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口火


「テパレティース、どこにいたんだ。探したんだぞ!」


「あ、お兄ちゃん」


「お兄ちゃんって……ノーマン!?」


 ロックの背後から男の声で呼びかけられ振り向くと、ドミニカに帰国したまま見かけなかったよく知るプラチナブロンドの男が目に入った。

 ノーマンも話しをしている相手がロックだったと気付いていなかったようで、振り返って名前を呼んだ男を目にして固まる。


「あ、二人とも学園に行ってるし知り合い? ロックお兄ちゃん、私のお兄ちゃんのノーマン。お兄ちゃん、前に言ってた助けてくれたロックお兄ちゃん」


 呆然と固まっている男たちの間に入ってそれぞれの手を取り、名前を呼ぶ際にその顔を見上げるテパ。

 ノーマンはしばらく呆然とロックの方を固い視線を向けた後、かなりぎこちない動きで右手を差し出し握手を求める形をとった。


「その節は、妹が、大変、世話になった」


「お、おぉ……」


 差し出された手に、ロックもぎこちない動きで手を出し握り返す。お互い固い動きで言葉を絞り出すのに必死だった。

 クロエはその様子に何を感じたのか、少し距離を取って様子を見守り始める。

 テパは迎えに来た兄の腰に抱き着いて、軽く頬ずりして甘える様子を見せた。

 こうして並んでみると、髪や瞳の色こそ違うが、確かに顔の特徴がどこか似ており、兄妹というのも納得できた。

 ノーマンはロックに顔を向けたままテパに応えるように頭を撫でたが、テパの次の発言に瞬く間に顔色を変えた。


「お兄ちゃん、私ロックお兄ちゃんのお嫁さんになりたい」


「ロックベル・プライム! 貴様妹に一体何を吹き込んだんだ!?」


「何もしてねぇ! マジで何もしてねぇ!!!」


 恐ろしい速さで臨戦態勢に入ったノーマンに、ロックは両手をあげて戦闘不参加の意思表示をする。

 ノーマンは今まで見たことが無いほどに怒り狂い、般若の様な顔で鼻息を荒げていたが、妹の手前失態を犯す気はないらしい。

 息を深く吸って無理矢理に心を落ち着ける動きをした後、小さい子どもに言い聞かせる優しい声で、テパの方にしゃがんで向き直った。


「テパレティース、お前は貴族に戻ったんだ。この人は魔導士見習いだが、庶民の生まれに変わりはない。だから貴族のお前と結婚は出来ない。わかるかい?」


「お兄ちゃん意地悪言わないで」


「意地悪じゃない。こいつが嫌いなことは否定しない。でも、お前がどんなにこの人を好いても、どうしても無理だ。父上が許さないよ」


 こんな風に兄として優しい顔もできるのかと、ロックはノーマンを感心した様子で眺めていたので、さらりと吐き出された嫌い発言には目を瞑ることにした。

 テパはノーマンの語り掛けた言葉に、がっくりと項垂れる。流石に親には反抗できないのか、ノーマンの言葉がかなり効いたようで、諦めたようだ。


「あの年頃の子は優しくされるとついなびいちゃうのよ」


 首をかしげていたロックに、クロエがそっと近寄って耳打ちする。吐息が耳にかかって少し心臓が跳ね上がったが会話に集中した。

 確かにまだ十歳にも満たない見た目のテパは、まだまだ未熟で恋に恋するどころか憧れてしまうような年頃ではある。

 そういう事かと理解したロックはほっと胸をなでおろした。


「妹に対する正式な礼はまた改めてする。今日は妹を送らなければならないのでここで失礼させてもらう」


「礼は良いって。俺も助けてもらったし、魔導士として当然のことをしただけだ」


 ロックの返答にノーマンは眉を片方釣り上げたが、家の馬車を待たせているらしい様子で、テパを促し、ぎこちない動きでロック達に軽く会釈をして立ち去って行った。


「ノーマンがテパの兄貴ねぇ……」


「どこかで、休憩する?」


 立て続けに色々起こったせいで、知らないうちに疲れた様に肩を落としていたロックに、クロエが少し心配そうに声をかける。

 意識した瞬間にどっと疲れが押し寄せてきたロックは、その提案を受け入れて近くの喫茶店のテラスに二人で腰掛ける。


 なけなしの財産で飲み物を注文して一息つき、ようやくデートに戻れるとロックが緊張してきた矢先、空が真白の魔法攻撃に覆われ町中が悲鳴に包まれた。





「一万年前の遺物……?」


「まさか、そんな、大戦で使われた大陸破壊魔砲ムラバか……!?」


 上空を覆った攻撃魔法を見上げ、オブティアスとウィラードは驚愕してただ眺めていた。


「せいかいせいかーい! まぁ威嚇射撃だろうけどね今のは」


 そんな二人の様子が心底面白いのか、魔法道具を当てたことにパチパチと拍手を送りながらマリーは大笑いしながら答える。


