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 ロックの叫び声に、クロエ、テパ、オブティアスの視線がマリーの元に向かう。

 既に食べ物を購入した後ではあったが、手渡した後の店主がマリーに対して怪訝な表情を見せたが、肝心の使い魔は全く気にせず、受け取ったパパーヤという部位の肉の串焼きを次々と口に放り込んでいく。

 見たことが無いほどの至福の表情を浮かべてなお動かない使い魔の元に、ロックはズンズンと足音を鳴らしながら近寄って行った。


「何勝手に財布持ちだしてんだよ! ていうか懐にしまっといたはずなのになんで持ち出せてんだよ!」


「あー、ご主人はデートなんでしょー。しっしっ。楽しんどきなさいよ」


「それがねぇと楽しめねぇだろうがよ!」


 なおも気にせず買い物を続けようとするマリーの手から、ロックは財布を引ったくり取り戻す。

 マリーは抵抗してこなかったが、苛つくように全員に聞こえるほど大きな舌打ちをした。

 一体いつから持ち出されていたか分からない、学園を出る時よりも圧倒的に軽くなった財布を、ロックが恐る恐る確認すると、コロンと小さな硬貨が転がるその中身に絶望した。


「ほとんど使いこまれてやがる……!」


「あちこち隠して面倒くさかったからまとめてやったぞ」


「こいつ……!!」


 ロックも一応、使いすぎないようにと生活資金としてきちんと管理し、その都度分けて仕舞っている。

 学園寮部屋のあちこちに隠していたそれをすべてまとめた上で使われたとなると、貯金したなけなしの財産もすべて使われてしまったことになる。


「私はご主人の使い魔だからぁ、ご主人には私を養う義務があるわけよ」


「だからって勝手に金使うやつがあるか! ていうかウィラードは食事いらないのにお前はいるのか!?」


「うぅんいらない。味を楽しみたいだけ」


「こいつ……!!!!」


 空腹を満たすためではなく、味を堪能するために購入していたので、満足感が人間とは異なる。それ故に複数購入していたようだ。

 それで貯金を使われてしまったロックからすれば溜まったものではない。


「私の相手するよりもデートの続きしなって」


 ケラケラとからかうような薄い目でロックを眺めながら、両手の人差し指でマリーはロックを指さす。

 完全に挑発しているその使い魔の様子に苛つきながらも、相手をしてもしょうがないので、眉間にしわを寄せて片手で顔を覆いながらロックは二人のところに戻った。

 目頭が不意に熱くなったが、必死にロックは涙を隠した。ただでさえこんな失態を見られているというのに、これ以上情けないところを見られたくなかった。


「あの、大丈夫? ささやかだけど私も手持ちはいくらかあるよ?」


「いや、誘った手前それはちょっと……」


「ねぇ今の女の人だあれ?」


 テパの質問に、ロックは返答を詰まらせる。見た目は普通の庶民の少女にしか見えないので、マリーが魔族でロックの使い魔であることを説明して、信じてもらえる自信がなかった。

 実際先程のやり取りを見てしまったせいで、二人からはどうやらかなり親し気な相手ととらえられてしまったようだ。

 財布に関する懐事情の会話だ、そう捉えられてもおかしくはない。かなり怪訝な表情で見つめられている。

 嘘をつく気もないが、どうすれば二人に納得してもらえるかとロックが考えていたところ、先程までマリーがいたところから唐突に打撲音が聞こえ、オブティアスも含む四人が振り返る。


「妙な所にいると思ったら、お前はなんで他人の恋路を引っ掻き回そうとしている!」


「よくも殴ったなウィラード! 今まで一度だって殴ったことなかったのに!」


「余計なことするもんじゃない! お前もだオブティアス! こっちにこい!」


「俺も!? うわぁ、自分で動くってウィラード!!」


 どうやら見ていないところで転移してきたウィラードがマリーに一撃くらわせたらしい。

 そのままオブティアスの背後に転移してきたと思ったら、襟首辺りをむんずと引っ掴み、空中に浮遊しながらズルズルと紙袋を抱えたままのオブティアスを後ろ向きにマリーのところまで引き摺り、そのままマリーの腕を反対の手で掴んで引き摺って行く。

 伝説の魔法使いが魔王と魔女を引き連れていく光景は流石に人目を引いたため、見物客のように人だかりが出来つつもロック達の周辺から離れていった。


「ロックくん、あれって噂の、伝説の魔法使い、だよね?」


「ってことは……あの女の人、魔族?」


「あぁ、うん。俺の使い魔……」


 図らずも二人が納得するように説明できてしまったことと、マリーに対する頼もしい扱いに、ロックはウィラードに対して心の中で拍手を送った。





「流石はウィラード様ですわ。まさか財布を強奪しているとは予想外でしたもの」


「ねぇ、野暮じゃない? なんで僕たちこんなことしてるの?」


「そりゃ、あとでネタにして楽しむためだろ。ロックの後から外出許可取るのは苦労したけど」


「見・届・け・る・だ・け・で・す・わ!!!!!」


 ロック達の様子を、ジェイド、ヨハン、アリアナは見つからないように遠くの建物の陰に隠れ、頭だけ覗かせて見ていた。

 祭りで人が多く込み合っているため、普段のように魔導学園の制服を着ていても近付かれないと分からないので好奇の視線が向けられにくい。

 さらに大抵の人は出店やら出し物に興味が惹かれているので、人の着ている服まで(角と翼が生えていたオブティアスは例外だが)気にされなかった。

 その為、ロックがクロエと待ち合わせてからここまでの間、見つからずに尾行し続けられたのである。


「最初にケーキを数種類食べさせてロックベル達に接触しないように交渉しましたのに。確かにマリー様からは接触はしませんでしたけれども、ある程度の金銭は渡しておくべきでしたわ」


