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大禍

 山積みの問題に、情勢が目まぐるしく動きながらも、学生達がようやく平穏な学生生活に戻ろうとして来ていた秋の終わり頃。

 時折冬を思わせる様な肌を刺す冷たい風を感じながらも、ロックは外でパーティメンバーと一緒に食事をとっていた。

 なんでも、ここ最近問題が立て続けに起こったせいで落ち込みがちだった雰囲気を盛り上げようと、アリアナが打ち上げを提案してきたのだ。

 それぞれが食事を自分で人数分作って持ち寄り、座るために敷いた敷物の上に載せる。

 食べ物に無条件に反応するロックの使い魔は、涎をだらしなく垂らし、目を輝かせてそれを眺めており、その様子にロックは頭痛がするように頭を押さえた。


「ジェイドとアリアナはさっすが何でもできる貴族だね、凄いや」


「だから俺はもう貴族じゃないって」


「でもこれ庶民が食べる様な昼食のランクじゃないだけど」


 ヨハンがそう指摘したアリアナとジェイドが手作りで持ち寄った食事は、それこそ味から香り、見た目にまで細部にこだわったフルコース料理だった。

 見ているだけで満腹になりそうな量に、芸術作品を思わせるような繊細で流動的な目を楽しませる風貌。

 そこらの料理人よりも高い技術力に、それでもう一生食べていけるのではないかと思えるほど。

 料理をする貴族は少ないときくが、完璧主義のアリアナは料理も研究していたという。

 ジェイドは単に貴族時代に自分の料理が出されなかったため、厨房に入り込んで使用人の見様見真似で作っていただけである。


「それに対して僕たち庶民は酷過ぎるね」


「うっせ。あとその目やめろよ二人とも」


 ヨハンはテイマー以外能無しで、ロックも強くなる訓練にばかり身を投じていた。二人とも料理は壊滅的だったのである。

 庶民の一般的な家庭料理をとりあえず作ろうとして四苦八苦した残骸は、真っ黒こげで一体何だったのか原型がまるで分からない。

 野菜の煮物として作ったはずものも、色は料理とは到底思えない、緑や紫に変色した挙句なぜか発光しており、ブヨブヨと不規則に、まるでスライムのように蠢いている。

 何をどうしてこうなってしまったのか、ロックにもヨハンにも分からず、アリアナとジェイドはそのあまりにも悲惨な状態に、可哀そうなものを見る様な温かい視線を二人に向けていた。


「味は個性的よね。あ、砂糖と塩間違えてる。水の配分も違うわね。苦味調味料の代用に炭を入れるんじゃないわよ。なんでとろみ剤がいらないのに使ってるの?」


「お前の勇姿に時々マジでびっくりだよ……」


 誰も手を付けそうにない様子を察したのか、ロックとヨハンが作った、料理とは全く呼べない何かを、マリーは手づかみで大口に放り込んで咀嚼する。

 味をゆっくりと確かめるようにもぐもぐと口を動かす使い魔を、全員が引き気味に見つめていた。

 酷い味に顔一つ歪ませることなく、不思議な味を面白おかしく楽しむように飲み込んでいく使い魔に、ロックはがっくりと項垂れる。

 自分に正直な使い魔が、一言も美味しいという類の単語を発しないことに気付いて。


「お二人には新たに料理講座を開かなければなりませんわね」


「「なんでそうなった!?」」


「あら、魔導士たるもの、野宿からの自炊も出来なければなりませんでしょう?」


 噴き出す笑いを堪えようと身を震わせ始めたジェイドの横で、アリアナはさも当然のように真顔で告げる。

 ロックとヨハンのアリアナ個人講習はいまだ続いているが、追加が入ったことに二人はがっくりと項垂れてしまった。


「味は未知の領域だけど、喉越し爽やか。ご主人これまた作って」


「褒めてんの? 貶してんの? マジでどっちだよそれ」


 アリアナとジェイドが作ったフルコースにロックとヨハンが手を出し始めた頃合いに、マリーがゴクンと最後の一口を飲み込んで告げてきた言葉に、ロックはジト目で噛み付いた。

