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逢引


(なにがどうしてこうなってんだよ……!??)


 目の前で微笑みながらも視線から火花を散らしているクロエとテパから後退りながら、ロックは額からタラリと冷や汗を垂らした。


 クロエに宛てたナハム公国での祭りの誘いは、返信手紙の文面からもよくわかるくらい好評だった。

 週末の外出許可のかなり厳しい申請書を何度も確認して提出して精査され、やっとの思いで許可がとれた瞬間、ロックは人通りの多い廊下のど真ん中で人目も阻まずつい跳び跳ねて喜んでしまい、マリーに白い目で見られた。

 当日までのロックは目に見えて浮かれていたらしく、「ただでさえ顔つきが怖いのに、笑顔が顔に張り付いていて更に怖い」とパーティメンバー全員から指摘される程。ロック自身人生初めてのデートになるので浮かれるなと言われるのも無理な相談ではある。

 当日になるまで色々言われてアドバイスも山ほどされたと思うが、待ち合わせ場所でクロエを目にした瞬間何もかもが頭から吹き飛んだ。


「……可愛い」


「えっ!?」


 教会のある町の、比較的広く古い魔導士の英雄が彫像されて目立つという、待ち合わせ場所によく使われる場所で、ロックは無意識に思ったことをその口から溢してしまった。

 精一杯可愛く見せようと着飾ってきたのが分かるほど、クロエはフリルとリボンを上品に取り入れたクリーム色のワンピースを着て、レースを丁寧にあしらったピンクのカーディガンを着ている。

 庶民的でいて、どこか儚げで。ロックの目には天使が舞い降りたように見えてしまっていた。

 ロックの発言は完全にクロエに聞こえてしまっていた様子で、先程までロックを見つけて嬉しそうに輝かせた笑顔を真っ赤にして慌てふためいていた。

 その様子もロックにはどうにもたまらないほど可愛らしく見えてしまう。


「あ、そのー、えっと、わ、悪い。つい口から出ちまって……」


「……ふふっ、私こそごめんなさい。びっくりしちゃって、でも嬉しいです」


 頬を赤く染めながら笑うクロエの姿に釘付けになりかけて、ロックはこれではいけないと首を振り、頭を何とか切り替えて出店が並ぶ通りの方に行こうと声をかけた。

 石畳の通りに、レンガ造りの家が立ち並ぶ通りは、出店が並んでいつも以上に活気的で、色々な食べ物が焼ける混ざった独特の食欲をそそる匂いや、店への呼びかけ声で賑わっている。

 それからロックは、なんとか思考停止しそうになる頭を働かせて、色々話しかけ、クロエもそれに笑いながら答えて随分と話が弾んでいた。

 いい雰囲気になってきた。そう思っていたところだった。


「見つけた! ロックお兄ちゃん!」


「どわっち!?」


 腰のあたりに何か小さいものが体当たりしてきて、肋骨にもろに直撃したため流石のロックも痛みで呻いた。

 引いていく一瞬の痛みと発生源に顔を向けると、フリルが大量にあしらわれた可愛らしい桃色の子ども服に身を包まれたテパが、ロックの腰にがっしりと抱き着いていた。


「テパ!? お前修道院はどうした、なんでここにいるんだ?」


「お兄ちゃんがね、色々手を回してくれたみたいなの。元々王様のご機嫌損ねて入れられてたから、王様がいないならもう入る必要もないって」


「お、おぉ」


「今日はお兄ちゃんがお祭りだからって他の国なのに連れてきてくれたの。でもはぐれちゃって。だけどそれでロックお兄ちゃんを見かけたから、やったー! って思って。助けてくれたお礼言ってなかったんだもん」


「大体事情は飲めたんだが、その、そろそろ離れてくれねぇかな」


 クロエの方から、凄まじい視線が刺さっている。目を見開いたまま、その眼力で人が殺せるのではないかと思ってしまうほど強い視線がロックとテパに注がれている。


「やだ! ロックお兄ちゃんは命の恩人だもん! お礼を言うまで離れないもん!」


「えっ? どっちかっつーと神殿では俺の方が命拾いしたはずだろ」


「あの透明になる変な服! あれ、なんかよくわかんないけど、魔法の攻撃から守ってくれたの!」


 テパの発言に、ロックもその時の事を思い出す。そういえば、テパが学園に行ってしばらくしてからウィラードが寝ぼけて暴れ始めた。

 あの凄まじい状況に、テパも身を潜めながらも何とか生きながらえていたのだ。


「何回か真白な魔法がこっちに来たもん! でも全部あれが守ってくれたの! ロックお兄ちゃんが着せてくれなかったらテパも死んでたもん!」


「お、おぅ。わかった、わかったから」


 腰に抱き着いたまま興奮して捲し立てるテパを、ロックは腕力で引き離した。ベリッという音が聞こえるくらいがっしりと捕まっていたテパは、少し不服そうに頬をぷくっと膨らませる。


