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裏切

 鉄鋼蟲が地面を食い破って魔王国を襲い始めてから数時間。

 石造りの魔王城は、蟲に食い破られ始め、ミシミシと怪しい音にパラパラと岩が砕け、倒壊の恐れが出てきていた。

 基本的に城付近にいるのは、統治を行っている上位魔物のみとなるため、一般的な討伐対象や使い魔に入る魔物は城にはいない。

 鉄鋼蟲は主に城付近に集中的に現れていたため、一般的な魔物が住処としている縄張りがどうなっているか様子が探れていない。

 また、場内にいないといっても、城の周囲には濃度の高い魔力が集まるせいで、魔物が湧きやすく、集まりやすい。

 城周辺に湧いていた魔物の大半は鉄鋼蟲から逃れようと城内に逃げ込んだが、そこで新たに湧いた蟲に抵抗したところを全て食い破られた。


「あぁー、ガッカリだよ。ブティ、ほんっと、ガッカリだよ」


 魔王城内玉座の間、人よりも大きな蟲が、鋏をカチカチ鳴らしながら、触角をあちこち忙しなく動かし、埋め尽くしていた。

 普段は数人の上位魔物のみで内政を行っているため、掃除まで手が回らない。

 そんな魔王城でも、玉座の間は通信魔法も行う機会が多く、唯一手入れがされていた。

 装飾が施され、垂れ幕が下がり、赤い絨毯が敷かれたそこは、地面から巨大な穴をあけられて、蟲が次々湧き出している。


 オブティアスは頑丈な身体が幸いして、鉄鋼蟲に齧られながらもその身体まだ無傷だった。

 だが粘着性のある白い綿飴のような、鉄よりも固い糸に両足をとられて逆さ吊りにされ、更に周りをぐるぐる巻きに覆うように、百足型鉄鋼蟲に巻き付かれて身動きが出来ない。

 今はまだ無傷ではあるが、巻き付いた百足型が腹を食い破らんと齧り続けているため、負傷するのは時間の問題だった。

 手に持っていた武器も百足型に巻き付かれた時に落とした後、群の下敷きになり今はどこにあるのかすら分からない。


「こんな時になんだってんだよ」


「俺さー、ガキだった頃お前に取り込んでおきゃ、でかくなった時好き放題暴れられると思ってたんだよなぁ」


 ざんばらの青い髪をかきあげ、天井に巣を作り始めた蜘蛛型の鉄鋼蟲からできる限り離れた空中に漂うテンパルは、動けなくなっているオブティアスをメガネの奥から細い目で見つめた。

 つり下がったオブティアスから百足型を何とか引き剥がそうとルシフォードは近付こうとする。

 しかし床を埋め尽くさんとする蟻型鉄鋼蟲の群が、その忙しない触角を向けてルシフォードの接近を察知し、木の枝程の太さに毛が生えた脚を回してその頭ある大きな鋏を鳴らし威嚇してきて近寄れない。


