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発動

 教会の人間たちがいくら魔法を使えると言っても、それは独学で学んだものにすぎない。

 それぞれの教会に魔物が襲撃すること自体、今回の新型の魔物が出現するまで前例がなかった。何らかの形で教会から別の場所に向かう道中で魔物に襲われることはあったが、傭兵や護衛などを雇うだけの資金がなかったため、自衛のために魔法が扱える者が覚えるようになったのだ。

 しかしそれは、戦闘に対しても独学になることを意味した。自分たちの近場に湧く、おおよそ低級の魔物に対してのみの処理の仕方しか覚えられなかった教会の人間には、遭遇する機会のなかった強い魔物に対しての戦闘能力はなかった。

 ただ一人、幼少期に貴族からある理由によって修道院に送られた茶髪の少年マイルズだけは、貴族生活の影響から、魔法の扱いに関する教育を受けていたため、その年齢に関わらず他の教会の者よりも腕が立ち、彼が教えることによって教会の魔法の知識は少なからず底上げされた。

 それでも、戦闘に向けた訓練ではない。元より敵うはずがなかったのである。

 防御魔法も展開できない彼らが、悲鳴を上げて逃げ惑う。闇雲に攻撃魔法を撃ち続けてはいるものの、骨だけの脆そうな見た目に反して綿でも投げ込んでいるかのようにまるで無反応だった。

 混戦とした現状をまずはどうにかする。幸い暴れ始めてまだ時間が経ってないせいか、怪我人はいるが軽症のようで重傷者もいないし、犠牲者も見当たらない。ラパスがそれぞれの判断に任せるという指示を出して、魔導士たちは魔物に向かって走っていく。

 振り下ろされる爪を防御魔法で弾いて道を作り、そこから教会の人間たちに逃げるように指示する。素直に従うものと、不服を感じて抵抗しようとするものが半々だったが、ラパスがそれでも大声で怒鳴りつけたことによって、渋々従い後退していった。

 マイルズが三体の魔物を引き付けながら、魔導士たちを睨む。体が小さいことを生かした、すばしっこい動きに、湖の空間内を転移魔法であちこち移動して攻撃をかわす彼の動きは、魔導士たちから見てもずば抜けていた。しかしそれはその年の子どもとしての評価であり、魔導士ほどの動きではなかった。


「なんで、なんでいつも……! 今更何しに来たんだ! 助けてくれなんて頼んでいないぞ!」


「あっそ」


 ロックは走り込んで、マイルズに体当たりした。すんでのところで振り下ろされた爪はさっきまでマイルズがいた場所を空振り、そのまま勢いに任せてロックに襲い掛かり、剣でその攻撃を防いだ。金属に骨が当たる乾いた音が響いてその動きを止める。ギリギリと力任せにロックに爪を突き立てようとするも、何とか均衡の力で押しとどめる。

 確かにかなり強い部類だ、ロックはその手ごたえから訓練の複製魔物を思い出す。挙動が読めない分この魔物の方が強いと感じ、腕に力を込めて振り払う。魔物はロックの力に後ろに吹き飛び、地面に落ちて後ろに後退する。ザリザリと、岩肌を削る音が耳を不快にした。

 アリアナは氷柱魔法で攻撃を防ぎ、教会の人間から魔物を遠ざける。ジェイドは空気魔法で飛んでいる魔物周辺に風を発生させて攪乱する。ヨハンはこの夏新たに使い魔にしたトロールを三体出現させて、その肩に乗りながら魔物を後ろに遠ざけようと指示を出していた。

 ロックが後ろに目をやると、体当たりされたマイルズは仰向けになった体を起こしたまま、ギリギリと歯ぎしりしながら睨んでいる。息があがっている様子から、無理に魔法を使い続けたことは明白で、体力もあまり残されていないことが、立ち上がることが出来ないその身から十分見て取れた。

 そのままロックはマイルズを肩に担ぎ上げる。両手両足を使って全力で抵抗してきたが、筋力でロックに敵うこともなく、そのまま入口の扉から中の様子を見ている教会の人間たちと、彼らを守るために二名残っている魔導士の方にマイルズを押し付けて、走り戻る。


 学園の魔導士たちが一人一体ずつ魔物と対峙しているが、やはり苦戦している上十三体いるため、五体抑えるのが精一杯の形になっていて、残りの八体を近づけさせまいとパーティ全員で動いている。

