動作。タギャルの巨体が一瞬にして部屋の反対側に投げ飛ばされる。

 なんとか空中で受け身を取るように回転し、壁に足をつくものの、その強さに壁が抉れた。

 あまりの衝撃に漏れる声。新型の魔物とでさえ比べ物にならない、圧倒的な力の差。

 前方に回転するように身を回して着地し、大きく静かに息を吐いて、両手で双頭斧を握り締めたまま目の前の魔女をじっと見据えた。

 普通だったらあの隙にいくらでも追撃できただろう、しかしいくら待っても、魔女は目の前で退屈そうに足を組んだまま肘をついている。

 攻撃の素振りを全く見せない魔女は、その顔すらタギャルに向けていなかった。


(まるで不貞腐れたガキじゃな)


 タギャルはその様子に場違いな感想を抱いた。

 最初の一撃の感覚から、相手と実力を見破り、圧倒的な力の差を思い知ってしまったタギャルは、次の一撃に踏み切れない。

 しかしいくら待っても、魔女から攻撃の為の行動が何一つ行われてこなかった。

 玉座に座ったまま、やる気の全く感じないようなだらけた姿勢から、ひょっとしたらと感じたタギャルは双頭斧を構えたまま声をかける。


「おい。やりたくないんなら、もうここいらでやめにせんか? 一緒に謝ってやろうけぇの」


「なんか変な勘違いしてない?」


 タギャルの言葉に、魔女は肘をついたまま、ようやく視線を合わせて顔をしかめる。

 大きな欠伸を反対の手で覆った後、徐にまた視線を横に向けると、魔女の意思に応えるように、壁の瓦礫が動いて窓の様な形に変化する。

 相変わらず、夜とは違う真暗闇に包まれている空をじっと眺めると、ゆっくりと左手を上にあげ、パチンと指を鳴らす。

 すると塔を中心に、黒い煙が立ち込めるようにモクモクと真黒な雲が渦巻きながら辺りを覆い始め、恐ろしい勢いでその範囲を拡大し、あっという間に大陸を覆いつくす。

 黒い雨が降るように、得体の知れない液体が広い陸地に降り注ぎ始めた。

 その様子に怪訝な表情をしていたタギャルに向かって魔女は肩をすくめると、肘をついたまま、反対の手で弾くように指を動かす。

 まるでエアホッケーの丸いパックが素早く滑るように、タギャルの近くに瓦礫の穴が移動した。

 眺めてどうぞとでも言わんばかりの表情をしていた魔女に、ゆっくりと従うようにタギャルが視線を穴の外に移すと、そこから先は地獄のようだった。

 黒い雨は、地面に落ちるよりも前に、空中で集まって姿を変えると、様々な種類の羽の生えた魔物へと変化していた。

 眺めている付近にこそ人気はないが、まるで蝙蝠の群の様に、黒い魔物があちこちに飛び交い、大きな鳴き声をあげる。

 大陸中に広がったそれから均等に降り注がれる様子から、大陸すべてに魔物が一斉に放たれたことがすぐ理解できた。


「やりたくないんじゃない、やる必要性を感じないだけよ。わかった?」


 戦う気は元よりない。というよりも、魔女自身がわざわざ動いてまで戦う必要性を感じていない。

 放っておいても世界はいずれ滅びる。なぜわざわざ戦う必要性があるというのか。

 目の前にいるタギャルに対しても、この窓から眺める景色と同じような事を考えているとありありと伝わってきた。

 タギャル自身がいくら相手をしようとも、魔女に傷一つ付けることは出来ない。そのうち勝手に消耗して自滅するのだ、手を出す必要性を感じない。

 そんな魔女の意図をタギャルは理解し、怒りからか、両腕が無意識に震えはじめた。


「ひとんこと馬鹿にすんのも大概にせぇや!!!」


 大きく地面を蹴り、その巨体からは想像もつかないほどのスピードで魔女に接近してきたタギャルは、双頭斧を振りかぶって渾身の一撃を叩き込む。


 ――しかし、その一撃が魔女に当たる前に、掻き消えるようにして姿をくらませてしまった。


「何度言えばわかる。私に恩を売ったって、死者を蘇らせることは絶対にないぞ」


「騙されるもんか!!」


 魔女が顔をしかめて見た先には、こちらも呼んでないのに勝手について来たマイルズが吠えていた。

 マイルズが時間操作魔法で時を止めた状態で、転移魔法でタギャルを適当な場所に放り投げたのだ。

 これだけの事を成し遂げた規格外の魔女の魔法には、きっと死者蘇生の魔法があるに違いないのだと。

 魔女に向かって睨み付けるように目を細めたマイルズはそう盲目的に信じて疑わない。

 同じ事を言い続けるのに億劫になった魔女は、タギャルが現れてからも変わらない、肘をついて足を組んだまま、またうつらうつらと微睡みはじめた。




 避難を終え、魔女に対しても戦闘しなければならず、余計な消耗を避けたいという結論に至り、学園の生き残りが戦うためにその足で塔に向かい走り出した矢先。


「おいおいおいまた人間逃がしやがってええええええええええ!!! 遊ぼうぜごらああああああああああああああ!!!!!」


 集団に黄色い閃光を帯びた何かが叫びながら突っ込み、地面をまき散らす衝撃に周囲から悲鳴があがった。

 そのまま間髪入れずに土煙からギラリと大鎌が覗いて光ると、煙を振り払うように円形に振り回され、鋭い刃から斬撃が放たれる。

 ロックが剣を構えて防御態勢に入ろうとするが、それよりも斬撃の方が早かった。

 周囲の人間すべてが真二つにされる直前に足元に花火のような閃光が走り、それに足をとられて体勢を崩す。

 それによって斬撃が間一髪で全員の体の中心から逸れるも、それぞれがかすり傷を負い、赤い液体が飛沫の様に飛び散った。


「まぁ逃げるしか能のねぇ人間よりも、てめぇらの魔導士の方が些か楽しめるかぁ!!!」


「させるかよてめえええええええええええええええええええええええええ!!!」


 払った土煙から現れた、大鎌を弄ぶように背負ったテンパルに、空中からシミターを取り出したオブティアスが突っ込み、クロスするように振って上空に弾き飛ばす。


「先に行ってろぉ!! こいつの始末は俺がやる!!!」


 周囲の魔導士たちに叫びながらテンパルに再度突っ込み、衝撃と轟音を発生させながらなるべく距離を取るように上空遠くに押し飛ばしていった。


「行くぞ!」


 何とか立ち上がった魔導士達に、ウィラードが声を張り上げる。

 轟音と爆炎、激しい閃光を見ながらも、皆一様にそれを一瞬眺めた後、背にするようにして走り始めた。

 最初の魔女が起こした爆発から逃げ出した時と、全く同じ道のりをかつての学園上空の塔に向かって走り戻る。


「っ、上空! 注意しろ!!」


 隊列も組まずにそれぞれがひたすら前方に向かって走っている中、どこからか聞こえたラパスの声に、全員が上を向いた。

 走りながらそれぞれが目にしたのは、塔を中心に渦巻く竜巻の様に、それでいて恐ろしい速さで広がる真黒な雲。

 雨が降り注ぐようにそこから黒い液体のようなものが降り注ぎ始めるが、地面にそれが辿り着くよりも先に空中で集まり、様々な魔物が生まれて上空から舞い降り始める。


「いつも私よりよく頭が回るが、こういう事に使ってばかりで!!」


 上空から降り注ぐ魔物に向かって放射線状に広がるような眩く輝く砲撃を放って道を作るウィラードが悪態をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