 ちなみに二人の作ったフルコースは、学園の食堂の料理よりもずっと上品な美味しさで、ロックとヨハンは悶絶した。

 その味もさることながら、絶対的なまでの技術力の違いを二人は思い知って。


「ロック、ロック! やっと見つけた、こんなところにいたのか! 緊急招集! 今すぐ協定会議室まで!」


「え? あそこ今国同士の会議してんじゃねぇの?」


 普段昼食に使う食堂とは違う、寮の裏庭で敷物を広げていたロック達のところに、血相を変えたシュバイツが走り込んできた。

 協定会議室で当事国同士の話し合いが行われることになったのはつい最近。

 別段極秘にされていた訳ではないが、公表もされていない。

 だが噂話のように学園内でまことしやかに囁かれていたのだ。

 フルコースの形式を無視して手掴みで食事を口に放り込んでいた面々が、怪訝な表情でシュバイツを見上げる。


「ウィラードさんからのご指名だよ。といっても、目的は君の使い魔の方だけど。詳しいことは分からんが、急ぎなんだ。早く!」


 シュバイツは一瞬だけ、食事を堪能して満足そうな表情をしているマリーに視線を走らせたが、慌てたままの顔でロックを促す。

 使い魔の方を見ると、いつも通りウィラード関連の為かガン無視を決め込んでいる。

 ここから協定会議室までかなり距離があるため、直接転移したほうが早い。

 そう判断したロックは、命令の意味で鼻歌を歌って無視し続けるマリーに声をかけた。


「マリー、協定会議室だ」


「……はぁ」


 流石に命令に逆らう気はないのか、溜め息を吐いた後、パチンと使い魔がいつものように指を鳴らす。

 ロックだけでなく、隣にいたシュバイツに、その場に座り込んで食事をしていたパーティメンバーも巻き込んで転移した先は、協定の為の会議の真最中の円卓の上。

 突然現れたせいか、それぞれの国の代表が一瞬警戒する動きを見せるが、その相手がロック達だと分かって、学園に通じる国の人間はすぐに警戒を解く。

 初対面であるおおよそ海底国の女王だろうとロックが推察する人物と、ナハム公国の代表らしき国章を付けた人物だけが、座ったまま突然現れたロック達に眉を吊り上げる。

 ロックだけが転移すると思い込んで食事を続けていたパーティメンバーは、巻き込まれた事実に気付き、重役の前に食べ物を口に含んだままの姿勢で固まってしまった。


「だからまともな場所に転移しろっての!」


「マリアージュ!」


 ロックの窘める声を遮り、部屋の中心に漂うマリーに向かって、ウィラードはほとんど掴みかかりそうなほどの勢いの大声をあげる。


「これはなんだ!? 《願い石》の劣化版だが、呪いも入っているな!? どういうことだ、説明しろ!」


「やぁーっと辿り着いたと思ったら。なんだ、ウィラードがネタバレしたんじゃつまんないじゃんか」


「これは何だときいているんだ!!」


 今までにないほどに、ウィラードはマリーに向かって怒り、円卓に左手を叩き付け、右手に持つ小さな何かを掲げるようにして捲し立てていた。

 その様子を見ていた、いそいそと落ち着きなく円卓から降りてハンニバルの後ろに控えたロック達も、会議に参加していた各国代表も勢いに押されて腰を引く。

 この場にいるほとんどの面子が怪訝な視線をマリーに向け、女王は興味深そうに目を細めた。

 マリーはいつもの取り繕った仮面のような笑顔を消し、うすら笑いを浮かべながら周囲を観察するようにじっと見まわした後、両手を組んで右手を顎に当てる。


「ご推察通り《願い石》の劣化版。《祈り石》とでも言おうかしら? こっちに来てから作って、適当にばら撒いてたんだけど。誰も気づきやしないの」


「ばら撒いてただと?」


「神に祈るしかない人間を対象に、結構な数をあちこち。祈るしかないほど切羽詰まってたから、《願い石》と違って即座に使われて見つけにくくなったのかな」


「待たれよ」


 ウィラードとマリーの問答に、頭に扇型の王冠を被った、海底の女王が右手を挙げて声をかける。

 首だけそちらに向けた魔女に対し、静かに、しかし沸々と海の底から火山が湧き上がるような怒りの表情を向けていた。


「これは魔法使い殿ではなく、お主が作ってばら撒いておったと?」


「えぇ、そうよ。人間が尽く神に祈ってたせいか、神様として崇めてるウィラードが送ったって勘違いしてたんじゃない? そんなこと渡すとき一言も言ってないのにね」


「これのせいで、我が国の高度な技術をもつ技術者たちが魔物に喰われたのだぞ! どう責任を取るつもりじゃ!!」


 両手で円卓を叩いて立ち上がり、あらん限りの怒りを向ける女王。その場にいる全員が、彼女の語るその真っ当な怒りを理解できた。

 しかしマリーは女王の言葉を聞いた途端、これ見よがしに顔を輝かせた後、大声で笑い始める。


「あっははははは!! 喰われてなんかいないわよ!! その魔物が祈った人間の成れの果てなんだから!!!」


 魔女の発したその言葉に、会議室にいた全員が凍り付いた。

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