再会
「この姿を見ても反応もしなしか」
暴れ続けるウィラードからもよく視認できるように同じ高さまで上昇したマリーは、何の反応もない魔法使いの様子に首を振る。
右手を軽く肩より上まで上げると、放ち続けている砲撃魔法が手の上の空間に吸い込まれるように吸収され、真白の球体に変わった後縮んでいき蝋燭の炎が吹き消えるように消える。
その様子にウィラードはようやく何かいることに気づいたようだった。相手が魔女であることに関しては気付いたかどうかは遥か下の地面から眺めていたロック達の目には微妙な様子だったが。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
ウィラードが咆哮にも似た叫び声をあげながらそのまま巨大な魔力の層を帯びて突進してきたが、マリーは呆れ顔でほんの僅か左に浮遊移動してかわす。
突進が避けられたウィラードはそのまま激しくジグザクに飛行して、白い魔法の光が飛行機雲のようにその通った後になびいて、その光でようやっとその動きが分かるほど素早く移動しはじめる。
「まずはあの障壁だよなー、無意識でやっているにしてはかったいんだよなーウィラードのは……」
ウィラードが高速旋回してきたのを確認すると、マリーは空を風で仰ぐように杖を握る左手を動かす。
するとウィラードが向かってくる直線上に、空中から突如として大量のレンガの壁がドミノ倒しのように並んで現れる。
ウィラードは正面からぶつかり障壁魔法で破壊して突破しながらまた突進してきたが、レンガの壁で先ほどよりも速度が下がり、全ての壁が砕けて真正面に辿り着いた瞬間、マリーは右手をウィラードの顔面に突き出して先ほどの魔法を吸い込んだ白い球体を出現させ、吸収した規格外の砲撃魔法の束を直撃させた。
出力を調整して校庭にまで届かないほどに距離だけを縮め、その分威力を強めた砲撃は、ウィラードを包んだ黒い障壁魔法に亀裂を生み出し吹き飛ばす。
「これでヒビ入れる程度かぁー、意識がない分全力出してんじゃん、きっついなぁ」
マリーはとんがり帽子の鍔を右手でいじりながら、吹き飛ばしたウィラードを上から眺め下ろす。
吹き飛ばされながらも回転して空中で静止した魔法使いは、目にもとまらぬ速さでジグザグと飛び回り始める。
「うあー……面倒くさくなってきたなぁ、さっさと動き止めないと」
マリーが空中を指し示すように左手で杖を掲げると、バシンと扉が閉じる様な音とともに、マリーを中心とした空間に緑に光る半透明の巨大な立方体の結界魔法が張られ、その中に自分ごとウィラードも閉じ込める。
学園の広い校庭と同じかそれよりも一回り程広い結界魔法の中で、マリーはさらに左手を掲げ続ける。バシンバシンと次々立方体の結界魔法が現れるが、少しずつ少しずつその結界魔法はジグザクと飛び続けるウィラードを外に出さないようにしながら囲み続けその大きさを一回りずつ小さくし始める。
「なんだあの結界魔法の使い方……!?」
ロック達よりも魔法に詳しいはずのオブティアスが信じられないような目でその様子を眺め続けている。
はるか遠くの地上からその様子を見ていたロック達はあまりの規格外な魔法の扱い方に驚愕し、口をあんぐり開けてガラス玉のように目を見開いて、その動きを目だけではなくもはや上半身ごと動かして追いかけている。アルフレッドもアリアナに肩を貸してもらいながら立ち上がり、ヨハンとジェイドもその迫力に三歩程後退する。
結界魔法は防御魔法の上位互換で、本来は建物を防御するために使用する設置魔法だ。ここまで安易に大量に使用する魔法ではない、というよりも魔力消費が膨大な為上位の魔物でもここまで安易に大量使用できる魔法ではない。
様子を見ている間にも、結界魔法が次々と繰り出され、どんどんその速度が増していく。ジグザグとウィラードは飛び続けるが、確実にその飛行空間が狭まっていき、その逃げ場を確実に奪っていた。
不意に急旋回したウィラードが、両手をマリーに向けて魔法を発射した。アルフレッドも扱うことが出来る、雷の竜の頭、ドラゴニングボルト。しかしウィラードが放ったそれはアルフレッドの放ったものがおもちゃであるかのように、軽く五倍程は上回るほどに巨大で頭の数も十五匹分のもの。
