二人
魔法使いというものは、いつの間に神に祀り上げられてしまったのだろうか。
やることもなく魔導学園の高い建物の屋上の縁に腰を下ろし、秋の少し肌寒い風を感じながら、ウィラードはボーっとその空を眺めている。
空は澄み渡るほどに青く、どこまでも続いているように見える。白い雲が綿のように、風に流されて糸を引いて形を変える。
内側から眺めれば、このように見えていたのか。最初にこの世界に入り込んだ時は、自分と同じものが見えているものと思っていたウィラードは、全く異なるその景色には大変驚いたものだ。
最初は外から、なるべく平和で温厚な世の中になるように誘導していたのだが、口頭伝達だけでは限界を感じてこの世界に入った。
各地の紛争や、小競り合い、疫病などに直接赴いて魔法を使い解決しているうちに、神様だのなんだの言われるようになった。
この世界を創った。それは否定しない。だが、ウィラード一人で作ったわけではない。もう一人、この世界の創造に加担している人物がいる。
創った最初はウィラードと同じように口頭で色々やっていたのだが、思いのほか飽きるのが早く、飽きたら寝て、起きて外からいじって飽きたら寝てと繰り返していた。
マリアージュ。彼女はこの世界に入ること自体想定していなかった。だからウィラードが入り込んだ時は驚愕して、さっさと戻ってこいと事ある毎に外から不満を訴えていた。
だから、ウィラードが眠りから目覚めた時に、この世界にマリアージュがいることに心底驚いた。
その上ある一件にて強制的に眠らせたはずの彼女が、よりにもよってウィラードを叩き起こし、さらに人間に近い種族の使い魔をやっている。
《願い石》は確かに拘束力があるが、マリアージュはそれに抵抗できる。なのに、そうせずあえて拘束されている様子は、明らかに不自然だ。
――一万年前の、国のほとんどが海に沈み、大陸の地形が変わるほどの大戦を誘導した魔女だ。絶対何か企んでいる。
そこまで考えて、ウィラードは大きくため息をついた。
直接問いかけたら、マリアージュは否定しなかった。
マリアージュが召喚されて、ウィラードが起きるまでの短期間の間に、話に聞く限りここ何千年かの間で比較的平和だった様子の世の中が、戦争が起こるほどに混乱した。絶対何かやらかしている。
証拠を突き付けねば、おおよそはぐらかすあの魔女は口を割らない。そしてあの魔女はその手の事にやたら用意周到だ。
自身の存在を露見させずに、裏から争いのきっかけをばら撒くことに長けている。だからこそ外からずっとそれだけの事をやってこられた。介入が外からでしかないので、この世界に彼女が戦争を誘導した事の何一つ伝えられていない。
「唯一救いなのはあいつが自分に科している自分ルールだな、病気に回復魔法が効いたのもそれだろう」
完璧な計画を見ているのはつまらない。それがマリアージュという魔女だ。
マリアージュは自分が動くとき、大抵わざと欠点を作る。そこさえつけば崩れてしまう計画がほとんどであるというのに、ウィラードでさえ欠点に気付けたためしがまるでない。
マリアージュ本人もこれには残念に感じている。
「三千年前の失態が無ければ問い詰めることも出来るのだが……」
あの一件は、ほとんどウィラードの八つ当たりで、マリアージュからすれば、至極当然の反応で八つ当たりされた上、魔法で強制的に眠らされた。
だからウィラードもマリアージュから向けられる怒りはある程度想定していた。
――名前を呼ぶことすら拒否される程とは思わなかったが。
「今出来る事はなるべく目を離さないようにする事と、使い主にも警告することぐらいか」
ウィラードの魔力が少しずつ戻ってきたため、遠距離で様子を見る外見の魔法でその様子を探ることは可能だ。
最も、魔力封印すらされていないマリアージュは現状ウィラードより強いので、拒否魔法を掛けられたらアウトだが。
一言でも謝罪の言葉を述べれば多少現状が変わるのだが、ウィラードはなんとか機会を得ようと様子見するばかりで、実際に行動に移すことが出来ないのも、マリアージュがウィラードをヘタレ呼ばわりする理由の一つだった。
「はぁ、つまらん。ウィラードが戻ってきたせいで前ほど動けん」
ロック達を食堂に放置したまま、気まぐれに校庭近くの草木のあたりを浮遊しながら、マリーは溜息を吐く。
外見の魔法を感知したが、マリーは放置した。
無闇に拒否魔法を掛ければ逆に怪しまれるだけで、尚且つウィラードはおおよそここ最近の一件の原因がマリーにあると考えているからだ。
(まぁ、実際私が原因なわけだが)
召喚されてからしばらくは、ロックベルとかいう半竜族を鍛えるために色々詮索したが、マリーはすぐ飽きてしまった。
竜族の血が入っている事にすら自覚なく、最強の魔導士になりたいと宣っておきながらなんとものんびりと修行するその姿からは、マリーには本気度が感じられなかった。
故に、暇を持て余した。だから、いつもの暇つぶしを開始した。
(とりあえず様子見でスライム召喚の魔法を適当な貴族に送り付けたけど、まさかご主人が真っ先に見つけるとはなー)
ジェイドの父親を唆したのはマリーだ。だが偏見が強く疑うことを知らなかった彼にも非はある。
普通頭の中に声が響いたら最初に魔法を疑う、魔法を扱えるなら尚更だ。だというのにジェイドの父は真っ先に神である魔法使いからの天命だと考えてしまった。
そこまではよかったのだが、たまたま依頼で通りかかったロックに偶然スライムが放たれるところを目撃されて存外早く事が露見した。
(まぁ、あれは見つかれば終わりの様子見だったし、色々雑にやりすぎたからなぁ)
スライムの大量発生なんて、ただのお遊び程度の魔法。特に何も考えずとりえず魔物でも増やしてみるかと生み出しただけの産物。
だがお陰で寝ていた間の情勢が大体把握できた。貴族の腐敗に癒着、圧力による不平不満。戦争の火種なんていつの世もどこかに燻っている。いかにそこに火をくべてやるかだ。
平和思考のおかげであまり先まで考えきれない楽天家たちばかりなのもマリーにとっては好都合だった。
(ウィラードは特に楽観思考が酷いが、それにしたって他の人間どもも考えが足りなさ過ぎるのよな)
戦争が誘発されるように動いていたマリーは、最も恐れるべき最悪な結末を想定してから動きを組み立てる。
その為、目の前に現れた問題にのみ対処しようと動く他の人間たちは、自分たちに都合のいい物事しか認識できないのではないかと考えてしまうほど思慮が浅く見えた。
ウィラードが生み出した種族の末裔であるのだから、そうなのかもしれないとマリーは考えを改める。
マリー自身も半分手を入れているからこそ、悪事を考える人間も絶えないことを確信しているのだ。
(ま、どっちにしろ考えが足りないことに変わりはないか。見えるところばっかり注意してるから。現に誰一人祈り石に辿り着かん)
火種は既に蒔いている。マリーが今から動くことは何一つない。
今更ウィラードが警戒したところで遅い。しかも今回は、そのウィラード自身が暴れたことで余計に火種に油を注いでいることに、本人が気付いていない。
マリーは外見の魔法で自分を注視しているであろうウィラードに分かるように、ゆっくりとほくそ笑んだ。
「お祭りねぇ、たっのしみぃ。フフフフ」
別段使い魔にされたことについて、マリーは全く気にしていない。
「たまには巻き込まれるというのも、いい余興よな」
不気味な笑顔。ロックはラスボスとも言える魔女を使い魔にしてしまったことにまだ気付いていない。