決闘
アリアナが正式な決闘を申し込んだという話は、人が多く集まっていた食堂で起こったこともあり、あっという間に学園中に広まった。
結果、決闘が行われる中央広場の使用許可は、新入生であるにも関わらずあっさり取れてしまい、シュバイツどころか学園長まで見学に来る始末。新入生のトップが噂の使い魔に決闘を申し込んだとあって学園中が注目しているようで、相当数の生徒が見学するために集まっている。
ロックも一応自分の使い魔が決闘することになるので、最前列で見学をしている学生の一歩前で待機していた。緊張からくる胃がむかむかする感覚を無視するも、お構いなしに退屈そうに欠伸をしているマリーに軽く殺意が湧きそうになる。
そんなロックの傍に、面白いものが見られるとウキウキしながらジェイドがのっしのっしと歩いてきた。
「上級生も何人か混じってるねー、いやー人気者はつらいっすねー」
「見世物じゃねぇし、ていうか普通決闘ってこんなに人集まるもんか?」
「いや、そもそも決闘自体が仲間内の揉め事対策が大半だから、仲間内以外の見学者は滅多にないはず」
なんでも仲間内での戦闘方針や、意見の対立などが起こった時に行われるのが決闘だったらしい。大概は多数決や話し合いで場を収めるものだが、それでも収まらない場合は実力主義の学園として決闘を行うようだ。
その為今回のような意見を従わせるような決闘自体が稀であり、学園長が見学している時点で例外的な事例だ。
「それでは決闘参加者は中央に入れ!」
シュバイツからの号令により、アリアナとマリーがそれぞれ対面する形で決闘場に入った。白い大理石で出来た正方形の広い決闘場の中央に、審判であるシュバイツと二人が並んだ。
「勝敗判定は三つ、敗北を宣言すること、審判が戦闘不能と判断すること、場外に出ること、以上だ」
よくある判定方法だ。さらに言えば武器及び道具類、ポーションの持ち込みも許可されている。それでも回復魔法が使える方が有利にはなるのだが。
二人は指示された通りに一定の距離をとって向かい合った。
アリアナは戦闘に使う女性用の身軽な防具鎧を身に着け、彼女が得意とする身長よりも少し長めの装飾槍を構えていた。スカーレット家に代々伝わるものの一つらしく、家紋が掘られているとジェイドは言う。
一方マリーは防具をつけていなければ武器も持っておらず、いつも通りの普通の庶民みたいな恰好だった。相変わらず欠伸をしながら両手をあげて背中を伸ばす程度である。
やる気はあるのか、負ければ退学になるのは主人である自分なのだが。ロックはそののほほんとした様子の使い魔を見て胃に穴が開きそうだった。
見学している学生や教師たちも、マリーが決闘に勝つ気が本当にあるのかと、怪訝な顔をしてひそひそと囁き合っている。
「それでは、はじめ!」
「いきますわよ!」
審判のシュバイツが決闘場から外に出て開始の合図をすると同時に、アリアナが槍を構えて真正面から飛び出した。
一気に距離を縮めて槍による正面突きを素早く何発も打ち込むものの、マリーはおっとっとと言いながらもふらふらとそれをかわす。
場外にいるロックたちから見ても、その槍裁きは超人の域であり、筋力に自信のあるロックでも、同じように受ければ捌くのがやっとであり、その攻撃の多さからとても反撃できるようなものではないことが分かった。
攻撃が見ている間にも連続で繰り出されていき、アリアナが入学早々トップになったことも十分に頷ける。
だが驚くことに攻撃を受けているはずのマリーは決闘開始からずっと後ろ手を組んだままであった。魔法を使う際には、手を使うことが多い。使わなくても発動するものもあるが、照準を合わせたりする利便性から、基本的に魔法は手を使わなければ使いにくい。
