人形
「戦闘不能状態にするったってどうするつもりだよ、タコ殴りにでもするのか?」
「魔力封印が解かれた以上、今の私とあいつなら精々五分五分といったところか。そこに君たち戦力を加えれば――」
「限りなく可能性は低いが、出来なくもないと」
ロックが語った意見に同じように希望を見出したウィラードは、冷静になって世界中全ての怪我人に回復魔法を掛けた。
それによって重症から回復したハンニバルと、気絶から意識を取り戻したオブティアスと三人、広場の中央で今話をしている。
「すまない。かなり危険な賭けになる。命を投げ出してくれと言っているようなものだが……」
「構いませんぞ。我々魔導士は元よりその為にあるのです」
「もう国無くなっちまったしな。しがらみもねぇし好きに暴れられるぜ」
俯くウィラードに応える二人には、迷いもなければ憂いもない表情だった。
回復したハンニバルの指示で、残った学園の人間はそれぞれに整列している。
ナハム公国を除く各国代表が生き残り、回復後即座に国との連絡を取ることが出来た。
各国ともに被害は甚大、特に沿岸部が激しく、更に魔王国の森に接していた辺境は、地震によって追い立てられた鉄鋼蟲が現れていたため即座に逃げ出している。
ゼキルデイドとアルフレッドはコルドネアのみでなくドミニカにも対応しなければならないため王宮に転移して戻っていった。
学園の人間でも、爆発のショックから戦意喪失している者は多い。
恐怖に駆られた人間、尚且つ学生である彼らに、命を投げ出して戦ってくれというほど酷なことは学園の人間にもできなかった。
そんな中でも戦闘の意思のあるロック達含む学園の数少ない生徒と、魔導士としての誇りを持つ魔導講師達が最前列に並んで、三人の会話を聞きながら指示を待っていた。
「戦う意思と覚悟がある魔導士はともかく、そうじゃない奴と戦えない一般人はどうするよ」
「それが一番の問題よの。避難するといっても、この状況ではどこも安全とは言えぬ。かといって守りながら戦う事も賢明ではない」
「よいじゃろうか」
自国の様子を伺うために通信魔法を行っていた海底国カペーチュミストロの女王が、三人に近づきながら手をあげる。
「津波の被害は陸に向かって集中しており、魔法道具の守る我が国には被害が全く及んでおらぬとのことじゃ。竜巻も稲妻も、海の底までは届かぬ。この様子では時間の問題ではあろうが、一時的にとはいえ我が国に避難させることを提案させていただく」
「よろしいのですか?」
「たとえ千年海の底に押しとどめられようと、今の陸の民にその責任はない。それが我らの総意だ」
ハンニバルの問いかけに、女王は悠然と答える。通信魔法ですでにその事について話していたと匂わせる様子がわかった。
女王のその様子に、三人は目を見合わせてゆっくりと頷いた。
ハンニバルがナハム公国、オブティアスがドミニカ兼コルドネアと通信魔法でその旨を伝え、ウィラードが転移魔法の準備に取り掛かり始める。
各学年代表のファフィスト、ラパス、ガザルガも無事被害を免れており、避難する生徒にまとまった場所に集まるよう指示を出した。
「われらは大きな誤解をしておったようだ。魔法使い殿、この度は数々の非道を謝罪する」
右手に魔法陣を掲げ、陸地にいる数多くの生存者の座標を確認していたウィラードに、女王は膝を付いて詫びる。
「謝られることはない。マリアージュの動きを読み切れなかった私の責任でもある」
魔法陣を掲げたまま、正面から向き合うようにウィラードは女王に体を向けた。
魔法使いの言葉に女王は膝を付いたまま、目を見開いて驚愕を示す。
「魔法使い殿があの者の行いに責任を感じる必要はないであろう」
「残念ながら、あれはあれで唯一の身内なものでな」
女王の言葉に、しばらくその顔をじっと見つめた後、遥か上空に浮かぶ塔の方に首を回し、ウィラードは大きくため息をついた。
