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作戦

 澄み渡る青い空には、魔法攻撃の影響から雲一つない晴天になっていた。水面が太陽光を反射して秋の肌寒さを倍の日光が緩和して、心地よい潮風が体を撫でる。鼻腔を塩の匂いが満たしていた。

 丘のような立地に海が見えるように窓の向きはすべて海に向いている。パステルカラーの四角い家が、カラフルに色とりどり海に並んで建てられ、海から離れるほどに高くなっていた。

 普段ならば観光地としてその景色を楽しむものだが、今はそんな港町をドーム状の泡のような防御魔法が覆って異常な景色を醸し出している。


 学園の団体が転移魔法で訪れたのは、海中からの侵略が行われたサシャント港の様子が探れる隣町ガルメロ。

 転移魔法で到着すると、ナハム公国からの使者であり、海洋周辺領地の警護も担当している、パチェッティ侯爵がファフィストを出迎えた。

 灯台に集合し、ロックとジェイド含む学生は整列して遠く離れたサシャント港を見ながら、ファフィストは報告を受けた。


「海中からの攻撃後、武装した集団が港町に押し寄せ、あっという間に占拠してしまったそうです。それからは無条件降伏のみを訴えて特に動きはないのですが……」


「規模はどれくらいかわかりますか?」


「少なくとも一万はいるかと……」


 パチェッティ侯爵の言葉に、部隊の一部がヒュッと音を立てる。それもそのはず、サシャント港の人口は三万程、ほぼ三分の一に値する量だ。

 魔導学園生徒の生徒は一学年に付き百人、三学年を半数に分けてきたのでここにいる学生は約百五十。学園に所属する魔導講師も半数の五十人程。人員の差が圧倒的だった。


「交渉を受ける様子はありそうですかね」


「無条件降伏以外は受け付ける気はないとのことです」


 ファフィストは軽く溜め息を吐いた後、遠距離視認魔法でその様子を探ろうと手に魔法を掛けて、望遠鏡のように丸めて目につけ様子を探る。

 貫禄のある白髪交じりのグレーの髪、皺と傷の多い少し弛んだ白い肌に明るいグレーの瞳のファフィストは、三年の学年主任ともあって魔導講師の中でもベテラン中のベテランで、幾度もの魔物討伐や各領地での魔法を使った悪事の調査など、幅広く対処してきた実績がある。


