結果
翌日、ロックはげっそりして朝食の為に食堂に向かっていた。先日の決闘後、見学者の生徒たちは何が起きたか説明しろとマリーとロックを捕まえて質問攻めにしようとしたのだ。
マリーは迫ってくる生徒の姿を見ただけで辟易してさっさと姿をくらましてしまい、結果ロックのみが雪崩のように迫ってくる生徒たちの餌食となった。
質問されても、ロック自身何が起きたのか全く理解しておらず、マリーもロックが訊く前に消えてしまったため、生徒たちの質問に答えようがなかった。
傍にいたはずのジェイドを見ても「俺はただの友人で決闘内容には関係ないからなー」と、止める暇もなく生徒たちの背後に逃げていく。
罰則のトイレ掃除をしないといけないと言ってロックも必死になって逃げだしたが、手伝うから状況を説明しろと多数の生徒たちにトイレの中まで追いかけられた。
何もわからないし肝心の使い魔であるマリーもいなくなるで、混乱する頭で必死に考えた結果「マリーが戻ったら説明させる」と言って納得してもらうしかなかった。
それでも納得しきれない生徒は夜遅くまで部屋の前でドアを叩き続けたが、見かねたシュバイツによって追い返されようやく眠ることができた。
食堂では昨日のように質問攻めにしようと生徒たちが寄ってくるかとひやひやしたが、シュバイツが相当言い聞かせたのか、近寄ってこなかったのでほっとした。
ニヤつきながらも事前に食事を先取りしておいてくれたのか、ジェイドが入ってきたロックにここに座れと手で合図を送る。正直この視線の中を進むのも大分気が引けたので、ありがたいとばかりに指示通りに席に着いた。
「やーやー、人気者君」
「てめぇ逃げやがって覚えとけよ」
「いやいや、女の子にモテるのはいいけど男はちょっとねぇ」
「くっそ、つーかあの使い魔もどこ行きやがったんだよ」
「えっ、後ろにいるじゃん。そこ」
「はぁ!?」
ジェイドに指摘されて振り向いたら、ロックの背後ほんの少し上に浮きながらサンドイッチを美味しそうに頬張っているマリーがいた。
「な、はぁ!? おまえっ、い、今までどこに!? いつから!?」
「えーあー、ご主人が部屋出てきたとこからー」
興味なさそうに一瞬だけロックに視線を投げた後、またサンドイッチを頬張る作業に戻りつつ適当に答える。いい加減ふざけるなと抗議しようと立ち上がった瞬間、ドスンと大量の書類が机に置かれ、衝撃でバランスを崩しかけるも何とか踏ん張った。
書類を机に置いたのは昨日の決闘相手のアリアナだった。むっとした険悪な視線を向けられて、ロックもジェイドもたじろいで冷や汗を流し、少しでも距離をとれないかと後退する。
「結果は結果ですわ。昨日の決闘で敗北したのは私ですので、あなたの友人になりますわ。ロックベル」
「い、嫌なら無理しなくても……」
「いいえ、これは私の力不足が招いたことです! あなたと友人になる覚悟くらいありましてよ!」
おずおずと提案するも、机をバンと強くたたかれながら凄まれれば頷く他ない。友人になるっていうのはそこまで覚悟してなるものじゃない気もするのだが、とロックは心の中で呟いた。
険悪な雰囲気になりつつあるのに耐えられなかったのか、ジェイドが流れを変えようと机に置かれた書類を指さして話しかけた。
「ところでアリアナ嬢、その書類の山は何だい?」
「あなたたちの課題ですわ」
「「は?」」
「この私アリアナ・スカーレットの友人として隣に立つのであれば、それなりの立場というものを弁えていただかなければなりません。まずはお二人とも、学業成績二十位以内に入っていただきますわ!」
「なああああああああああああ!?」
悲鳴をあげたのはロックだ。学業成績最下位の百位の自覚がある彼には、二十位以内は夢のまた夢だった。どれだけ頑張っても叶う気がしない。
一方ジェイドの方はわざと手を抜いていた部分があるせいか、あーと声を出して顔をそらしつつも、そこまで焦った様子は見せなかった。
「マリー、主人の命令だ! なんとかしろ!」
「買収され申した」
「はああああああああああああ!?」
焦ったロックが背後にいたマリーに振り返って命令するが、サンドイッチを平らげた彼女が手にしていたのはかなり精密に作られたイチゴのショートケーキだった。高級そうな皿に載せられたそれを、これまた高級そうなフォークで口に運ぶと、蕩ける様な至福の表情を浮かべるマリー。
