終戦
大陸破壊魔砲ムラバは、一発砲撃すると次の攻撃まで魔力を溜める工程から時間がかかる。
空気中の魔力を集めて攻撃魔法に変えるだけだとそれこそ一日相当時間を要することとなる。
では、なぜ戦争ではそんな兵器が大陸を沈めるほど使用されたのか。
それはあくまで空気中の魔力を集める方法のみであったそれを、別の方法で魔力を溜めることが出来るように開発され直したからであった。
人の魔力を人為的に分け与えることで、空気中から吸収するよりも圧倒的に時間を短縮させた。
それでも一撃に相当の魔力を有するため、相当数の人員に魔力を供給させる必要がある。
海底国ではその人為的な魔力を、避難するために待機していた十万に及ぶ住民に担当させている。
これは千年前に行われた戦争と同じ方法だ。住民は自分たちの知らない間に魔力を搾取され、体力の限界を超えて気絶する。
住民にも大きな負担が及ぶこの方法は、千年前の戦争時に大陸を破壊し沈められた時に、気絶したまま沈んでしまい多くの犠牲者を出している。
いつ破裂して海水に溺れてしまうかわからない避難場所でそれを行うことに、千年前の戦争から学んだことは何もなかった。
「そこまでだ、女王とやら」
魔導学園からの集中攻撃と入り乱れた集団戦に被害にあわないように浜辺に近い歩道に撤退し、ムラバを放つための魔力の補充まであと数刻と待つだけだった女王。
突如背後からの声に、警護に当たっていた近衛が一斉に警護体制に入って陣形をとる。
全員がサシャント港での戦に集中していたために、侵略のために上陸してから一度も目を向けなかった海を視界に入った。
水面が揺らめき、反射した光をキラキラと輝かせていた海面に、それとは違う光が発せられていた。
反射した光ではない、まるで深い水底からオーロラが逆さに降り注いでいるように、カーテンのような縦に長い淡い光が、グラデーションのように色をゆっくりと変えながら海中から放たれていた。
この様子は、海底の民たちにとっては二度目の光景。
謎の砲撃魔法を受けた際に、海中空間維持魔法装置が破壊されてしまったとき、これとは逆の向きに光が放たれたのだ。
全員が目撃していたそれが逆向きに放たれていることが意味していることは一つ。
――魔法装置が修復されたのだ。
海底の民が凝視している海の上、光輝く水面の中心に降り立つように、かなり小柄の、とんがり帽子をかぶった男、伝承されていた通りの姿をした魔法使い、ウィラードが浮いていた。
「遅れてしまって申し訳ない。魔導装置は修復した。もう君たちが侵略をする必要性はない」
海面すれすれを、水切りするように滑って近づいてくる魔法使いの姿に、近衛達は警戒するようにジリジリと後退する。
女王は大きな扇子を開いて口元にあてて表情を隠し、顔をあげて細い目で近付く魔法使いを一瞥した。
「ここまでやっておいて今更何もなかったことに出来ると?」
「ムラバも止めた。もう貴方達に攻撃手段はない」
魔導装置の損傷は、砲撃に対して防御魔法が働いたためか、落下したときの衝撃のみの損傷だった。
タギャルやヤコ達技術者がそれを直すことが出来なかったのは、元々作ったエルフ族が死に絶えてしまったため。
定期的に整備することはあっても、その構造全てを把握できているわけではなく、それを研究するための技術者でもあったのだ。
しかし下手に触って万一機能が停止するようなことはあってはならず、分解研究などもっての外。
外観から想像出来うる範囲での研究しかできなかった上での、タギャルの時間稼ぎは、かなり高度な技術であったといえる。
構造を把握し、修復方法さえわかれば、彼にもそれは不可能ではない。
ただ、それを教える時間が今回はなかったため、ウィラードは最後まで修復を担当した。
想定よりも損傷が少なかったおかげで、修復作業が終わった後でも転移魔法をする以上の余力を残している。
その為、修復後すぐにムラバの場所を特定し、周囲の警備を苦も無くいなして強引に機能停止させたのだ。
ムラバへの魔力供給のために、付近の衛兵が軒並み戦闘不能に近い状態だったのも幸いした。
「っ、たとえムラバがなくとも! 我らは、カペーチュミストロの民は総力を持って抵抗する!」
「カペーチュミストロ。それが、海底で生き延び続けた貴方達の国名なんだな」
あくまで抵抗の意思を示し、カッと両目を見開いてウィラードを睨み付ける女王に、冷静に分析するように言葉を紡ぐ。
「グランクロイツ魔導学園だけならば、たしかに戦況は厳しかっただろう。だがこれだけ時間が経過した今は、犠牲が増えるだけになるぞ」