彼女のその後ろ手の状態は「魔法を使う気などさらさらない」というような、完全に舐めきった意思表示だった。
実際おっとっとと言いつつも、彼女は武器が当たるすれすれまで動こうとしなかった。それこそ服をかすめる直前か髪が切れる僅か一歩手前まで動かず、最低限の動きで攻撃をかわして反撃の素振りを見せない。
「ではこちらはどうですか!」
打撃戦では攻撃が当たらないと判断したのか、アリアナは大きく槍を振ってマリーに隙を作り中距離ほど後退した後、武器を持たない左手をマリーに向けた。
瞬間、氷柱がアリアナの周囲に大量に発生し、マリーに切っ先を向けて射出される。正面突きと同じ要領でマリーはおっとっとと言いながらそれをかわすも、かすれて地面に当たった瞬間、人間を飲み込むほどの大きさの氷柱に音を立てて派手に変化する。
もしあれが当たってしまえば、身動きが取れなくなるだろう。それだけではない、次々と繰り出される氷柱は、マリーが攻撃を避ける範囲を確実に奪っていた。大きくなった氷柱はそのままキラキラと輝きながら決闘場の中に留まり続け、場外にいるロックたちもその冷気にあてられ思わす鳥肌が立った。
逃げ場が確実に失われつつある。アリアナはかわされることを予想しながらも、追い込むように氷柱を射出し続けた。
「おっとっと?」
ついにマリーの周りをぐるりと氷柱が取り囲んだ。逃げ場をなくした彼女だが、その顔に焦りの色は見られない。
冷静に周りをぐるりと見渡し、顎に人差し指を当てて片方の眉を下げていた。
「追い詰めましたわよ、食らいなさい!”アイスウォール”!!」
アリアナがそう叫ぶと同時に、マリーの足元に青白く光り輝く魔法陣が浮かび上がる。
マリーを中心に一定間隔で円を描くように生えていた氷柱まで届く範囲の広い魔法陣は、彼女の逃げ場を完全にふさいでいた。魔法陣が起動音とともにくるくる回りながら光り輝き、一瞬にして豪邸ほどの大きさの氷の塊が出現した。
アイスウォール、アリアナが自身で開発したという完璧な必殺技だと噂程度だが話を聞いたことがある。確かに実物を見ればその完璧な必殺技であるという話も納得だ。
周りを囲んで逃げ場を無くした状態で発動するその動きには、隙がないようにロックには見えた。出現した巨大な氷をよくよく見てみるが、氷の層が分厚過ぎて中心あたりにいたはずのマリーの姿が見えなかった。
流石にこんなものをまともにくらってしまったとあっては、審判による戦闘不能判断は避けられない。ロックが呆然としながらアリアナへと視線を向けると、勝ち誇ったような自慢気な表情で自身が作ったアイスウォールを眺めていた。アリアナの様子からどうやらマリーを捉えた感覚があったようだ。
しかし次の瞬間ロックは目を丸くした。アイスウォールを受けたはずのマリーが、興味なさげに半目を閉じた状態で、アリアナの背後に突っ立っていたからだ。
見物している者も、アリアナのアイスウォールに目を奪われてすぐには気付いていない様子だったが、しばらくしてアリアナの様子を見ようと目線が動き、マリーがいることに気づく。
驚きの声があがり見学者たちがざわつき始めても、アリアナはアイスウォールに驚かれたと思っているのか、変わらずに得意気な表情のまま腰に手を当てて審判の判断を待っている。
「はい、おしまい」
気だるそう呟いた声に反応したアリアナが驚いて振り返るよりも先に、マリーが彼女の両肩にポンと触れるとアリアナの姿が消えた。ざわつきが一層強まると同時に、審判の為に場外にいたシュバイツの方向から大きな荷物が落ちるような物音がする。
決闘場にいた者たちの視線が音に吸い寄せられるようにそちらに向かえば、場外であるシュバイツの背後、芝生の上に呆然と両膝をついているアリアナの姿があった。