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再起

 訳も分からないまま、呆然と町の上空を覆う攻撃魔法をロックは眺めていた。不意にロックの身体が振動する。通信魔法を受信したようだ。

 ロックは自身の体の中を探り、感覚を探す。ガチンと切り替わる音がして、声だけの通信魔法がロックの頭に響いた。


『グランクロイツ魔導学園生徒は、至急学園に集合せよ! 繰り返す、グランクロイツ魔導学園生徒は……』


 学園に通う全校生徒に向けての通信のようだ。少し周りを見渡せば、ロックと同じく祭りに参加していた学生服の生徒達が、同じように通信魔法を受信してきいているようで、慌ててバタバタと走り始めている所だった。


「クロエ、悪い。今日はここまでみたいだ。教会まで送る」


 ロックは立ち上がり、クロエの腕をとる。不安そうな顔をしながらも、不服とは感じず頷いてくれた。

 どちらにせよ町がここまで混乱してしまえば、祭りの続行は不可能と言えるだろう。

 騒ぎに巻き込まれないうちにとロックはクロエを肩に抱いて守る態勢をとり、混乱した町の人にぶつかってクロエが転ばないように、けれども可能な限り早足で教会まで送り届けた。


「今日の埋め合わせはまたするから」


「うん、気を付けて」


 慌てた様子の神父が奥から出てくるのを目で確認して、ロックは不安そうな顔のクロエの頭をそっと撫でる。

 ぎこちなくも微笑んだ彼女の顔を傍目で確認しながら、そのまま全力で学園まで戻ろうと走り始めた。


「ロック! こっち! 乗って乗って!」


 声に振り向くと、学園までの小道を背後から、ヨハンがワーグに跨って手を伸ばしていた。素早くその手を掴んでヨハンの後ろに乗りこむ。

 ゴツゴツした骨格の、剛毛のような固い毛が滑りそうで、なんとかそれにしがみついた。


「こっちだと思ってきて正解だったね。学園まで飛ばすよ、頼んだクック!」


 ヨハンの合図とともに、ワーグは急激に加速する。暴風に吹き飛ばされるかのような勢いに、ロックはしがみ付いた。

 風が過ぎるように景色が抜けていき、走るよりもずっと速く学園の門まで辿り着いた。


「学生だな、中に入れ! 大広間で今全員が説明を受けている、急いで!」


 一応、学園に戻る際は学生証の提示が必要なのだが、余程の緊急事態である様子で、学生服だけで確認されて門番の魔導士たちに素早く中に通される。

 ワーグから降りたロックとヨハンは、急いで大広間へと向かう。背後からも同じような声が聞こえてきたので、自分たちが最後というわけではなさそうだ。

 生徒の集会用に設置されていた大広間は、普段は室内での実技講習にしか使われない、緊急時の連絡用のものだ。その為、教室よりも校庭側に近い場所に設置されている。

 教室横の廊下を通り、渡り廊下を抜け、トイレを併設している二重の入口を抜けると、すでに満員に近い状態で生徒たちが集められていた。


「ロック、ヨハン! こっちだ!」


 向かって左中央付近から、身長の高いジェイドの頭が見えた。手をあげて場所が分かるように誘導し、呼びかけに従うように二人がジェイドに近づくと、アリアナの姿も確認できた。


「何が起きた? ウィラードが寝ぼけて暴れた時と状況は似てるけどよ」


「ウィラード様は、それこそ寝ぼけでもしない限りあれほどの攻撃魔法を放つような方ではありませんわ」


「また眠っちゃって暴れてるとか?」


「それにしては、学園側の召集の仕方は妙じゃないか?」


「ロック! 君の使い魔、魔法使いの居場所を知らないか!?」


 パーティメンバーに合流して情報交換をするも、全員何が起こっているのか把握できていなかった。

 一番近い状況から可能性を考えていた時、シュバイツが人垣をかき分けてロック達に近づきながら、ほとんど叫ぶように確認する。


「いないのか? ウィラードさん」


「はっはーい! 伝説の魔法使いなら呆然自失しておりますよー!! ヘタレここに極まれりって感じだよね!!?」


 待っていましたと言わんばかりに、マリーがロックの背後空中に転移してきて、荷物を投げ捨てるようにドサッと何かを放り投げる。

 痛みに呻くようにもぞもぞと動いたそれを見れば、魔法使いがゴミのように放り投げられたのだと分かった。

 流石に周りもその様子に気づいたらしく、ロック達の周辺がザっと一歩後ろに後退した。

 恐る恐るシュバイツが動かないウィラードの様子を確認するが、怪我などは特にしている様子はなく、倒れたままブツブツと独り言を呟き続けている。


「私は、考えの浅い、ろくでなしのくそ野郎だ……」


「ずっとこの調子」


「えっと、あの、一体何が……?」


「あぁナハム上空に魔法ぶっ飛ばしたのはウィラードじゃないよ。ただ原因作ったのはウィラードだから、その事実にショック受けてる」


 パパーヤ焼きを食べていた時と同じくらい嬉しそうな顔で、マリーは一気に話始める。

 一万年前の戦争に使われた大陸兵器が威嚇射撃として放たれたこと、海中からナハムに侵略攻撃が開始されたこと、魔王国に鉄鋼蟲が大量に沸きだした事、そのすべての発端はウィラードが寝ぼけて暴れた際の直し忘れであること。