「じゃあ、俺もあの時は命拾いしたし、お互いさまってことで」


「えー!? 釣り合わないよー!」


「いや俺はそれでいいから。あと今はちょっと……迷子ならお前の兄ちゃんが多分探してるだろうからさ」


 両手でテパを宥めながら、そっとクロエの方に戻る。視線がまだ突き刺さってはいるが、なんとなく先ほどよりもその凄みが和らいだ気がした。

 しかしテパは目ざとくそれに気づいた。クロエとロックの顔を交互に見合わせた後、ガシッと、その小さな身に似つかわしくない力強さでロックの両手を握り締めてきた。


「テパ、ロックお兄ちゃんにまだ言いたいことがあるの!」


「えぇ……なんだよ」


「私の、恋人になってほしいの……!!」


 どストレート。想定外すぎるテパの言葉にロックは手を握り締められたまま完全に真白になって固まる。


「えぇと、テパちゃん。ロックお兄ちゃん困ってるから、離してあげて?」


「やだ! いいって言うまで離さないもん!」


「ロックくん、今日は私とお出掛けする約束してるの。約束は守らないと、だよねぇ?」


 固まっているロックの鼻腔を、ふわりと優しい匂いが包む。ロックがはっと気が付くと、クロエがロックの左腕に自分の腕を絡ませて抱き着いていた。

 それを理解した瞬間、ロックは頭から沸騰した蒸気がポーッと音を立てるような感覚にまた思考が停止する。


「約束は大事だけど、テパも本気なんだもん! 人生掛けた大勝負なんだもん、譲らないもん!」


「テパちゃんは今日たまたまロックくんを見かけたんでしょ? 私はロックくんから誘われてきたの。どういうことかわかるよねぇ?」


「お友達として誘ったかもしれないでしょ!!」


 両者、引かない。両手を掴まれ、片腕を抱かれた状態で、ロックは完全に困惑したが、更に迷惑なことに、この場に一番来てほしくない人物が場違いな声をかけてきた。


「おーう! ロックベルどうした!? 女の子二人に取り合いされてんのかー!!?」


 両手にいっぱいの紙袋を抱えた状態で、魔王オブティアスがのっしのっしと歩いてくる。

 いやおかしいだろう、なんで魔王が悠然と祭り堪能している風貌隠さずに庶民の街を闊歩しているのか。ロックは完全に困惑し、帰ってくれと心の中で叫んだ。


「……もうブティ兄ちゃんなんて呼ばねぇ。ブティおじさんって呼ぶ」


「傷付くからやめて!? 正確には確かに叔父さんだけどさ、俺まだ若いから!! それほんとに傷付くから!!」


 なるほど、だからオブティアスは先手を打って「ブティ兄ちゃん」呼びを定着させようとしたのかと、ロックは納得した。

 オブティアスとの会話で、ロックの親戚という言葉に二人は反応した。パッと手を離したかと思うと、それぞれ服装を丁寧に直して、オブティアスににこやかに挨拶を始める。


 そして冒頭に至るわけだ。


 可愛い女の子に自己紹介されて上機嫌のオブティアス。その様子からはもう魔王の貫禄は全く無くなっている。角と翼を全く隠していないのに。

 通行人からの視線が尋常じゃないが、お祭りの只中という事で、催し物のコスプレか何かかと勘違いされている様子だった。


「おぅ、ロックベル。どっちが本命? どっちからお義兄様って呼ばれるようになんの?」


「黙ってくれないとマジでおじさん呼ぶぞ……。とりあえず二人とも落ち着け、なんか適当に飲むか食うかして……あれ?」


 何か屋台で購入して食べさせて仕切り直そうと思った矢先、ロックが懐を探るが、財布が見つからない。

 慌ててあちこちのポケットやらなんやら、収納出来うる限りの場所を探すが見つからない。懐に入れた記憶は確かにある。そんな様子のロックに怪訝な顔を向ける三人。

 だが原因はすぐに判明した。


「おっじさーん! パパーヤ焼き十本! あ、あのネルネルお菓子もおいしそー!」


「俺の財布ーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 いつからいたのか、マリーが少し離れた出店でロックの財布片手に大量の食べ物を購入していた。

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