「食事必要としてないみたいなのに、なぜか食べ物にがめついよね、マリーさん」


「嗜好品として扱ってるみたいだな。やっぱり色々簡単にできる分、退屈してるんじゃないかな」


 ロックが一人先に学園から待ち合わせ場所に向かった際に、アリアナはマリーを捕まえて普段の倍以上のケーキを食べさせた。

 その交換条件として、デートに介入して邪魔しないようにと、出来うる限り交渉したつもりだった。

 事ある毎にロックに不利になるように動いてしまうこの使い魔がデートに介入するのは厄介だろうと三人とも考えたからだ。

 デートが確定した事実に浮かれていたロック本人はその発想が出来なかった。

 確かにマリー本人はデートに介入しなかった。ロックの懐から魔法で財布を抜き取るなんて芸当を働いてしまったが、ロックが声をかけるまで動かなかったし、デートを続けろと終始一貫していた。

 この時点で交渉条件は破ってはいないのである。穴を付かれてしまったと三人とも落胆した。


「にしてもテパちゃんが出てきた上に、思いっきりデート中のロックに告白するなんてね。どうするんだろうあれ」


「ロックは女の子の扱い慣れてないどころか、デートにすら誘えなかったからなぁ」


「ここで男を見せなければ私は軽蔑しますわ、ロックベル……って、あら?」


「あれ? ここナハム公国だよ? なんであいつここにいるの?」


「ノーマン?」


 再びロック達の方へ視線を戻したアリアナが、ロック達三人に近づいていく、見慣れたプラチナブロンドの男の姿を発見し、他の二人も目を見開いた。




 人目も気にせず、身長的に届かないため空中浮遊で二人の厄介な魔族を引き摺りながら、ウィラードは大きな溜息を吐いて、瞬時に三人まとめて人気のない町はずれに転移する。

 そこに来てようやく手を放すと、オブティアスは右手で首元を抑えて軽く咳込んでいたが、マリーは退屈そうに両手を組んで近くの石造りの建物の壁に背をもたれた。


「全くお前たちは、いやオブティアスは天然でやったな。」


「えぇ、なにが?」


「うん、オブティアスはいい。いやよくはないが。だがお前はなぜあんなことをしたマリア……マリー」


「相変わらず考えが浅い。警告するならいざ知らず、まさか放置するとは」


「なんだと?」


「お前は自分があんな目にあっていながら、半魔族が人間とまともに恋愛できると本気で考えているのか。寿命だって違うぞ、人間は百年も持たん」


 その言葉に表情を固まらせてしまったウィラードとオブティアスを眺め、マリーは腕を解いてやれやれと両手を上に向ける。


「ご主人の両親がどうなったか、オブティアスは知っているだろう。お前だってそうだウィラード。人間に恋をした結果弱みとして人質利用された挙句、相手を殺されてお前自身も魔力封印されたってのに、学んでないのか?」


 意地の悪い笑みを浮かべながら、マリーはまた両手を組んだ。くつくつと笑いながら語る話に、オブティアスもウィラードも固い顔で唇を噛む。


「お前はなぜ警告せんのだ」


「私? 興味ないもの、恋愛なんて。その結果が悲惨なものでも、心がズタボロに引き裂かれようとも、私の知ったことじゃない」


「お前らしいな全く。だがそれならばなぜあの時魔力封印された私を助けた。お前だろう、外からあの魔法道具を破壊したのは」


「あれは私にとっても不利になるものだからだよ。あの時のウィラード発狂してて正常な判断できなさそうだったから役に立ちそうになかったし。作った奴ら一通り片した後、作ろうとした瞬間に体が破裂して死ぬ強い永続呪いもこの世界にぶち込んどいたから、もう魔力封印なんて魔法道具未来永劫二度と作れやしないわ」


 そんなことにも考えが及ばないのかと、マリーは首を振って溜息を吐く。


「ウィラード、その、恋人……殺されたのか?」


「私が不甲斐ないばっかりに、守り切れなかった。……もう、昔の話だが」


 恐る恐る聞いたオブティアスに、ウィラードは遠くを見つめる様な瞳で応える。瞳から光が消える様な、ほの暗い水底のような濁った色をしていた。


「で、私の質問に答えていないぞ。恋愛に興味ないならなぜあんなことをしたんだ」


「あぁ? ご主人虐めるのは私の趣味よ、暇だし。あと食べ物おいしそうだったんだもの」


「「やめてやれよ……」」


 オブティアスとウィラードが綺麗にハモりながら項垂れた。

 不本意に使い魔にされたからと言って、財布強奪からの金銭を勝手に使用するのは流石に悪いと二人ともロックに同情の色を見せた。

 

 しかし、巨大な魔力の動きを感知した二人は即座にその方向に振り返った。

 三人がいる場所からは見えもしない遥か彼方、大陸の中心に位置する学園に近いナハム公国の町の反対側、ナハム公国の沿岸沿いからの反応。


「あっはー。やっぱ使うかー、使っちゃうかー。一万年前の、い・ぶ・つ」


 楽しそうに同じ方向に顔を向けてマリーは笑う。

 刹那、町の上空を真白な魔法攻撃が、稲妻を纏いながら覆いつくした。

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