浅い浜辺の波打ち際で止まったウィラードの言葉を、女王は測りかねていた。
指示さえあればいつでも攻撃できるよう、近衛兵たちは緊張し、三叉槍を訓練通りに均一に構える。
緊張し、氷のように張り詰めていく空気にも、ウィラードは悠然と佇んでいる。
張り詰めた糸が切れるほんの僅か手間で、空気を揺るがす大きな太鼓の音がサシャント港に鳴り響いた。
腹を震わせる大きな空気の振動、それはナハム公国の軍が到着したことを示す太鼓の音色。
サシャント港を見下ろすガルメロの灯台に、周辺領域から召集した総勢五万の軍勢が見下ろしていた。
一万の軍勢でも、魔導学園勢とは五分五分になってきた現状。
その上での圧倒的な数の増援を目にしてまで足掻こうとするほど、カペーチュミストロの女王は愚かではなかった。
「我々の、負け。という事か」
女王が大人しく敗北を宣言すると、魚の鎧を通じて全ての軍にその指示が伝わり、降伏の証として武器の三叉槍を捨てる。
住民のいなくなった港町に、太鼓の音を打ち消す音楽のような、地面に落ちた武器の金属音が鳴り響いた。
魔王国は鉄鋼蟲に喰われた。国のほとんどを森で覆われ、城周辺のみが平地であったこの国。
鉄鋼蟲の新たな住処として完璧な条件を整えていたこの国は、溢れかえった蟲の巣となる。
地面を齧り表に出たのは城だけではなく、国を覆う森のあちこちに現れ、怒りに駆り立てられた鉄鋼蟲に魔物のほとんどが喰われていく。
生き延びた極僅かな魔物は、森を抜けて人の国へと逃れたが、森の外では人に狩られることを覚えていたため、人に知られぬようにあちこちに隠れ潜んだ。
鉄鋼蟲は魔物を追いかけはしたが、森の外までは追いかけてこなかったのが唯一の救いとなった。
城で内政を担当していた数少ない上位魔物でも、生き延びたのはテンパル、オブティアス、ルシフォードの三人のみ。
よって魔王国は皮肉なことに、魔王のみが無事な状態で滅びたに等しい。
鉄鋼蟲がひしめく城から逃げ出した後、オブティアスとルシフォード、魔王国側に赴いた魔導学園勢は、飛行魔法でなんとか学園まで戻ってきていた。
まともに飛行魔法が使えない一年を魔導講師と三年が助けながらであったが、大陸四分の一ほどの距離を休めもせず飛び続けたため、全員が消耗して疲れ果てていた。
学園の校庭に辿り着くと同時にそれぞれが倒れ込んで、今はそれぞれが地面に座り込んだまま、学園に残っていた数少ない魔導講師達に回復魔法を受けている。
ハンニバルをもってしても、ルシフォードの失った左腕を戻すことは不可能だった。
分かっていたことではあったが、その事実を告げられたオブティアスは、自らの拳から衝撃で血が噴き出すのも構わないほど、地面を強く叩き付けた。
円状に深く抉れた地面を衝撃が伝って揺さぶり、宙に浮いて地面に叩きつけられた周りが動揺するような呻き声をあげる。
その衝撃と騒ぎのせいか、気絶していたルシフォードがようやく意識を取り戻した。
「ただでさえ酷い顔が、余計にひどい顔ですねぇ。ブティ」
なくなった左腕を流し目で見た後、膝を付いて俯いていたオブティアスに向かって笑顔で声をかけたルシフォードに、オブティアスは震える肩で振り返る。
「ルシフォード、俺は、俺はっ……!」
「謝らないでくださいね。左腕一本で貴方のお命を救えたのなら、本望なんですから」
なんと詫びたらいいのかというオブティアスを察したように、微笑みながら告げたルシフォードの言葉。
謝罪の言葉すら口にすることができず、口を開いたまま呆然とした後、オブティアスは悔しそうに口を閉じる。
ルシフォードがオブティアスに忠誠を誓ったのは、両親を亡くした直後の齢四つからであり、自身を拾い上げたオブティアスへの忠誠心は絶対。
「側仕えとしてテンパルの敵対を見抜けなかった私への罰ですよ。ただ、復讐するのは止めないでくださいね。次にあいつにあったら八つ裂きにします」
「いいや、それはダメだ」
唇からも血が流れるほどに噛み締めたオブティアスに、自身の要求を断られたルシフォードが、笑顔が歪み真顔に変わる。
「あいつは、テンパルは俺が八つ裂きにしてやる」
怒りに燃えるように、黄色い瞳が赤く変わるようだった。
恐ろしいほどの静かな怒気に、疲れ果てていた学園の人間は恐れおののいて、這いずってでも距離を取ろうともがく。
「昔から好きですよ、貴方のそういうところ」
両手を戦慄かせながら氷よりも冷たい声色で告げられたオブティアスの言葉に、ルシフォードは噴き出すように小さく笑った。