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協議


「ジェイド、お前の能力を見込んで頼みがある」


「おやおやなんだい改まって」


 一通り落ち着いてきた秋も中頃、ロックは一通の手紙を懐に忍ばせて、昼食の際に切り出した。食事をほぼ飲み込むようにして平らげた後、他のパーティがまだ食事を続ける中、神妙な面持ちで両手を机の上に組んで肘を立て、俯きながらもその目はしっかりとジェイドを見据える。


「女性好みのデートスポットを教えてください」


「おっとぉ?」


「神妙な面持ちだから何事かと思ったら!?」


「あらあらまあまあ」


 ロックがこのポーズをとったのは、茹でダコに見えるほど顔面が熱を持っていくのを何とか隠したかったからだ。案の定、パーティメンバーの浮ついたニヤニヤした視線が頭に刺さるのを感じる。おおよそ腕だけでは隠し切れてないのはロックも理解しているが、ここは恥を忍んで頼るべきだと判断した。

 全員が机を囲むこの場で切り出したのは、この中で一番の適任はジェイドではあるものの、偏った意見だけ取り入れるよりは、女性であるアリアナもいるこの場で広い見識の元、情報が得られればとロックが思ったからだ。


「デートスポット、ねぇ、なるほど。相手女性にもよるんだけど、そうだねぇ。あの子なら、町の雑貨屋や喫茶店とか、あと、自然の景色がきれいな場所とかどうかな」


「無難なんだな……」


「相手によるって言っただろう、あの子は教会の子で、お金のかかる場所に連れて行くのは気を遣ってくるタイプだよ」


「あー、それでお金があんまりかからなさそうで、女の子が好きそうな場所ってわけなんだね」


「あとプレゼントもお値段のかかるものはやめておいた方がいいですわね、貴族でない方から高級なものを理由なくプレゼントされるのは重いですから」


「うへぇ」


 ちょっと奮発してネックレスでも渡そうかと悩んでいたロックに、アリアナの言葉が直撃した。教会出身のロックは、学園の援助金でほとんど生活しているので、余分な持ち合わせがない。あっても即座に貯金するのだが、それでも雀の涙程度だ。


「慌てなさんな。ロック、とりあえず今は自然体で話せるようになるのを目指すところからじゃないかな」


「えっ」


「あら自覚がおありになりませんの? 貴方依頼の時などの事務的な会話以外だと相手の顔をじっと見つめるばかりで会話できていませんわよ、ロックベル」


「あっ」


「手紙のやり取りまだ続いてるんだっけ? それなのに相手のデートによさそうな好み分からないってことなの?」


「うわああ……」


 次々と突き刺さる言葉にロックは頭を抱えた。そうなのだ、魔導士としての問題対処等の時、ロックは本能的に状況判断をしようと気持ちを無意識に切り替えていた。しかし、そういった場面でない時はどうだったか、彼女の顔から視線が離せず、ただじっと見つめていただけである。

 さらに、手紙のやり取りは続けていたが、ヨハンの言う通り、相手の好みについてまるで知らない。手紙では挨拶や教会で起こったささやかな日常などの事は綴られ、学園の様子はどうですかとたずねる様な内容もあったが、ロックは何と返せばいいのか悩みに悩んで、結局学園の当たり障りない日常を書き綴って送り返しており、結果お互いがお互いの趣味趣向に関するやり取りを全く行っていなかった。

 頻繁にやり取りしているので嫌われていることはない、とは思いたいが、ここまでお互いの事を知ろうと手紙で書けないのは、ロックにも少し不安だった。


「面白そうな話をしているな」


「うっわぁウィラードさん!!!!?」


 唐突にパーティメンバーが囲っていた机の脇にウィラードが現れて全員驚き慌てふためく。何度声をかけられても、伝説の魔法使いが相手となると慣れない。

 ウィラードは食事を必要としないらしいが、学園の雰囲気を味わうためと銘打って、用事が特にない時は学園内の人間が多い場所を散策がてらうろついていた。基本的にはマリーの方をじっと見据えていることが多いが。


「そういえばこの時期はどこかで祭りがあるんじゃなかったかな、出店もありデートにはうってつけではないかな」


「……ウィラードさんが庶民的なデートの提案してる」


「誘おうと思って結局誘えなかったヘタレだからなそいつは」


「マリア……マリー、お前なぜ知っているんだ、やめろ」


 ロック達の机に寄ってきて、ふむふむと考えるような仕草をした後、指を立てて提案してきたウィラードに、パーティメンバーが呆けている中、空中から姿を現したマリーが爆弾を投げる。

