戦闘
港の市街地は、文字通り戦場と化していた。煙が上がり、炎が飛び交い、建物が衝撃に崩されていく。人が飛び交い、血を流し、涙を流して泣き叫ぶ。
三年の生徒を主軸として、陽動の為に一番広い中央広場を陣取る。潮水が引かれた噴水は破壊され、水しぶきが無残に石畳を湿らせていた。
防御魔法を突破し、大通りを走り抜けて広場に陣取った彼らは、対処しようと襲い掛かってくる敵に攻撃魔法で応戦していた。
魚の鱗のようなぬめぬめと黒光りする、人魚を彷彿とさせるような甲冑に似た独特の鎧。三叉槍を持って、侵入者を捻じ伏せようと、魔法と交互に繰り出している。
「無茶はするな! 魔力を扱う体力は温存するんだ! 回復が必要なものは後ろへ!」
三年ともあれば、その一年のほとんどを実践訓練に費やすものがほとんどの為、学園に居る時間も少ない。
一人に付き人間二十人は相手に出来るほど、個人的な戦力で言えば、グランクロイツ魔道学園の生徒は圧倒的だろう。
だが、個人の力だけでは勝てないのが戦争というものだ。
「第三班、前へ!」
魚の鎧を着た指揮官が指示する。隊列を組んだ槍兵が、空中に泡の魔法を浮かべながら槍を構えて一歩ずつ進んでくる。
あの泡の魔法が厄介なことこの上ない。泡に包まれているおかげで何の魔法が込められているのか判断できないのだ。
「爆炎!」
前に出ていた生徒が叫び、隊列が地面ごと吹き飛ばされる。連鎖するように泡の魔法から攻撃魔法が雨霰と生徒の方に向かう。
防御魔法を展開するも、すでに消耗していたところに先程の攻撃魔法。通常よりも薄くなったそれを、攻撃魔法は突き破って生徒の肩や足に直撃する。
傷口を抑えた生徒を、他の生徒が抱えて後退させる。戦闘が始まってからすでに一時間ほどが経過していた。少しずつ疲労が溜まり、魔力切れを起こす生徒が出てきた。
対して魚の鎧の集団は、魔力切れも体力の衰えも感じさせないほど、終始凛として隊列を守っている。
人数差でただでさえ不利なのに、スタミナでもあちらの方が有能であった。
「住民の避難はまだか……」
三万人もの人間の避難は容易ではない。だが港の人間を一人一人家に閉じ込めず、各所に散らばるそれなりの大きさの建物に集めて閉じ込めていたのは功を奏した。
サシャント付きの魔導士はその場所を全て調べつくして報告していたのだ。一番の功労者といえるだろう。
あとはその付近の見張りを倒し、一時的にガルメロの方に集団で転移させればいい。
見張りを魔導講師達が倒し、二年の生徒達で転移魔法陣を作成して送り出し、ガルメロにいる一年生徒が誘導して避難させていた。
だが数が数だ。大量の住民全てが避難できるほどの大型の転移魔法陣は、軌道でさえ多大な魔力を消費する。新規作成となるとその倍以上だ。
休憩をはさみながら魔力の回復を待って起動しなければ、生徒の方が気絶し、運が悪ければ絶命する。
早急に動いてはいるが、全ての住民を避難させるには相当な時間がかかるものだった。
「随分と小癪な動きをしてくれたものだの」
隊列を組んでいた槍兵がザっと割れる。刹那、そこから渦潮が轟くような、黒と紺の入り混じった攻撃魔法が放たれる。
前列にいた生徒たちはそれを避け、後列にいた生徒たちが防壁魔法を複数展開し、威力に後ろに押されながらも、なんとか被害が出ないように食い止めた。
「陸には強い戦士が多いようじゃ。だがの、それでは我らには勝てぬぞ」
その場に似つかわしくない海底よりも深い暗い青色の、ストールを何重にも巻き上げたようなシルクのようなドレス。
白い髪を結い上げた頭には扇子状に広がった、宝石や鎖が見事に装飾された独特の王冠を被った、スラリとした背の高く少しやせ細ったような青白い肌をした初老の女性。
「我らは叡智王の技術を受け継ぐ者。我らを陸に引き上げたことを後悔させてくれる!」
女性は海の景色が彩られた大きな扇子を取り出すと、外に向かって仰ぐように大きく振った。
深い色をした水のような魔力が空中から大量に沸きだし、荒波が渦巻くような動きで巨大化した魔力の津波が広場を飲み込み、生徒達に襲い掛かった。
ジェイドと二人で新型魔物の注意をそらすように真正面から集団に走り込む。
黒いタイルに乾いた靴の足音が響き、その音に端にいた魔物の何匹かがその重そうな首をこちらにゆらりと向けた。
ロックはガチンと体の中で切り替えて、脚の脚力に魔力を集中させて飛び上がる。
魔物全ての視界に入るようにその上空をゆっくりと滑空した後、群れの反対側に受け身で着地し走り続けた。
すぐ後ろから空気魔法で同じように飛び上がっていたジェイドが着地して続く音を耳で確認しながら、ヤコに教えてもらった道を通って広間を目指した。
魔物はロック達の策略通りに全て気付いた様子で、恐ろしい速さでもみくちゃになりながらその後を追いかけ始めた。
「何匹倒せるか競争っていうのはやってみたいもんだが、なしだな。半魔族とじゃ人間の俺に不利すぎる」
「普段は半魔族扱いしねぇのに都合いいな」
広場に辿り着いた二人が、背中合わせになりながら苦笑いで言い合う。
目の前には雪崩のように互いを押し潰し合いながら迫ってくる新型の魔物が三十体。二人はそれぞれの標的を定めて武器を構え走り出した。
通りから広場に辿り着いたと同時に弾けるように魔物が一斉に飛び掛かる。
ジェイドは空気魔法で飛び込んできた第一弾を吹き飛ばし、広場の反対側に叩き付ける。
(出来る。想像だ、想像しろ――!!)