「我がスカーレット家自慢のコックが腕によりをかけて作った最高級のケーキですわ。ロックベル、あなたがそう来ることは読めていましてよ!」
逃げ道はないと言わんばかりにまたバンと机をたたき、ニッコリと微笑んだアリアナに、ロックは顔を真っ青にして白旗を挙げたのであった。
その日の放課後からアリアナによる個別講習が始まった。
どんな恐ろしいものがくるのかと戦々恐々としていたロックだったが、アリアナはロックのレベルに合わせてくれたのか、かなりわかりやすい内容だった。
国の成り立ちなどの世界史や、行政機関や法律等の仕組み、魔物との戦い方、魔法の扱い方、計算術や知識を得るための言語。
おおよそロックは入学時点で学園の基準を満たしていなかったのだろう。アリアナはロックの基礎知識の水準を上げるという方針だった。
最初こそわけもわからず混乱していたが、アリアナは詳しくロックに質問したり話を聞いて、どこまで学んでいるかを正確に把握しては課題を作成していく。理解できるまできっちりと付き合ってくれるアリアナに、相当面倒見がいいのだとロックは関心した。
ちなみにジェイドは初日に手を抜いていたことを暴露し、次からは真面目にすると宣言させられたため、参加はしているものの課題はやっていない。ジェイドが個人講習を受けまいと主張した「アリアナ自身とは友人ではないのでは」という免罪符も、「友の友は自分の友でもある」とアリアナに一蹴された。
買収されたマリーは日によって変わるケーキを食べながら背後に浮いているだけで、もちろん手助けする様子はない。
「ところで気になっていたのですが、マリーさんはどのようにして私の必殺魔法を破ったのでしょうか?」
アリアナの個別講習が始まってから数日経っての事だった。勉強疲れでぐったりしているロックを見て、ため息を漏らしながら少し休憩にしましょうとアリアナが提案してお茶を飲んでいるところだった。
あの日から個別講習を受けていた影響か、他の生徒から質問はされなかったが、ロックも気になっていたことだった。勉強に気を取られて質問できなかっただけで。頬杖をついていたジェイドも顔を向けて注目している。
マリーは紅茶を上品に飲みながらも、値踏みするような視線をアリアナに向け、はあとため息をついて紅茶を置いた。
「あれが必殺? よく言うね。ざっと見ても突破する方法四つは浮かんだってのに」
「そ、そんなにですの? 具体的にお聞きしてもよろしくって?」
「まず私がやったのはただの転移魔法。自分を転移させた後、アリアナも転移させただけ」
ただの転移魔法とは言うが、転移魔法が使える魔物は少ない。それこそ上級魔物でもないと使えない。
やはりというかなんというか、普段が普段なだけあって、ロックはマリーに対して本当に強い魔物なのか常に疑問を抱いていた。しかしこの間の決闘で目の当たりにしてしまい、さらには息をするのと同じくらいの感覚で転移魔法を使ったように話すマリーは、間違いなく上位の魔物であることは否定できない。
ようやくその事実を理解できたロックは、マリーに対して真剣な表情で見つめ、手で続きを促した。
「まず上空ががら空き。飛行魔法でいくらでも避けられる。次に足元もがら空き。土系魔法使って地中掘り進めれば不意撃ちもできる。最後に時間停止魔法。これはどの攻撃魔法にもきくけど、対策してないでしょ」
つらつらと指を折りながら説明するマリーに、その場にいるロックたちは絶句した。
「とりあえずぱっとでもこれだけ浮かんだ。時間かけて考えればもっと増えるんじゃないの、突破口なんて。それに魔法発動までの時間かけ過ぎな上、発動が分かりやす過ぎ。避けてくださいって言ってるのかと思った」
ふあ、と口に手を当ててあくびをしながら答えるマリーに、やはり底知れぬ強さを感じる。とりあえずマリーに対する考え方を変えたほうがいいと、この場の全員が確信した。
アリアナは説明に対する礼をマリーに伝えた後、指摘された点に関する改善をしようと、ぶつぶつと案を巡らせ始める。
「あ、それでねご主人。勉強終わったらそろそろやるよ」
退屈そうにしていたマリーだったが、何か思い出したような表情をして唐突にロックに話しかける。
「やる? なにを?」
「強くなるための特訓」
突然の話に、ロックは間抜けな顔でぽかんと口を開けて固まった。