「甲冑に似た妙な武装をしているな。武器は揃って槍か。防御魔法の内側から外を見張るように外周に一定数配置されている」


「ふむ、とにかく街の住人の安全が最優先事項だな。出来れば私が魔法道具を直して海中空間を元に戻すよう説得したいが、どう思うマリアージュ」


「私にきくわけ?」


「マリアージュ」


「……魔法使いに敵対心あるけど、やりたきゃやれば」


 ファフィストの話を隣で聞いていたウィラードは、かなり強い口調でマリーに意見を聞いた。

 渋々答えた魔女の言葉は意外なもので、魔法使いを神として崇めている大陸側の人間には考えられないことだった。

 ウィラードの説得はかなり厳しい、やっても成功は保証しない。言い換えればそういう事だ。


「背中を押したといったな、なにをした」


「知りたきゃ辿り着け」


 ウィラードの質問に答えるものの、マリーの返答はかなり投げやりだ。おおよそ遠くの列に並んでいるロックが命令しても協力する気はないらしい。

 その様子にウィラードは視線を落として首を振り、占拠軍の説得は難しそうだと素直に認めた。

 魔女と魔法使いのやり取りを見ていたファフィストとパチェッティは、顔を見合わせて即座に切り替える。


「ならば住民の安全を確保する方針に切り替えよう。ナハム公国とて都市を一つ占拠されたとしても無条件降伏には応じない姿勢である」


「了解した。ならば住民救出作戦を、住民が三万ともなると骨が折れるだろうが……」


「ナハム公国からの援軍も要請しているが到着まで時間がかかる。サシャントより規模の小さいガルメロだけでは集まっても千人が限界だ」


 ナハム公国とて動かなかったわけではない。大陸一つしかないこの世界では、海からの侵略は想定されていなかった。

 陸地の侵略に重きを置き、つい最近ドミニカがコルドネアに降伏したばかり。魔王国も戦争を嫌うとなると、侵略戦争の危険性は自然消滅する。

 そんな軍の姿勢も緩み始めた祭りの最中、想定外の海からの侵略に、軍の召集が遅れていたのだ。

 グランクロイツ魔道学園からの迅速な救援の申し出は、ナハム公国には喜ばしい便りだった。


「たとえ住民を救助できたとしても、その場しのぎで根本的な解決にはなるまい。ウィラード様、海中の魔法道具の修復は可能ですか」


「私に敬語も敬称も不要だ。説得は難しいと先ほど話したが」


「了解した。説得の必要はない。勝手に行って、勝手に直してほしい」


 ファフィストの淡々とした言葉に、ウィラードは驚いたような視線をあげた後、ふむ、と立てた襟で見えない顎のあたりに手を置く。

 説得せずに勝手に直すという選択肢をウィラードは考え付かなかったらしい。


「破壊してから一ヶ月経過している。海流に流され、海中による塩害もあるだろう。見てみないことにはわからないが、全魔力を使えばおおよそ不可能ではあるまい」


「なるほど、となると魔力温存と連絡手段の為に、他の誰かを連れていく必要が出るな」


「マリアージュ」


「やだ」


「俺が行きます」


 会話を聞いていたロックが手をあげて名乗り出て並んだ列から外れる。

 一年が出しゃばるなと睨むような視線を三年の集まり辺りから感じたが、無視してファフィスト達のところまで歩いていった。


「マリーは俺の使い魔だ、俺が行けばこいつも行かざるを得ない。命令すれば。だろ?」


「妙な知恵付けやがってこなくそ」


 ロックがマリーの方を見ながら一気に言う。罵倒が返ってきたという事はつまり肯定という事だ。ロックが行くならば使い魔のマリーもついて行かざるを得ない。

 ロックとマリーの様子にパチェッティは驚いて口を開け、目を見開いたが、ファフィストは納得したようにロックを見つめて首を縦に振った。


「神殿で新型魔物を倒した実績のある一年だ、実力は保証済みという事だな。だが一応、バディは組んでもらったほうがいいな」


「同じパーティなんで、俺が行きますよ」


 ロックの後ろから同じように出てきたジェイドが名乗り出る。ロックのパーティは精霊王の神殿での活躍が学園内で報告され、魔導講師達から注目されていた。

 三年の集団から不満そうな声が漏れる。実力もついた先輩からは一年が魔法使いとの合同作戦を行うことはプライドが許さないらしい。

 しかしそこは三年の学年主任、ファフィストが「別の方法があるのか」と言わんばかりに顔を向けると即座にしんと静まり返った。

 今更不満のある初対面の三年と組ませるよりも、実戦経験があり信頼関係にある同じパーティメンバーと組んだ方が良いと判断したのだろう、ファフィストは許可を出した。


「魔法道具が修復され、空間が戻れば、彼らも戦争する理由はなくなる。人数差は痛いが、住民を避難させることだけに留めて可能な限り戦闘を避ける。この方針で行くぞ」


「サシャント付きの警備魔導士から、通信魔法で大まかな港の状況は伝え聞きました。襲われてしまったようで今は通信できませんが。地図をこちらに」


 パチェッティが指示して、従者たちが地図を取り出して広げる。


「救出作戦に時間はかかるだろう。それが終わった後も軍の注意を引き付ける。その間に魔法道具を何としてでも修復してくれ」


「了解いたしました。マリアージュ」


 ファフィストから行けと指示されて、全員がそこに並び、ウィラードがマリーに声をかける。マリーは大いに不機嫌な顔で舌打ちした後、徐に指を鳴らした。

 次の瞬間、ロック達四人は息もできない海中に放り出されていた。

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