街戦
住民の避難は何とか完了した。元々住民はこのサシャント港から追い出す算段だったらしく、そのおかげか想定よりスムーズに避難の誘導が出来た。
だが、住民のいなくなったサシャントは問答無用で破壊活動を受け始める。
無条件降伏に応えず、防御魔法を突破して侵入し、住民を避難させた学園を敵と認識した。
避難が終わった後は、サシャントを巻き込んだ全面戦に突入してしまったのだ。
「砲兵――!!」
法螺貝のような、腹に響く低い音が、包み込まれた防壁魔法に木霊する。
大陸破壊兵器ムラバを研究して作り出した、小型魔砲兵器を抱えた集団が隊列を組み、一斉掃射する。
学生や魔導講師達は自身を球状に覆う防御魔法を展開してそれぞれ無効化するも、流れ弾が建物に当たり、爆音と共に瓦礫と煙が弾け飛ぶ。
人数差に加えて、未知の兵器を持ち出してきた海底からの侵略者に、魔導学園は劣勢を強いられていた。
魔力で出来た巨大な津波がサシャントを襲う。
鍛えられた三学年でも、飛行魔法を扱えども使えこなせるかと聞かれればまだ不安が大きいところ。
魚の鎧を着た海底からの集団は戦いの中で少しずつそれを見抜いていった。
津波によって逃げ場を空中のみにすることによって、不安定な足場での戦闘を余儀なくさせ、自軍の有利に事を進めるように図る。
上空に逃げた先には、機雷式の泡で包まれた攻撃魔法。直接触れることによって発動するその魔法を避けるように飛行しても、砲撃魔法で誘爆される。
消耗していく学園側に対し、一万の軍は負傷こそあれ回復魔法で即座に治療するため損傷を全く見せない。
攻撃魔法を受けており、魔力を激しく使い込んだ戦闘方法のはずなのに、魔力切れを起こす予兆すらなかった。
魚の鎧はその身を守るための機能も備わっているが、それは機能の一部分にすぎない。
その鎧の本当の恐ろしさは、別の場所から送られてくる魔力を補充する機能だ。
本命ともいえる彼らの魔力の源を発生させる魔力道具は、陸に近くも海の中の都市に設置されており、通信魔法でその都度連絡を取り合っている。
魔法道具から定期的に魔力が鎧に送られてくるので、彼らは魔力切れの心配をすることなく戦闘に発揮できる。
サシャント全体に張った防壁魔法の本当の目的は、魔法道具から送られる魔力の範囲を定めることと、魔力の動きを気付かれないようにするため。
実際学園側は、その魔力の動きに誰一人気付くことが出来ないでいた。
だがそんな学園側も、ただ打つ手もなくひたすら逃げ惑っていた訳ではない。
「――なんじゃと!?」
魔力の津波が相手軍の想定していた動きから大きく逸れる。
百八十度方向を変え、渦潮のように波打ちながら、学生の足場を奪っていた深い青は、魚の鎧を飲み込んだ。
「魔力で作った偽物ってわけだ。それならこちらも十分操ることは可能だ」
ファフィストが転移魔法を終えた魔導講師と二年生を引き連れ合流した。
魔導講師達が息を合わせて両手を前に掲げ、津波魔法の主導権を奪いこちらの攻撃に変えていた。
「海の中にいたわけではあるが、だからといって水に強いってわけでもなさそうだな」
魔力の海流に流される魚の鎧の集団を眺めて、ファフィストがニヤリと呟く。
軍の後ろに戻っていた女王は、肩を怒らせて地面を踏み鳴らしながら前線に戻り、扇を振りかざして波を収束させようとする。
しかし魔力の海は一度その動きに従ったものの、魔導講師達の動きにより再び軍に襲い掛かる。
「小癪な――!!」
女王のいる軍から見えない二年の後ろに、援護の為に一年の生徒も集まっていた。
負傷した三年の生徒を後退させ、体力と魔力を回復魔法で癒していく。
そうして人員を回復していった学園勢は、三年のみだった勢力から、学園半数の勢力に拡大する。
魔導講師達が一斉に、開いていた両手を閉じるようにクロスさせていくと、魔力の海が一気に空間に収縮していく。
女王はそれをみて歯ぎしりしながら扇子を振るが、一対五十だ。むしろ一瞬だけ膨張する動きを見せたことに講師達は驚きを隠せない。
「攻撃魔法、一斉掃射――!!!」
