表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/92

真相


「人間の、……成れの果て? 何を言っているんだ、マリアージュ」


 魔女の大笑いしながら発せられた言葉に、その場の全員が思考を凍らせた。

 考える事すらおぼつかないように、一言一言をなぞり自分に言い聞かせる様な口調で、ウィラードはマリーに問い質す。


「呪いも入ってるって、見抜いたじゃん。内容までは見抜けなかったの? 《願い石》と違って、《祈り石》は無条件に願い事をかなえてくれる代物じゃない。だってさ、ほら、そんなの、簡単すぎるじゃない。だから、祈りを一つかなえる代わりに、代償として呪いをかけたのよ。『祈ったことを後悔すれば、その心と同じく醜い姿に変わる』っていう、呪いをね」


 くつくつ笑いながら、両腕を組み直し、椅子に座るように空中で足を組んだマリーは、周囲の絶望に打ちひしがれていく反応を楽しむようにゆっくりと眺めまわしていた。

 その場にいる全員が、魔女の発せられた言葉の内容を頭では理解しようとするが、拒絶反応のように思考に侵入することを防いでいる。

 困惑と悲痛さが入り混じったように、全員が揃って眉を八の字にしてくしゃくしゃにしている様子は、魔女から見るとかなり滑稽なようだった。


「ちょっと待ってくれ、《願い石》の劣化版って、《祈り石》を作ってばら撒いたって、そんな途方もない話……」


 ロックは、その左手に付いた使い魔紋に無意識に右手を当てて、紋を掴み取ろうとするかのように力を込めて撫でた。

 使い魔として《願い石》により強制的に召喚された魔女に対し、その拘束力の強さを確認するように、疑問をぶつける。

 しかし、ロックの質問に答えたのはマリーではなく、項垂れるように首を落としたウィラードだった。


「言ってなかったな。そもそも、《願い石》作ったのは、そこにいる魔女、マリアージュだ」


 全員が、信じられないという表情で言葉を発したウィラードを振り向く。

 海の底に千年閉じ込められた女王ですら、《願い石》の伝承は耳にしたことがあるくらいだ。

 否定してくれと言わんばかりの表情を皆がウィラードに向けていたが、求められたその言葉がかけられることはなかった。

 ウィラードが発した言葉に、ロックは呆然として自分の使い魔の顔に視線が釘付けになる。


「作った……? 《願い石》を、マリーが?」


「面白いのよ。国を治める一番上の王様でなく、あえて頭の働く二番手の宰相とかに渡すと。計算づくめで使おうとするけど大概裏目に出るから、負の連鎖からどんどん泥沼になって争い始めるの」


「最初に出現したときは五万年前だったか。確かに、各国が平穏に国家運営でき始めた時、どこかの国の宰相が突然暴走を始めて戦争が起きたな」


 信じられないような目でロックはマリーに問いかけたが、マリーは嬉々として《願い石》の運用方法を語り、当時の戦争を思い出してうっとりした表情になった。

 非難するような鋭い目線で睨み付けるウィラードが《願い石》の出自を補足するも、その咎めすら気にしないように嬉しそうな笑みを絶やさない。


「一度作ったノウハウがある。だからこれを見て他でもないお前を疑ったんだ。製作に使用した魔力も隠そうとしてない。どういうつもりだ」


「見る人が見れば、私が作ったって一目でわかるようにしておいただけよ。欠点って言えるほどでもないけど、誰が作ったかわからないんじゃ、黒幕は突き止められないじゃない?」


 そう語るマリーは、他の人間たちにもよく見えるように、《祈り石》をウィラードが握る指の中から拾い投げて掲げた後、ハンニバルに向かって放り投げる。

 なんとかその手に《祈り石》を捕まえたハンニバルは、観察するように手の中でそれをじっと見つめた後、眉間にしわを寄せてそれを認めた。


「……たしかに、私にもこれは見える。マリー殿が使った魔法の数々の残滓と完全に一致する魔力の波動を纏っておる」


 離れているが、魔族であるオブティアスにもそれは確認できたし、この場にいる魔導士は全員それを確認できた。

 普段マリーが使用している魔法の、虹色に輝くような魔力の残滓が、無効化魔法でそういったことが見えにくいロックにもわかる程、わざと残されているかのようにたっぷりとまとわりついている。

