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双子

 会議室はおろか、魔女の放った強烈な爆発魔法に、学園周辺が飲まれた。

 攻撃魔法を使えないようにしていたのを、どこで気付いたのか、嘲笑うように彼女は苦も無く魔法を使用してしまう。

 ロックは後ろにいるパーティメンバーに向かう衝撃を少しでも和らげようと、前に出て剣を構え、盾のように持ち続ける。

 激しい爆発の波に身体が一歩も動けず揺さぶられ、辺り一面目にさすような眩い白い光に包まれる。

 ロックのちょうど反対側にいた、ナハム公国からの使者は間に合わなかった。

 ロック達から見てちょうど円卓の正反対にいた彼は、爆発の衝撃に皮がはげ、肉が削ぎ落ち、赤い水をまき散らしながら骨を覗かせる。

 目を伏せたくても、衝撃が激しすぎて動くことが出来ず、人が散り散りになって吹き飛ばされていくのを凝視することしかできない。


「やめろ! マリアージュ!」


 ウィラードが間一髪、他の人間にも攻撃が及ぶ前に何とか防御魔法を展開する。

 周りの人間を優先して展開した黒い障壁、寝ぼけて暴れていた時にマリーが破壊に苦労したあれだ。

 しかしそれでも衝撃の方が強いようで、黒い障壁に亀裂が入り、パキパキと波紋のように広がっていく。

 嗚咽しながら、ウィラードは何とか障壁魔法を割られまいと魔力を送る。


「さぁて元ご主人、私と定番の決闘をしようじゃない」


 爆発魔法を放ち続けているマリーがぐるりと顔をこちらに向けて、不敵にせせら笑う。

 見る見るうちにその服装は、何もないところから広がるように現れ、黒い布が伸びたり縮んだりするように変わっていく。

 一度だけ見た、ウィラードを叩き起こしたあの風貌へ。


 本気でやる。そう暗に告げるように。


「期間は一週間。それまでに私を倒せたらそっちの勝ち。私を倒せなかったら、世界が滅んでそっちの負け」


 爆風にマントを優雅に揺らし、激しい乱気流にも押さえていない帽子が吹き飛ばされず、その下で逆光に光る黒い瞳に濁った赤い色が滲むような。

 影の指すその顔に、カッと開かれた瞳だけがらんらんと輝いている。

 足と腕を組み、右手を顎に当てたまま爆風に身を任せる魔女は、その口が裂けるほどに大きく笑う。


「フェアじゃないから、魔力封印は外してやる。精々無様に足掻いてみせなさい。それじゃ、スタート!」


 魔女が大きく右手を挙げて、開始の合図をするように振り下ろせば、ロック達の視界は真白に染まった後、真黒に塗りつぶされて意識が途切れた。




 学園はその周辺国の領地を巻き込んで完全に破壊された。

 平和になってきたと全員が感じていた長閑な日常に、不意撃ちのように放たれた爆発魔法により、学園に居た半数以上が対応できずに巻き込まれて死に絶えた。

 爆発の中心にいたロック達は、ウィラードが防壁魔法を張っていたおかげで何とか九死に一生を得たが、それでも負傷は避けられなかった。

 真正面から爆発魔法を受けたハンニバルは意識不明の重体。ウィラードが間一髪で障壁魔法を張った他の面子でさえ、座り込んで身を起こすのがやっとだった。

 瓦礫も残さず血と砂だけになった学園の領域には、あちこちに肉片が飛び散り、僅かに生き残った魔導士たちの、掠れる様な呻き声で満たされていた。


 だが、それだけで終わる魔女ではない。

 遥か彼方の上空に瓦礫で塔を作り上げた彼女は、そこで待ち受けるとばかりに居座っている。

 空は雲一つないのに、夜空とは違う色の闇に覆われ、大陸各所に巨大な自然災害が発生し始めた。

 街ごとのみ込んでしまうほどの津波に、村一つあっさりと救い上げてしまうような竜巻、稲妻を光らせて森林を焼き、地を震わせて魔王国だった場所から蟲を弾き出す。

 ゆっくりと、だが確実に、大陸の外側から中心へと追い立てるように。


 残された魔導学園の人間は、瓦礫の塔から離れるように近くの無事な町に逃げ込んだ。


「本気ですわよ、あれはもう。この世界を滅ぼす算段で動いておりますわ」


「今回ばっかりはちょっと……無理でしょあれ」


「どうしよう、立ち向かいたくないよ。でもじっとしてても滅びちゃうでしょ、どっちも嫌だよ」


 街に逃げ込んだ魔導学園の生き残りは、町の広場に通された。

 無事な人間は僅かながらも、重傷者から回復魔法を掛けて何とかその命を繋ごうと走り回っている。

 塔の方向を中心に、ゆっくりと渦巻く空を見上げながら、座り込んでいたメンバーが話始めた。


「でも、こうなった以上やるしかねぇだろ」


 自分に言い聞かせるように、ロックは呟く。

