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後悔


『なにしてるの?』


 パッチワークキルトのベッドから身を起こして訊ねた。小さい頭が、部屋の隅でひょこひょこと動いている。

 手をあげたり下ろしたり、その度に唸るような呻き声をあげている。

 パチパチと小さな火花を散らしては、ポンと破裂する音が繰り返していた。


『うまくできないんだ』


『なにが?』


『まえにつくってたやつ。あとすこしみたいだが』


『よわくてすぐにダメになったんだっけ』


『だから、せんようのばしょをつくってやればいいかとおもって』


 そういいながら、小さな帽子を揺らしてまた部屋の隅で手をあげたり下ろしたりし始める。

 風船を膨らませるように魔力が集まり、破裂する。

 何度も何度も繰り返すその後ろ姿からは、上手くいかない苛つきと、何が何でも作り出したい執着が垣間見えた。


『へたくそ。ちからまかせにするからだよ』


『そうか?』


 ベッドから起き上がって横に並び、一度その様子を確認するようにじっと眺める。

 とりあえず作り出したいという感情ばかりが先走り、それが魔力の調整を阻害していた。


『ほら』


 もう一度試し始めたところを合わせるように両手を向ける。

 膨張する魔力の量を調整し、薄く薄く、大きなシャボン玉を作るようにゆっくりと魔力を流す。

 か弱い小さな魔力が揺らめいて、ゆっくりと抽出されていくように、小さな青い球体が空中に小さく膨らんでいく。

 小さくゆっくり。その球体が淡く輝いて、部屋の隅でゆっくり回転しながら、浮遊し始める。

 横でひょこりと動いた帽子の下で、同じ黒い瞳が大きく輝いた。


『よわいんだから、それにあわせてせんようのばしょもよわくしてやらないと』


『できた!』


 こちらの話など聞く様子もなく、ひょこひょこと青い球体を楽しそうにあちこちの方向から眺める。

 水だけだと大丈夫か、何がいるのか、横でブツブツ呟いては、物は試しというように手を掲げて球体の中に付けたり消したりしている。 


『もうきいてないし……』


 そう言いながらも、青い球体に陸地が追加されたり、空気が追加されたり、雲が流れ始めるのを、横でずっと見ていた。

 思えばもうここから、魔法使いはずっとこの世界に夢中になっていた。

 あの時手を貸さなければよかったと、考えなかったことは一度もない。





(またあの時の夢か……)