 魔法に精通している様子である女王も、薄らとではあるがそれを認識し、今にも暴れそうなほど怒りを抑えるのに必死の様子だった。

 《祈り石》を作ったのは、今目の前で悠然とほくそ笑んでいる魔女。まずそれを証明したのだ。

 そして、マリーが言ったことが真実なら、今までの状況も変わってくる。

 あることに気づいたアリアナは、右手を挙げながら、震える口で何とか声を絞り出した。


「お待ちください……。そうなると、王宮を襲撃した、侵入経路の分からないあの新型は……」


「あぁうん、お察しの通り。食べられたと思い込んでた貴族のご令嬢さんだよ。侵入経路が分かってスッキリした?」


「ふざけたことを抜かすな!」


 マリーが思い出し笑いをするようにまたくつくつしながら答えれば、アリアナは眩暈を覚えてふらりと身体がぐらつき、ジェイドとヨハンに支えられた。

 ゼギルデイドが怒号をあげながら勢い良く立ち上がり、大きい音を立てて椅子が後ろに倒れる。

 しかしマリーの挑発するような様子は変わらない。自分を激しい憎悪で見つめているその端正な顔を、面白そうに眺めながら微笑んで首を後ろに垂れる。


「弟さんに聞いてみたら? まだ意識不明だってんなら、治してあげようか。『令嬢が、魔物に変わった』きっとそう言おうとしたところを力尽きたせいで、『令嬢が、魔物に』で途切れちゃったんじゃない? それを聞いたら普通食べられたって考えちゃうのも仕方ないでしょ」


「待て、待てよそれ。お前の言う事が正しいなら、それなら教会が隔離してたあの大量の新型は……」


「病気を治した例外。《祈り石》を使って自分たちだけ助かったことを責め立てられて、それはそれは激しく後悔したんでしょうねぇ。全員が治るように祈ればよかったのにって」