あれだけの規模の爆発魔法を行い、各地に自然災害を引き起こしているにしては、崩れた塔はそれに反比例するかのように静かな様子だった。
今のところ自然災害以上の攻撃を引き起こす様子は見られない。一週間の期限を設けた魔女の計画的な行動なのだろうか。
ここまで黙っていたロックだったが、魔法使いのその憂鬱そうな表情に、とうとう口を開いた。
「なぁ、ウィラードとマリーは双子なんだろ? なのになんでそこまで拗れてんの?」
「わからん。最後にあった時の喧嘩が原因かとも考えたが、それよりも以前から、あいつは私に対して当たりがきつい」
「……兄妹仲がよろしくなかったのでしょうか?」
「それはないんじゃないかな」
ロックの後ろに控えていたアリアナが、考えるように俯いて話したのを、その後ろのジェイドが否定する。
周りが怪訝な表情でジェイドの方を見つめ、ジェイドの更に後ろにいたヨハンも、覗き込むように上半身を前に屈めた。
「経験者だから言うけど、兄弟仲が険悪だったら、それこそ目に入るだけで不快だから、存在を無視するように絶対会わないよう避けるか、本人だけ虐げて楽しむ為に、自分がやったと周りにわからないように隠れて嫌がらせするんだよ。マリーちゃんの様子は一見してそれっぽく見えるけど、完全に無視しきってはいなかったし、当たり散らしてはいたけど隠れて虐めてはなかったから、どっちにも当てはまらない。そもそも好意的じゃないなら、ウィラードの命令聞くような子じゃないでしょ。」
ニコニコと笑いながらも、かなり暗い事を突然暴露したジェイドに、周りは一瞬困惑した。
そしてなによりも説得力のある言葉に、ロックも思い出したように顔をしかめた。
「……確かに。俺が使い魔として命令しても拒否する事も多かったのに、ウィラードの命令だけはなぜかずっときいてたな」
「だとしたらこの行動は余計にわからん」
人数が多いため、右手で魔法陣を複数展開して広げながら、ウィラードは左手で目を覆って首を振った。
「マリアージュは昔から、この世界に関してのみやたら嫌っていたようで、何度も何度も壊せ壊せと訴えてきていたんだ」
「嫌っていた理由に心当たりは?」
「わからん。ただあいつにとってこの世界は、あくまで人形劇の手作り舞台感覚なんだろう。私が色々調整しようと四苦八苦していたから、新しいより性能のいいものを一から作った方が効率的だと考えたのかもしれん」
「……マリーの言い分は分かったけど、納得いかねぇな、それは」
ウィラードの推測を聞いたその場の全員が顔をしかめる。
工作感覚で作って、上手くできなかったから、より良い新しいものを作るために古い方を捨てる。
論理的には効率的でよくわかることだが、命を既に宿している世界に対してそれを行うのは、あまりにも無責任で身勝手ではないか。
ロック達からすれば、勝手にそんなことをされる身にもなると、納得できないのは当然だった。
眉を顰めて腕を組みロックが呟く。たとえきっかけは遊びで作られたものだとしても、自分たちには命があって意思がある。人形じゃない。
丁度会話が途切れたところで、通信魔法を続けていたオブティアスの方からウィラードに向かって声がかけられる。
「ウィラード、ハンニバルも準備整ったぞ。海の底に行ったあとは女王が誘導してくれるらしい。いつでもいけるぜ」
「了解した。いくぞ」
オブティアスの言葉に、ウィラードは合図をかけて、右手で魔法陣をつつくように軽く指さす。
数が増えた四つの魔法陣の各所に、砂粒よりも小さい細かい点が星の瞬きの様に大きくきらめく。
それと同時に、避難するために集まっていた生徒と町の住民が、同じような輝きに包まれて姿を眩ませて行った。
「ご武運を」
女王が硬い表情ながらも、柔らかに微笑んで告げ、避難民を先導するために、同じように姿をくらませた。