 真顔でウィラードはマリーに抗議する。どうやら「マリアージュ」という呼び方はウィラードにかなり染みついているようで、学園についてから一ヶ月ほど経過したにも関わらず、毎回呼び間違えそうになって睨まれていた。


「あぁ、地雷だったな? お前が魔力封印された原因だものな? すまなかったすまなかった」


 くつくつ笑いながら、おおよそわざと言ったのが分かるくらい大げさにマリーはウィラードに謝罪の言葉を述べる。ロックにも大概だが、マリーのウィラードに対する扱いは相当なものだ。お互い詳しく話さないし、記録もあまり残ってないので詳細は分からないのに、気になるフレーズを残す手法を彼女はとるのだ。


「お前というやつは全く……まぁ、あれだ。誘えず後悔などしないようにな」


「あ、はい」


 ウィラードが魔力封印された詳しい状況は、記録に残っていない。ただ、魔法使いに恐怖した貴族の人間が悪事を働いていたことだけは、その後の処刑された記録や、死体として発見されたという記述からの推測はある。

 これ以上変な暴露話をされるのを警戒してか、マリーを一瞥した後、ウィラードはそそくさと逃げるように食堂を出ていった。


「逃げたな、あのヘタレ魔法使いめ」


「お前、最近素が多いな」


「あらやっだぁーご主人、こっちのほうがいいのぉー???」


「言ってねぇ」


 きゃるるんと、ロックの言葉にマリーが即座に笑顔を貼り付けて両手で可愛らしくポーズを決めるが、もはや素を知っているロック達からしたらその猫かぶりの様子は不気味以外のなにものでもない。

 かといって、マリーが素のままでいた時も、薄ら寒い笑みを終始浮かべて、目の周辺が悪役のように真黒に見えてしまうので、今やロック達にはどっちもどっちだった。


「念のためお前にも、一応アドバイス聞いたほうがいいか?」


「恋愛感情ゼロどころかマイナスのこのマリーに? ご主人いいの? 後悔するよ???」


「やめとく」


 ロックはダメ元でも意見は多い方がいいかと考えて一応きいてみたが、マリーは自分の事をよく熟知しているのか、警告してきたので即座に取り消す。


「しかしウィラード様からのアドバイスは良いと思いますわ、お祭りの出店は割安ですし、見ているだけでも楽しめます」


「あー、ナハム公国のどっかだったな、収穫祭だか豊穣祭だったか」


「ジェイド、ナハム公国出身でしょ。なんでそんなうろ覚えなの」


「貴族の時は厄介者だったからお祭りなんか行けなかったんだよ、デートの話題にはなるから情報はリークしてたけどね」


 そんなジェイドが話す、ナハム公国の祭りは、秋の収穫を祝い来年も同じように収穫できるように大地や風の妖精に願うという、ごくありふれた感じの祭りだ。

 出店が街中に沢山並び、催し物も行われるので、見ていて飽きないだろうと語られる。


「クロエのいる教会もナハム公国だし、ちょうどいいか」


「しかしまた急に、どうしてデートの場所など聞いてきたのです?」


「一番新しい手紙に、『お礼がしたいからどこかに一緒に出掛けませんか』と書かれてて……」


 沈黙。ロックはまた項垂れていた姿勢を最初の腕組のポーズに戻す。神妙な面持ちだが、全員が考えていることが手に取るようにわかる。

 だから、全員が同時に大きな溜息を吐くことも、辛辣な視線を向けることも、投げられる言葉も想像に難くなかった。


「出会ってから結構経ってるのに、デートすらまともに誘えなかったのか」


「見損ないましたわよ、ロックベル」


「それ向こうが痺れを切らしたパターンじゃないの」


 ロックも理解している。分かっている。教会に最初に依頼を受けてから随分と経っているし、手紙を頻繁にやり取りするようになって久しい。

 なのに、デートに誘う文面を書くことが出来ず、そのままズルズルと時間だけが経過していた。


「どうしてこうも能力ばかりのヘタレ野郎が私の周りに来るのかね」


 ロックの事をウィラードと同じヘタレ認定してしまったマリーのトドメの一撃に、ロックは頭を抱えながら狂声をあげた。

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