魔力の海が消えると同時に、ファフィストが大声で叫ぶ。女王を守るように軍が隊列を組んで押し出すように彼女を後退させる。
多種多様な生徒と魔導講師達による、様々な種類の攻撃魔法の雨霰が、空一杯に軍に降り注いでいった。
鎧で防げると判断したのか、防御魔法を使いながらも本来の使い方を忘れてしまったのか、彼らは防御魔法を張らず、そのまま色とりどりの閃光を一身に浴び続ける。
それは彼らの慢心でしかなかった。
熱を持つ火炎魔法、冷気を伴う氷魔法、電撃を浴びる雷魔法、空気を操る空気魔法。
他にも個性豊かな魔法の数々は、海底に潜んでから建国された国で、海に伴う水魔法と、魔法道具のみを特化させた軍にとって初めてのまともな魔法攻撃。
焼かれ、凍り付き、鎧は砕け、それでなくともへこんで肉を圧迫し、人数差をものともしない圧倒的な戦力を見せつけていく。
国の一つと揶揄されても過言ではないほどの、グランクロイツ魔導学園の半数の攻撃魔法だった。
だが、魔導学園の攻撃はそれで終わりではない。
それぞれに武器を携え、攻撃魔法を終えると同時にまるで馬の集団が飛び込むように、軍に向かって飛び込んだ。
統率の取れている軍隊は、海の中の魔物にこそ対処してきたが、人間の、ましてや一人二十人に相当する高度な魔法の訓練を受けた相手との戦闘方法など学んでいない。
そんな学園の特攻ともいえる突撃に、軍は混乱し、統率を失う。
その隙をついて、それぞれが目の前の魚の鎧相手に武器を振り下ろし、魔法を掲げて吹き飛ばす。
整然と並んでいた隊列は、紙吹雪がまき散らされるかのように上空へと舞い上がった。
「狼狽えるな! 一旦撤退して防御隊列! 合図で攻撃を放て!」
「ちっ、流石にこっちの狙いに気付くか!」
ファフィストが一番恐れているのは、大陸破壊兵器ムラバが使用されることだ。
自軍をも巻き込む可能性のある状態では、下手に撃つことは出来ない。
だからこそ、敵味方の入り乱れた混戦を作り出すのが最善だった。
相手は魔導士相手の戦闘に慣れていない。そして、攻撃魔法は泡によって包まれた機雷式と小型魔砲兵器のみ。
三叉槍による攻撃も、届かない遠隔からの攻撃魔法を浴びせれば安全そのもの。
混戦に持ち込めば、勝算は十分にあると踏んだ。だからこそ、相手もその動きを呼んで、自軍を一定範囲に留めようと撤退滅入れを出した。
腹に響く法螺貝の音。
機雷式の泡の攻撃魔法はさながら小さなシャボン玉が大量に吹かれて風に舞うように、魔導学園勢に向かってくる。
段階を踏むように一定の時間を置いて砲撃魔法が放たれ、泡に包まれた攻撃魔法と砲撃魔法が繰り出される。
防御魔法を張るも、衝撃によって最前線は地面ごと激しくえぐられ吹き飛ばされ、民家一軒ほどの高さに悲鳴をあげながら宙に舞う。
「怯むな! あの泡の攻撃も砲撃魔法も、次が来るまで時間がかかる! その隙に懐に飛び込め!」
ファフィストの怒号に、魔導講師も生徒も一斉に走り出し、防御隊列に入り突き出された三叉槍を魔法で吹き飛ばして懐に潜ろうとする。
その度に撤退の命令が下され、隊列は徐々に徐々に海に押し出されるように後退し始めた。
「陸に打ち上げたというのに、それでも海に押し戻そうというのか――!」
青い魔力の海がまたしても現れて、撤退を助けるかのように軍と魔導学園の間を阻むが、それでも一時的な時間稼ぎにしかならない。
一度攻略法を覚えた魔導学園勢に、同じ魔法攻撃は通用しなかった。
シャボン玉が弾けるように、目の前の魔力の海は弾け消え、小さな水滴が小雨のように地面に落とされる。
軍の後方からそれを細目で見ていた女王は、眉間にしわを寄せ、扇で口元を抑えながら、静かに口を開く。
「ムラバを――」
女王は左手を強く握りしめて震わせる。
彼女とて、出来れば自分たちを海に突き落とした原因である魔法道具は、威嚇にこそ使おうと、攻撃には使いたくなかった。
だからこそ、最後の手段として置いておくことを条件に、その使用を許可したのだ。
「ムラバを、放ちなさい――。」
最後の手段しか術がないと判断した女王の、苦渋の決断に、周りは重々しく頷いた。