 俯き、何もなくなってしまった左手の甲をじっと眺め、そのまま追うようにゆっくりと視線を塔へと向ける。

 何一つ理解できなかった、かつての使い魔の現状を心に刻むように。

 そのまま視線を外してロックが周りを見渡せば、真剣な面持ちをしたメンバーと自然と目が合い、ゆっくりと顔を縦に振る。


「……やるだけ無駄だ。死にに行くようなものだぞ」


「……その声、ウィラードなのか……?」


 聞き慣れた声が、聞き慣れない上の方から耳に入り、ロック達が上を向いて、その姿に当惑の色を見せた。

 背丈はジェイドと同じか少し高いくらい。ぼさぼさだった色抜けた髪は黒く染まって、硬めでありながらも艶があり、まとめた部分からしな垂れるように背中に流れている。

 いびつに大きかった手足は普通のサイズに戻り、背格好からも普通の青年とほとんど大差がなかった。

 とんがり帽子に継ぎ接ぎだらけのボロボロ服装だけは本人の感性らしく、封印された時と何ら変わっていなかった。

 だが、ロック達が驚いたのはその本来の姿を見たからではない。


 性別こそ違うが、見慣れた魔女と瓜二つのその顔だった。


「驚くよな、だが見ての通りだ。マリアージュは私の双子の妹だ」


「双子――?」


「なんで、黙ってらしたんですか?」


「その、最後に会った時に喧嘩してな。私から『金輪際縁を切る』とつい口走ってしまって――」


 マリーが尽くウィラードを無視しては当たり散らしていたのはそれが理由だった。

 久しぶりに会った双子の兄に、逆ギレの末に縁を切るなどと言われて怒らないわけがない。

 ウィラードは俯き、その場にゆっくりと腰を下ろした。抗うために戦う気など、初めからない様に諦め切っている。


「まぁ、それはともかく。マリアージュがああなってしまった以上もう無理だ。止めようがない、すまない――」


「やる前から諦めるなんて――」


「無理なものは無理なんだ。双子の妹だからこそ。私とあいつには死の概念が存在しない」


 重苦しく語られたその言葉を飲み込むまで、ロック達は数分かかった。

 彼女を倒すことがこちらの勝利条件。マリーははっきりとそう言い切っていた。

 しかし、一番の戦力であるはずの封印を解除された魔法使いが諦めきってしまう理由。


「恋人が殺された時、私も同じ道を辿ろうとした。知りうる限りの死に方や殺され方を一通りは試したんだ。だがどれも、痛みこそ感じれど、私を連れていってはくれなかった」


 濁りきった色を放つ瞳が、より一層深淵に近づくように暗い色に沈んでいく。


「私にもあいつにも、血が通っていない。実体こそあるが、本質は魔力だけだ。そして、この世界もあっちも、魔力で満たされている。私たちが死ぬとすれば、それこそこの世全ての魔力が尽きてしまう時しかないだろう。どちらにしろ、私には実の妹を殺すだけの度胸が無い」


 ウィラードは言うだけ言うと、力を抜いてしまうように背中を丸める。


「……あいつが言ってた『幼い遊びで作った人形の世界』ってのは、この世界の事か?」


「そうだな」


「あいつもこの世界を作るのに関わってたのか」


「そうだな」


「つまりウィラードもマリーも、大本は違う場所から生まれてきた。体質的に死ねないから、倒せないと思ってるわけだな」


「そうだな」


 壊れた機械のように、ロックからの質問に、ウィラードは一呼吸置きながら同じ返答をする。

 全員が、呆けた様に塔を眺めている魔法使いの顔をじっと眺めていた。

 諦めて受け入れたほうがいいのかどうか、迷いの色を滲ませながら。

 諦観の空気が漂い始めた時、それを断ち切るように、ロックは大きな溜息をついた。


「双子だってのに、あんまりお互いのこと知らないんだな」


「そうだな、私は昔からマリアージュが何を考えているか理解できた試しがない」


「ウィラード、あいつこう言ってたぞ。『倒せたら』って。『殺せたら』じゃない」


 ロックがウィラードとの認識の違いを指摘する。人形のように項垂れていた魔法使いは、数刻固まった後、驚いたようにロックに素早く顔を向ける。


「確かにあいつは今まで色々やってて、その事ずっと黙ってた。でも、嘘をついた試しは一度もねぇ。本当のことを言わないだけで。まぁそれはそれで厄介ではあるんだけどさ。でも、倒せないって判断したら、最初からこんなことしねぇでさっさと滅ぼすだろ。つまり、俺達は確かにあいつを『殺せない』が――」


「――『倒せる』ことは、否定しなかった。と」 


 使い魔としてずっと見てきた言葉遊びの好きな魔女への、ロックが僅かに見出した、希望の光だった。

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