 アリアナの氷魔法でも、骨が硬いのか氷では貫くことが出来ず、氷結してもその氷を砕いて暴れるため、動きを止める事すら難しい。ジェイドの空気魔法は飛んでいる魔物に対してかなり効果的だったようで、最初こそ攪乱出来たものの、魔物が逆に地上に降りて攻撃し始める形をとり始めてしまった。ヨハンが新たに使い魔にしたトロール三体で何とか魔物一体を抑え込んでいる様子で、それでも力負けしそうな勢いだ。

 戻ってきたロックを見るなり魔物は爪を振り下ろし、それを剣で防ぎながら考える。無意識の無効化は、ロックの吸収魔法が設置された魔法に反応して起こる現象で、それはつまり吸収魔法が範囲攻撃できるということを意味する。しかし混戦を期している今、無闇に吸収魔法を範囲攻撃すれば味方の魔法も吸収しかねない。実際にやったこともないのに戦況を不利にすることはやるべきではない。

 とりあえずは目の前の魔物を対処することを結論付けたロックは、腕を通して剣に自身の魔力の動きを集中させる。剣に任意の魔法が使えるという事を聞いて、吸収魔法がある程度ロック自身で扱えるようになってからは、この剣からも吸収魔法が使えるようになったのだ。


「うっ」


 ロックが新型の魔物から魔力を吸収すると、マリーの訓練や依頼で受けた魔物討伐の時の魔力吸収とは違う感覚に襲われる。ロック自身のものではない、激しい感情。魔力と一緒に何かおぞましいものが雪崩込んできた。心が真黒に染め上げられるように、魔法を吸収すればするほどおぞましい感覚に取り憑かれ始める。自分が自分でなくなりそうな感覚に、これはだめだと、頭の奥で残る理性が警鐘を鳴らした。

 腕に力を込めて大きく剣を横に振りきり、弾かれるように魔物が後ろに吹き飛ばされる。何とか距離を取って警戒態勢をとり続けたまま、飛び出しそうなほどに暴れる心臓を落ち着かせようと、荒い息を整えてゆっくりと深呼吸をする。

 不意に背中に温かいものがぶつかる感覚に、ロックが驚いて首だけ向けると、ジェイドが背中合わせになるように武器を構え、顔を魔物に向けたままロックに声をかけてきた。


「ロック、今はしっかりしろ。顔が真青だぞ」


「……悪い、弱体化させようと魔力を吸収しようとしたんだが、こいつらの魔力は吸収するには相性が悪いみたいだ」


「一人で無理しようとするな、今はパーティ全員いるんだ、だろ?」


 顔だけロックに向けて、ジェイドはニヤッと笑う。こんな時だからこそ、いつも通りに。その様子にロックは自分の不甲斐なさに苦笑した。


「さっき実感したばっかなのになぁ、リーダー向いてねぇなやっぱ」


「そう思うやつが向いてるんだよ」


 ジェイドはそう言って肘でロックの背中を小突くと、ハルバードを構えなおして走り出した。武器を振り下ろすその動きはフェイク、本命の視認しにくい空気魔法で風を作り、近場の魔物を数体まとめて吹き飛ばした。

 一人じゃない、きっと方法はある。ロックはそう強く心に刻んだ。剣を握り直し、整った呼吸で、目の前に近づいてきた魔物に足を踏み込んで真正面から切りかかった。


「あああああああああ!!」


 気合を入れるための怒号、剣が硬い骨に当たる乾いた音が響く、傷一つ付けられない強度の骨が、恐ろしい強さで反撃しようと動くのを、その腕力で押さえつける。


 ガチン、と何かがはまるような音がロックの中に響く。体中に溜まりに溜まった何かが、腕を通して剣に大量に流れ込む感覚。

 切り替わった。ロックは瞬時に理解し、叫んだ。


「砕けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ロックがその手に持つ剣は、放出された魔力によってその形状が変化した。青く輝く巨大な魔力で作られた刃、その大きさは目の前に対峙する魔物の等身とほぼ同じほど。剣を防いでいた爪が砕け、その隙を見逃さずに横に振りきる。

 魔法の刃が空を切る、風が吹くような斬撃音。目の前の翼竜の骨が、その頭を半分にされるように、全身が真二つになって、脆く砕けて崩れ落ちた。


「はつど、う……したのか、今の感覚っ……」


 ロックは息をあげながら片膝をついて剣を地面に突き立てる。出来る、倒すことが。疲労感と戦いながら、ロックは確信した。

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