「自分が強いって自覚はあったんだよ。本当は千年前の戦争にも参加したかったのに、あと一歩のとこで終結しちまうし」


「テンパル! 状況が分かって話してるのですか!?」


「うっせーな! 強さが絶対の魔物に『逃げろ、戦うな、人を殺すな!』とか抜かす奴なんか魔王でもなんでもねぇよ!!」


 苛つきを発散させるように、テンパルは両手をルシフォードに向けて攻撃魔法を放つ。

 完全に油断していたルシフォードは、散弾のように広がる攻撃魔法をもろに浴び、周囲の蟻型鉄鋼蟲が弾けるように宙に浮いた。


「自分勝手にたくさん暴れられると思ってたのによ! 好き放題殺せると思ってたのによ!」


 攻撃された蟻型鉄鋼蟲の目付きが変わり、その鋏を大きく鳴らすが、空中を漂うテンパルまでには届かない。


「なんで弱い魔物や人間の為にみみっちいことしなきゃならねぇ! 挙句にゃこんな蟲、殺すなだってよ!? 冗談じゃねぇんだよ!!」


 ルシフォードに向けられていた両手は、今度は地面を這いつくばっている鉄鋼蟲に向けられる。

 掌から発射された魔力の弾丸が、花開くように空中で散開して鉄鋼蟲に直撃していき、一番脆い脚部分が衝撃に弾け飛んでいく。

 この場にいるすべての鉄鋼蟲は、テンパルだけでなくオブティアスとルシフォードも敵の同種だと判別した。

 本能的にそれを察したルシフォードは、大きく目を見開き冷や汗を噴き出しながら、攻撃が緩んだ隙をついて飛行し、オブティアスを捕まえている百足型に体当たりする。

 この程度で鉄鋼蟲が死ぬことはないが、衝撃で振り子のように大きくオブティアスが揺らされ、百足型は振り落とされる。


「おしまいだ。もうお前は魔王として必要ねぇんだよ」


 百足型によって塞がれていた視界が開けたオブティアスが見たのは、自分に向かって空中から取り出した大鎌を大きく振り上げたテンパルの姿。

 オブティアスは目を見開き、咄嗟に自身を守る動きが出来るほどの猶予もないまま振り下ろされるそれを、スローモーションのように眺める。

 視界にぼやける何かが入り込み、跳ね飛ばされたそれが赤い水を噴き出しながら大きく弧を描いて、蟲の群れに飲み込まれていった。

 同時にぼやけていた大きな影から、断末魔の悲鳴が発せられた。


「邪魔しやがって……」


 テンパルは一旦距離を取るように空中で後退するが、同時に周りに目を向ける。

 地面にいた蟻型が、玉座の間の壁を這い上り始めていた。


「ルシ、フォード……?」


 オブティアスは逆さ吊りになったまま、魂が抜けたような表情でその名を呟く。

 吹き出る噴水のように、大量の血を滴らせたまま空中で、今にも気絶しそうにどんどん顔色を青くしているルシフォード。


 ――その左腕が、二の腕から切り落とされていた。


「ちっ、そろそろずらかるか」


 大鎌を振って、蟻にその味を覚えさせるように、ピチャピチャとついた血を鉄鋼蟲の頭に振り飛ばし、テンパルは空中で後ろに下がっていく。


「テンパル、待て、テンパル――」


 何とか足にへばりついた蜘蛛の糸を振りほどこうと、オブティアスは全力の飛行魔法で引き千切ろうともがく。

 目の前で血を滴らせているルシフォードにも、どんどん後退していくテンパルにも、その手は届かない。


「悪いが仲良しごっこはもうしまいだ。俺はお前よりもっといい奴の下に付く」


 殺せないのが残念だと言わんばかりに、テンパルは返り血を浴びてまばら模様になったざんばら髪を振り払うように首を振る。

 オブティアス達が見たこともないほどの、赤い斑点がついた眼鏡の奥で嬉しそうな表情をする彼は、完全に別人だった。


「今度会ったら殺し合いだ。楽しみにしてるぜ? 魔王様よ」


 背後の壁から半身を伸ばして食い殺そうとしてきた蟻型鉄鋼蟲から避けるように、テンパルは転移魔法でその姿をくらましてしまう。


「くそっ……くそっ!!」


 怒りに身を任せてオブティアスは飛行する。ブツリと蜘蛛の糸がようやく引き千切れ、ほとんどぶつかる様にルシフォードを抱きとめた。

 血を止めようと右手で血飛沫を抑えていたルシフォードは、ぶつかっただけの衝撃で気絶し、血を滴らせたままぐったりとしている。


「ルシフォード! しっかりしろ! くそ、どうすりゃいいんだよ!」


 切り落とされた腕が蟲に喰われてしまった今、もうその腕を回復魔法で繋ぎ合わせることが出来ない。

 オブティアスは苦虫を噛みつぶした様な顔で、回復魔法を手にかかげて血の滴る傷口を塞いで出血を止める。

 塞いでしまえばもう元に戻すことは出来ない。苦渋の決断だった。

 気絶したルシフォードを背負い、オブティアスは周りを見渡す。

 壁を登っていた蟻型は、天井まで到達し、そこから二人を食い殺そうと天井から飛び降り始めた。

 蜘蛛型が大きく膨れた腹部から、もう一度捉えようと糸を噴き出し、飛び降りた蟻型が無残にも引っ掛かって動けなくなった。

 オブティアスはルシフォードを背負ったまま、飛行魔法で何とかそれを避けるが、その巨体と数に、部屋の隅に追いやられ始める。

 転移魔法を行おうにも、鉄鋼蟲の襲撃が激しく空中でいったん止まることも出来ず、蟲ごと転移しかねない距離のせいで転移できない。

 地面に落ちた蟻型がまた壁を伝って天井を目指す。地面に空いた穴から二匹目の蜘蛛型が出てきた。

 唯一の出入口は内開きで、鉄鋼蟲の重さで塞がれオブティアス一人では開くことも出来ない。


 それでも何とか扉を開けないかとオブティアスが視線を扉に向けると、勢いよく扉が開いて蟻型を弾き飛ばした。

 トロールにワイバーン、オーガなどの大型種の使い魔が集まって、扉を力任せに開いたようだった。

 そのすぐ下にいた、グランクロイツ魔導学園の生徒と魔導講師が、一斉に冷凍魔法で何とか場を収めようとする。

 パキパキと地面を伝い、白い煙と冷気を纏う氷が広がるが、鉄鋼蟲が多すぎて、入り口付近の動きを止めるのが精一杯だった。


「ブティ!」


 アルフレッドが上空で逃げまどっていた二人を見つけて大声をあげる。

 オブティアスはその声が発せられたと同時に扉の外に飛び込む。


 ――オブティアス達と魔導学園の人間が外に避難した後、魔王城は鉄鋼蟲の重みに耐えかねて崩れ落ちた。

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