 起きては寝てと繰り返していたせいか、魔女は眠ることに慣れていた。

 しかし大抵は意図した時に眠るのが常であり、今のようなうたた寝など初めての経験だった。

 小さい頃の、途方もない量の魔力を持て余していた事に興味を持って、遊びほうけていた頃、この世界を作り出した十億年以上前の記憶。


「……はぁ」


「何もしないのかよ、威勢のいい啖呵切っておきながら」


「暴れたいなら自分でやれば」


 瓦礫を積み上げ魔力で固定した塔の中、灰色の石が不定形に崩れていびつな空間を作り出していた。

 部屋と呼べるかわからないような空間で、マリーは瓦礫で作った簡素ながらも品のある玉座に腰掛けている。

 一通りの準備を整えた後、頭に血が上った連中が誰か来るかと少し待ってみたのだが、最初の一撃が予想以上に効いたらしく誰も来なかった。

 てっきりあの魔王辺りは突貫してくるものかと考えていたが、思ったほど筋力ばかりの考えなしではなかったらしい。

 一旦撤退して様子見するだけの知能は残っていたようだ。

 おかげで待ちくたびれて眠ってしまったらしく、手すりに首をもたれたまま、マリーの思考は少し微睡んでいた。


 空間の中央に、ついて来いと言ったわけでもないのに勝手について来ていたテンパルがいる。

 最初こそ、竜巻や津波などの自然災害を目にして歓喜していたが、マリーがそれ以上の事を起こすつもりが今のところ無いことが分かった途端に不機嫌になった。

 別段テンパルの為に世界を滅ぼそうとしているわけではない。やりたいならそっちで勝手にやってくれという心情だった。


「止めないのかよ。今の俺だと普通に大量虐殺するぜ?」


「あんたがなにしようがどうしようが興味ない」


「そっかそっか。じゃあお言葉に甘えて虐殺しに行きますか!」


 姿を消したテンパルに、心から侮蔑の念を送る。

 自身の手で人を殺す時点で、それは三流のやることだ。

 だがそこまで考えてマリーは意識を自分に向ける。同じ三流であることに変わりないことを思い出して。

 攻撃魔法が出来ないように細工されていると理解したため、魔力の出力量を増やしたが、調整を誤り増やしすぎた。


「……流石に、動揺、してたのかしら」


 想定以上の死傷者が出ただろう。別段人間が死ぬことに微塵も情など感じはしないが、自分の手で殺したことに対しては不快感が残る。

 人間なんて、同じ人間同士で殺し合っていればいいものだというのに。


「あの時とはまた違うけど、最低な気分であることに変わりはないわね」


 大きな溜息をついて、首を後ろに伸ばして背もたれに身を預ける。

 縁を切るとウィラードに告げられた時はひたすらに困惑し、後からその理不尽さに怒りだけが残った。

 しかし今は、なにもやる気がしない、無力感と脱力感だけがその身を支配していた。

 誰もいない、空中に浮かんだ塔の中の空間で、魔女は自身が宇宙に一人ぽつんと漂うような感覚に襲われている。


「憎くて憎くて嫌いだけど、それなりに愛着はあった。っていうことなのかしら」


 壊すことは何度も提案した。ウィラードが世界に入り込んでしまっているため、迂闊に外から破壊できなかった。

 壊したくて溜まらない衝動に何度も襲われはしたが、いざ壊してしまうとなると名残惜しいのだろうか。


「元ご主人はどう動くのかしらね」


 ロックは魔女からすると一番扱いにくい相手だった。

 《願い石》に「自分を世界最強の魔導士にしてくれ」と願えば楽に達成できただろう。

 だが彼はあくまで自力でそこに到達することを考え、それに必要な使い魔だけを願った。

 目指す夢は自分の力で何としてでも叶える。

 そういう考え方をするロックは、良く言えば目的達成の為の判断能力に長け、悪く言えば臨機応変の頑固者だ。

 芯がしっかりしており、貫く思いを持っている。そういう相手はどれだけ弱みにつけ込み唆そうとも操ることが出来ない。

 《願い石》に対する願いの内容を聞いた瞬間、マリーはロックを自身の操り人形とすることを即座に放棄するよりなかった。

 だからこそその苛立ちは本人を虐める事で消化していた。


「気付いてるでしょうね。私の言葉の意味」


 やたら発生する問題に対しての対処が冷静で、その時だけ分析能力が飛躍するように発揮されるロックは、意図的に言ったマリーの言葉におおよそ気付いているだろう。

 確かに魔女であるマリーは死ぬことが出来ないし、ウィラードは知らないだろうが、自分でもそれを一通り試している。

 だが、倒すことは別段、殺すこととイコールにはならない。要はマリーを活動できない状態にすればいいだけの話。


「……ウィラードは、ヘタレだし、私と戦う事は諦めるかしら」


 タイミングなんていくらでもあったはずなのに、こんな状態に陥るまで、魔法使いはついに対話できなかった。

 一方的な縁切り宣言に、世界危機によるための一方的な謝罪。

 そんな方法しか取れないウィラードが、直接赴いて自分と戦おうなどと思うとは到底考えられなかった。

 しかしどうだろう、ロックが近くで彼を焚き付けることでもするとなると、あるいは自身を止めに来るだろうか。

 ムラバが放たれた後放心していたウィラードを平常に戻した光景を思い出しながら、マリーはまた意識を眠りに溶かし始める。


「一週間か、長いな。もっと短い期間にすればよかったかしら」


 宣言した以上は撤回するつもりはない。

 嘘は嫌いだ。何度同じような嘘をつかれただろうか、本人はきっと覚えもしていないのだろうが。

 しかしもう、自分の望む未来を描くことは二度と出来ないのだろう。

 溢れ出る無自覚の後悔から目を伏せるように、魔女は再び夢の中にその身を沈ませていった。

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