マリーは結界魔法を展開し続けながら、右手でそれを受け止める様な動きをすると、手の中に吸い込まれるように五倍のドラゴニングボルトが消える。一瞬ウィラードの動きが止まったかと思われたが、その隙をついてマリーは結界魔法の展開速度を一気に早めた。
バシバシバシバシと、もはや扉をたたき続ける様な速度の音に、どんどん狭くなりマリーとウィラードの距離も縮まっていく。そして真正面からまたウィラードが障壁魔法を纏って突進した瞬間、マリーは右手をウィラードの顔面にかかげて吸収した五倍のドラゴニングボルトを浴びせた。
激しい雷鳴が轟き、辺り一帯が真っ白に染まる。空が割れる様な音が響くも、幾重にも重ねられたマリーの結界魔法に阻まれて衝撃は何一つロック達のところまで届かなかったが、バキンと分厚い壁が砕ける様な音が響き、マリーの攻撃魔法を受けても無傷ではあったウィラードの黒い障壁魔法が砕かれた。
「三千年前のぉ、勝手に眠らせやがったお返しだゴラァ!!!」
障壁魔法が砕けたことにウィラードは驚いて目を見開いたようで、一瞬呆然と空中で動きを止めた。マリーはその隙を見逃さず、持っていた杖の曲がった先端を、ウィラードと同じ大きさの、ファンシーな装飾が施されたハンマーに変化させると、呆然としていたウィラードに全力で振りかぶって直撃させた。
マリーがウィラードにハンマーを直撃させると同時に結界魔法を解除する。瞬時、鼓膜が破れそうなほどの衝撃音と共に、ウィラードの姿が消える。ハンマーを振っただけだというのに、巨大なハリケーンのような真黒な竜巻が吹き荒れ、マリーが作った防壁魔法越しでも風に飛ばされそうになったロックとジェイド、ヨハンを近くにいたオブティアスが抑え込み、アリアナはアルフレッドが抱え込んでなんとか飛ばされなかったが、ハンニバルやシュバイツ、ラパス達がいた方向からは悲鳴と障壁魔法に叩き付けられるような音が聞こえてきた。
「ロック気を付けろ、かなり根に持つタイプだぞあれ」
「使い魔だって扱い間違えれば恨むからね」
「うへぇ」
「只者じゃねーとは思ってたけど、振りかぶりだけで何っつー威力だよ……ていうかウィラードはどこに……」
激しい暴風にオブティアスが必死に三人が飛ばされないように抑えながら言う。ハンマーに叩き付けられた衝撃音が確かに響いたのに、そのウィラードの姿がどこにも見えない。地上にいる全員が、魔法使いはどこへ行ってしまったのかと辺りを見回す。
ロックはマリーの方を見る、いつもとは違う姿をした使い魔は、どこか遠くを眺めるように額に片手を当てていた。その視線を追うように眺めていた方向、ドミニカ王国方面の上空を眺めるが、それらしい姿は見えない。
ロックがもう一度使い魔の方を向くと、マリーは遠くを眺めたまま何かが決まったかのようにガッツポーズを決める。同時に火山が噴火するかのような爆発音が辺り一帯に響いた。音の方向に自然と全員が体を向ければ、はるか遠くのエルプッサ山脈の山頂付近が、火山ではないのに噴火するように砕け散っていた。
「精霊王の神殿が!!!」
「ちゃんと傷付けないようにしたわよ!」
シュバイツの方向から、神殿にいた教会の人間の悲鳴に似た叫び声に上空から降りてきたマリーが噛み付くように大声を出した。
マリーが地面に足を付けた瞬間、足の方からいつもの服装に消えたり縮んだりして戻っていき、さらりと腰までの長さに戻った黒髪を手でなびかせた。
「流石にここまでやれば起きるでしょ、全く。昔から後先考えないんだから」
寝坊した知り合いを起こすような、マリーにとっては極々ありきたりな様子で語り、ロック達その場にいた全員が引いた。マリーがその様子を一瞥した後、手に白い小さな球体を作り出して上空に向かって投げると、その球体から円が広がるように、赤黒い分厚い魔法によって作られた雲が一瞬にして晴れた。薄暗い光景に目が慣れていた面々は、突然の眩しい太陽光に顔を歪ませる。
被害確認のためにシュバイツとラパスが避難させた生徒や、疲労困憊しているハンニバルを校庭に移し始めると、マリーは瓦礫に向かって両手を広げようとした。
「マリアージュ、なぜおまえがここにいる」
転移魔法でもう移動してきたのか、エルプッサ山脈に叩き付けられたはずの魔法使いウィラードが、校庭のど真ん中でマリーに向かってそう告げた。