 少しずつ状況が理解できて来たロックは、信じたくなかった。

 しかし、疑問に思ったことを投げかけても、マリーから送られる返答は論理的で、尚且つ人間の心情を、どうして後悔したのか詳細に分析していたように推論を述べる。

 思考が追いついてきたと同時に、沸々とその場全員の怒りが込みあがっていき、部屋全体の温度が少しずつ上がっていくように熱気を帯び始める。


「あー、そうそうあの病気ね。結局気付かずじまいで終わっちゃって残念に思ってたからネタ晴らししようか」


「やはりあの病気もお前が引き起こしたのか、マリアージュ」


「当然でしょ。貴族に渡したスライム増殖装置、ご主人が破壊しちゃったときがっかりしたんだけど。その時ピンときてね」


 ガタンとまた椅子が倒れる音がして、今度はオブティアスが肩を震わせ、その瞳に怒りを宿していた。

 ロックの横にゆっくりと歩み寄ったジェイドは、普段の飄々とした顔の片鱗すら見せないほど冷たい怒りの目を向け、ゆっくりと魔力銃の銃口をマリーに向ける。

 この部屋の中では攻撃魔法は意味をなさないが、その事実をジェイドもマリーも知らない。

 しかし二人の事など目にも入らない様子で、マリーはこめかみを小刻みに動かしているウィラードに語り続けた。


「薬草の効果を反転させたら、面白そうなことになるんじゃないかって」


「なんてことを……」


 ウィラードが言葉を聞いた瞬間、両手で顔を覆って椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。

 教会の人間や、貧乏な高齢者や幼子ばかりが病を患った本当の原因。

 薬草を使うのは、高価な薬に手が出せないそういった庶民の人間。そして、薬草を使う頻度が高いのは、比較的病気を患いやすい、前に挙げた人たち。

 ただの風邪でも、幼子や高齢者には気を抜くと命の危険が伴う。それを回避するために飲んだ薬草が、病の発生源になっているなど、誰が考えようか。

 ついこの間まで人の知る通りの回復効果を与えていたそれが、成分すら変わらぬまま、翌日から身体を蝕む毒草に変わり果てていたことに、誰が気付くことが出来ようか。

 ナハム公国のドゥラゲール公爵と、ドミニカの代表として来ていたノーマンの二人が荒々しく席を立ち、椅子がまた大きな音を立てる。


「……すると、お主は我が国の高等な技師たちにも、同じようにその《祈り石》とやらを送り付けたのじゃな」


「えぇ、えぇ。たしか魔法道具が破壊された直後あたりかしら。てっきり魔法道具を直すのかと思ってたら、怒りに駆られてムラバ直しちゃったんだもん、びっくり。よっぽど攻撃されたことを恨んでたのかしらね。そのあとみんな揃って正気に戻ったように後悔して、一斉に変わり果てちゃってまぁ、技術はあるのに馬鹿よね」


 女王ヤトルッドは、あえて「高等」であると付け加えることで、技師たちがいかに優れており、自国から重宝され、敬われているかを示そうとした。

 そんなヤトルッドの思考をマリーは十分理解し、その上で『馬鹿』と蔑みの言葉を投げ返す。

 ヤトルッドも即座に立ち上がって、畳んだ扇でマリーを指し示すようにその怒気を向ける。


「みんなもっと椅子を大事にしたらぁ?」


 猫なで声でくつくつ笑いながら、倒れた椅子にマリーは視線を向ける。

 どの口が言うのか。この場にいる全員がそう思ったことは想像に難くない。

 これ以上魔女を放置するのは愚策と判断したのだろう。とうとうハンニバルも重い腰を上げて臨戦態勢に入った。

 攻撃魔法が使えないこの場だからこそ、確保できる可能性があると考えて。


「どうしてそこまでするんだ」


「ウィラード、私何度も言ったわよね」


 円卓の中心で、全員から敵意を向けられた魔女に、ウィラードはゆっくりと椅子から立ち上がって、懇願するような視線を送る。

 そんな魔法使いに、魔女は笑顔をスッと引き込め、まるでのっぺらぼうを見ているような、全く感情の分からない顔を向けた。

 横からその顔を見たロックとパーティメンバー、シュバイツが恐怖に凍り付いてしまうほどの、何も感じられない表情。


「幼い遊びで作った人形の世界に、いつまで入り浸ってんだって。失敗作だと嘆くなら、さっさと壊してもっといい新しいのでも作れって」


 魔女から発せられた声の色も、その表情と同じくらいに何も感じ取ることが出来ず、円卓にいた全員が、金縛りにあったかのように動けなくなる。


「知っての通り、私気が短いのよ。それでも結構待った方よ? かなり辛抱強く待った方じゃない? でも、もう無理――」


 そこまで言って、魔女は大きく溜め息をつき、両掌を胸の前で上に向ける。

 ガラスが割れる音と、テレビの砂嵐のような雑音が響く。

 マリーの左手の使い魔紋が、空中に黒い靄を残すように掻き消え始めた。

 ロックの瞳にそれが映り、まるで自分の体ではないような、意識が遠くにあるような感覚で首だけを動かして視線を自身の左手に向ける――。


 ――ロックの使い魔紋も、同じように掻き消えて空中で霧散していた。


「ごっこ遊びと思って付き合ってやってたけど、いい加減潮時よ。ウィラード、あんたに無理ならもう私が壊すわ」


 円卓にいた全員が動くよりも早くマリーは両手を振り下ろして、協定会議室は光と衝撃に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