 集合している会場の生徒全員にも聞こえるように、ゆっくりと、よく響く大きな声でマリーが一通り話すと、周囲の温度が下がるように全員が青褪めていった。


「今から直したって、向こうが威嚇射撃した以上後の祭りだしー? 蟲に至っては直しても元の場所に戻る理性なんて持ってないしー? おっそいんだよねーなにもかもが」


「わかった。ウィラードさん、先に謝っておきます。歯ぁくいしばれ!」


 そういうとロックは、床に伸びたままブツブツ言い続けているウィラードを両腕で掴んで無理矢理立たせると、顔面がめり込むほど力の限り殴りつけた。

 シュバイツ含む、周囲の生徒達から悲鳴があがる。鍛えられた剛腕に吹き飛ばされたウィラードは、涼しい顔で浮遊移動したマリーにかわされ、そのまま反対側の壁に激突してめり込んだ。


「マリー」


「あいあい」


 ロックの合図にマリーが指を鳴らせば、顔面を殴られ頭を揺さぶられた様子でグラグラしているウィラードを目の前に転移させた。


「目、覚めましたか」


「……軽めの防御魔法を突破するんだな、君の腕力は」


「正常に戻りましたか」


「……そう、だな。今は後悔している場合ではないな。すまなかった」


 ぐい、と帽子の鍔を握り、謝罪の形をとったウィラードは、正面を向くと、先程までとは違いまっすぐ前を向いた瞳をしていた。

 それが気に入らないのか、マリーは先程までの笑顔を潜めて顔を背け、軽く舌打ちする。


「さて、それではこれからの動きを説明させていただいてよろしいですかな?」


「学園長!?」


 シュバイツの後ろにハンニバルが音もなく近寄り声をかけ、全員がその存在に気付き驚きの声をあげる。


「ファフィスト、ラパス、カザルガ。魔導士として、生徒を誘導し、事態に対処せよ」


「「「はっ」」」


 ハンニバルは、後ろに控えていた三年、二年、一年学年主任のファフィスト、ラパス、サーカムに代わったカザルガに振り向かずに命令する。

 それぞれの学年に分けられ、三年を主導部隊としてナハム公国救援と鋼鉄蟲討伐のための大型編成が講師の魔導士たちの指示で組まれた。

 基本的にはパーティで組まれてはいるものの、魔法の相性や生徒たちの帰属国によって編成されたため、バラバラになっている生徒の数も多い。

 ロックとジェイドはナハム公国救援、ヨハンとアリアナは鉄鋼蟲討伐にそれぞれ後方支援として編成され、数の多い生徒を一斉にそれぞれの現場へ向かわせるべく、ナハム公国と魔王国に転移魔法の申請を行い、すぐに移動できるようにそれぞれが近くの教室の待機となった。

 別れる二人に、ロックは声をかける。鋼鉄蟲は魔族でも苦戦するほど強力なことで有名で、魔導士といえども接触を避ける方が主流だ。

 理性が全くない蟲として分類されるため、魔族として扱われない。ヨハンの使い魔になることも可能性はゼロより低くマイナスぐらいと言える。

 それの討伐隊ともなると、苦戦は避けられない。それも、国一つ丸ごと飲み込むほどの規模の群れとなると、絶望的な現状だ。


「全部終わったら、またアドバイス頼むわ」


 ロックは出来うる限りのいつも通りの会話を精一杯心掛けた。

 アリアナとヨハンも不安を隠すような、ぎこちない引き攣った笑顔を向ける。

 絶望的な状況なのは、ロックとジェイドのナハム公国救援も同じくらいだった。

 一万年海の中で暮らし続けた生き残りたちは、現在どのくらいの規模になっているのか、叡智王の技術をどれだけ受け継ぐことが出来たのか、相手の戦力が分からない。

 大陸破壊魔砲ムラバを、威嚇射撃として使用した事だけは事実である。つまり、一万年前の大戦と同じだけの兵力は最低限持ち合わせているのだ。

 ナハム公国からの報告は既に学園にも届いており、威嚇射撃直後に、一番規模の大きな港町を占拠されたと伝えられている。


「マリアージュ、もう遠慮はせん。三千年前の事は謝るが、お前が動いた諸々も、これが終わり次第全て吐いてもらう」


「私はまだその名で呼ぶことを許していないぞ」


 ウィラードはナハム公国救援の編成に組まれている。鋭い視線でマリーを見上げているが、マリーもまた、同じような視線でウィラードを見下ろしている。

 学園長はそれぞれの報告と指揮をする為、数人の魔導講師と共に学園に残る。

 国家間転移魔法の許可がそれぞれの国から受理されたとの報告を受け、ファフィスト率いるナハム公国救援部隊と、ラパスとカザルガ率いる鉄鋼蟲討伐部隊が、光り輝き始めた転移魔法陣に、次々と足を踏み入れていった。

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