反対側に走り去っていくジェイドと入れ替わるようにロックは走る。
右側に剣を振りかざし、切り替える。一段階、普段のサイズの青く輝く魔法の刃が現れる。
「言う事ききやがれ――!」
叫ぶと同時に、身体の奥底で動きを鈍らせていた魔力の波が動き出す。二段階。即座に魔法の刃は五階建ての建物の高さと同じほどの長さに変化した。
ロックが切り替える方法を覚えてから、ずっと身体の奥底に何かが燻っているような感覚があった。
マリーに疑問をぶつければ、「表面しか扱い切れていない」と、そういわれた。
ロックには半分、竜族の血が流れている。強靭な肉体は言わずもがな。では、魔王の一族といわれるだけの膨大な魔力はどうだろうか。
普段使っていた人より少し多いくらいのロックの魔力。だが、半魔族であり、無意識に周りの魔力を吸収し続けてきたロックの魔力容量は、その程度ではない。
そのままロックが、剣ごと長く伸びた魔法の刃を横に振る――。
空間を切り裂くような威力で、周囲の建物数件ごと、新型の魔物が十数体、真二つにされて地面に叩きつけられた。
「ほら、人間の俺には不利じゃん」
その様子を後目に見ていたジェイドが一人呟いた。そのまま起き上がってきた新型の魔物の方に視線を向ける。
文字通り人間離れしていったリーダーに、パーティメンバーは本人には気付かれないように、置いて行かれまいとついて行くのに必死になった。
アリアナは人外じみたロックとの共同訓練を諦めたが、ロックが訓練している間に別場所で新しい訓練を始め、ヨハンはより多くの魔物を使い魔にしながら、弓の腕を上げて矢の種類を増やし幅を広げていることを、ジェイドは知っている。
ジェイドもまた、そんな彼らと同じだった。彼の場合は――武器を変えた。
「それじゃま、やりますか」
ハルバードはフォスター家の物としてナハム公国に返上した。その事にジェイドは後悔していない、むしろ扱いづらかったぐらいだ。
空気魔法を扱う際に軽く振る程度で、ジェイドはそもそもハルバードでの攻撃をまともにできなかった。
実力を隠していた以前までならそれでもよかったが、家が潰えてしまった今、もうそれは過去の話である。
向かってきた一体の新型魔物に、ジェイドは先端に大型サバイバルナイフの刃が付いた擲弾銃ほどの魔力銃を両手に構えて、二十ミリ口径の魔力弾を発射した。
圧縮された空気魔法が、巨大な大砲のような威力を放ち、魔物を吹き飛ばして強靭な骨を砕きヒビを入れる。
空気魔法を扱うジェイドは、並の人間よりも魔力が強かった。空気の流れを起こして風を作るだけならそれほど魔力は消費せず、戦闘ではいつも余らせていた。
「まだまだいきますよ」
別の方向から振り上げられた魔物の爪を、ジェイドは後方回転しながら空気魔法で上空に移動して軽々と避け、空中から重力を生かして落下しながら魔力銃を連射すれば、爆発するような空気魔法の威力に一体の魔物が粉々に砕け散る。
受け身をとって着地したとき小さな鳴き声が聞こえて、サラマンダーが袖から飛び出してくるのを目にすると、フッと軽く笑って、空気魔法に使い魔の火炎魔法を組み込んだ。
爆炎魔法と同じだけの威力の魔力弾が連射され、散り散りになっていた新型の魔物は次々と爆撃されていく。
「やっぱこいつら硬いな。出来れば普通の魔物討伐で試したかったけど、仕方ないか」
普通の魔物ならば十分倒せるだけの威力だが、新型の魔物は大ダメージを負っている様子ではあるものの、骨を軋ませながらもまだ立ち上がっていた。
ジェイドは自分の背中に空気魔法を送り、風のように素早く負傷した魔物の懐に潜り込むと、空気魔法を腕に送ってナイフの部分で切りつける。
岩のように固いそれが一部分崩れたのを見逃さず、刃が刺さったままの状態で銃を撃ち、内側から魔力弾を受けた魔物は爆発して砂のように崩れていった。
「一体でこれか、やっぱリーダーには敵いませんな」
飄々とした様子で銃を持ったまま眉を下げて両手をあげた後、次の魔物を倒すべく空気魔法で飛ぶように移動した。