「どういうことだマリアージュ! 一体今度は何をしたんだ!?」


「ずーっと見張ってたんだから私が何もしてないことぐらいウィラードが一番知ってるでしょー? 軽ーく背中は押したけど、一番の原因はウィラード自身だよ」


 うけけけけ、と笑いこけまくる魔女に、名前を言いなおすのも忘れてウィラードが掴みかかる。

 襟元を掴まれて壁に叩き付けられるも、気にもとめずになお笑い続け、笑いをこらえるようにマリーは両手を叩き続ける。

 自身が原因だと魔女に言われたウィラードは、怪訝な表情をして襟元を掴む力を強めた。


「私が原因だと?」


「あぁーもう、一から十まで説明しないとだめなの? 寝ぼけて暴れた時、陸地は粗方直して満足したでしょ。でも、海中は直した?」


「は?」


「人間の真似して目に見えるとこばっかり注意するなっての。一万年前、確かにたくさんの国があの砲撃で海に沈んだ。でも、滅びたのを確認したかね?」


「……まさか、そんな」


「叡智王が引きこもったペレドの大森林も含まれてたのに? エルフの一族が途絶えても、技術は放置されて残ってたのに? 海に沈んだ時、必死になって生きながらえようとその技術にすがった生き残りがいることを微塵も考えなかったの?」


「海の、中で、生きながらえていたというのか……?」


「ま、その肝心の海中での生命維持空間発生装置をこの間寝ぼけて破壊しちゃったお馬鹿さんがいたから、陸にあがることを余儀なくされてしまった彼らに残された選択肢は、なにかな?」


「侵、略……」


 信じられないという表情をしたウィラードは、マリーの襟元から手を放して後ろに浮遊して下がる。

 絶望に打ちひしがれるその顔を、マリーは満足そうにニッコリ笑いながら眺めていた。

 ドサッと両手に抱えていた紙袋を地面に落としたオブティアスは、紙袋から土産物が零れ落ちるのも気にもとめず、真青な顔で二人に駆け寄ってウィラードの肩を掴む。


「今の攻撃は海からの侵略者ってことか!? だったらやべーじゃねぇか! 早く助けに行かねーと!」


「青二才だねぇ魔王君。コルドネアと状況が違うよ? ナハム公国と魔王国には何の接点もないよ? それに、君もすぐそんなこと言ってられなくなるけど」


 ウィラードに向けていた笑顔のまま、顔だけをオブティアスに向けたマリーが、呆れたような声色で告げる。

 笑いを堪えることが出来ない様子で、そのまま地面に顔を向けた後プププと噴き出すのを必死に抑える様子に、オブティアスは首を傾げた。


「地中の蟲が、ばっちりのタイミングで出てきてる。私何にもしてないのに。めっちゃ笑う。くくくく」


「は?」


「ブティ! 今どこにいる!」


「ルシフォード? どうした? 俺は無事だが」


 突如として通信魔法が現れ、城の玉座の間にいるルシフォードが、かなり慌てた様子で映し出された。抜刀し、髪は乱れ、汗ばんでかなり慌てている様子だ。


「今すぐ戻ってきてください! 魔王国中に、鋼鉄蟲が大量に湧き始めた!」


「なんだと!?」


 鋼鉄蟲。人間よりも二回りほども大きな巨体に、鋼よりも固く、並の魔法も通さない防御魔法が付いた皮を持つ雑食の蟲。

 群れを作って行動し、襲われようものなら魔物でさえ一溜まりもないほど食い荒らされる、生存本能のままの理性のない怪物。

 鋼鉄蟲は生存本能からの仲間意識が強く、一匹でも殺そうものなら、群れで襲い掛かってくる。

 その恐ろしさ故に、世界各国が生存場所を正確に把握し、決して刺激しないよう立ち入りを禁じて区画し見張るなど、厳重な対応策が施されていたはずのもの。


「宝石王が作った地下王国、見つけてなかったでしょ。あそこ、今は大量の鋼鉄蟲の住処になってたんだけど、それもこの間寝ぼけて崩しちゃったから、あちこち齧って地表に穴開けて出てきちゃったんだろうね」


 同胞を殺され、住処を失った怒り狂った蟲が湧き出てきたのは、魔王国の領地。

 宝石王が作り上げた、地上の国と大差ないほどの地中空間を埋め尽くしていた蟲が、魔王国に溢れ出て怒りのまま襲い掛かっている。


「くっそが!!!!」


 マリーを睨み付けながら吐き捨てて、オブティアスは現場に向かおうと転移し、通信魔法が掻き消える。

 放心し、呆然と空中に浮かんだままのウィラードを、マリーはニコニコと微笑みながら眺めている。


「なぜ、もっと早く、言わなかったんだ……?」


「だからさぁ、こんな世界さっさと壊せって、もう何度も言ってるじゃん。ウィラードがこの間壊してくれてたら早かったんだけど」


 縋るような声で、地面に降り立ちマリーの方に視線を向けたウィラードに、魔女は笑うのをやめた。

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