仲間
「湖って、まさか……」
ロックが気絶させる間もなく、伝令を受けた見張りは全員顔に絶望を染めて走り去っていくのを眺めていた。見張りがいなくなったことを確認して振り向くと、牢の中はみな訳が分からないといった形で困惑している表情だった。
時間がない、見張りがいないのならば好都合だ。そう思ってロックはさっさとガウンを脱いだ。
「うっわぁ! なんか合図くらい出してよ心臓に悪い!」
「無事だったか、ロック」
ロックが突然現れたことに驚いたヨハンが大声を上げた後、ジェイドが安堵の色を浮かべる。
だがロックは講師達が声をかけるよりも先にテパを呼んで、牢の鍵を開けてもらう。人数が多いからか、ロックのように手足の拘束はされていないようだった。
壁の隠し扉から現れたテパに全員最初は驚いたものの、ロックとの親しげな様子から、協力者であることがすぐに理解された。
「ロックベル、なにかおっしゃったらどうなのですか」
「悪い、今時間ないと思うわ」
「さっきの湖、という話でらっしゃいます?」
アリアナが負傷した講師が牢から出るのに手を貸しながら、扉のない出入り口から外の様子を確認していたロックに声をかける。出入り口から見える範囲で教会の人間はいないようだった。
テパに誘導されて、負傷した講師は何人か他の講師に引率されながら学園に戻ることになった。パーティメンバーに武器を渡しながら、まだ戦える講師に武器のある場所を告げる。
見張り達のあの慌てようから、この神殿内すべての教会の人間が呼び集められていることは理解できた。おおよそ武器を取りに行くまでに遭遇しても戦闘になる可能性は低い。
アリアナの問いに無言で頷いた後、ロックはテパにガウンを被せた。ロックにピッタリのサイズだったはずなのだが、どうやら着る者によって微妙に大きさを変えるようで、テパにもピッタリのサイズになっていた。頭から突然ガウンを被せられて視界を遮られたテパは、ガウンでその姿は見えないものの驚いて慌てながら手探りでガウンを引っ張り、ぷはっと首を通した。
「着て行け、テパ。多分守ってくれるから」
「えぇ、でも、ロックお兄ちゃんのじゃ?」
「学園から貸し出されてたやつだ。先生たちと一緒について行って、俺の代わりに返しておいてくれるか?」
空中から頭だけが見えている状態のテパは、困惑の表情を浮かべながらも頷いて、そのまま頭を空中に浮かべたまま、負傷した二名とそれを搬送する二名の講師達を隠し扉に導いて先導していった。
ロックがそれを見送ってから振り返ると、パーティメンバーからかなり怪訝な表情で見つめられていることに気づく。ヨハンが口を動かさずに「ロリコン……?」とボソッと口にして、ロックは自分の行動の不審さに初めて気づいて慌てた。
「いやいやいやいや協力してくれたしまだ小さいし! 万一があっても隠れられれば御の字だろうが! 念のためだって! って今はそれどころじゃねぇ!」
扉のない出入り口から外を確認しようとロックが振り返った瞬間、地面が一瞬ぐらりと揺れた。バランスを崩すものの、その場にいる全員が魔導士として鍛えているだけあって倒れるほどではなかった。
捜索隊の隊長を務める、二年の学年主任のラパスは、その揺れに何か気付いたようで地面をじっと見つめ、ロックの方に視線を向ける。
「ロックベル、報告をしろ。その慌てようといい、湖とかいう件について事情を知っているな?」
「コルドネア王国の王宮を襲った新型の魔物と恐らく同種のものが、ここの地下の湖に複数いると、テパから聞きました」
ロックからの報告を聞いて、全員が目を見開いた。
「なるほど、あの慌てようも納得か。そんなものを抱え込んでいたとは……。ふ、憎まれて当然だな、魔導士だというのに情けない」
「先生、俺はテパに全員助けるって言ったんです。今から現場に向かいたい」
ロックはラパスに真剣な表情で訴えた。講師達の立場を考えれば止められるのは承知の上だが、たとえ止められたとしても、ロックは引く気がなかった。ラパスはじっとロックの方を見た後、四人離脱したため七人ほどになった他の魔導士の講師に向かって頷いた。
「病人の治療を優先させている今、魔導士の増援は期待できんだろう。コルドネアとドミニカの戦争で上級生徒も大勢帰国してしまっている。君たちの捜索隊への参加は学園にとっても利となると踏まれたし、実際大いに貢献してもらっている」
ラパスはロックと、背後にいるジェイド、アリアナ、ヨハンと一人ずつ顔を確認するようにじっと見つめた後、また口を開く。
「よって、これからの新種魔物の討伐も、参加してもらう。たとえ助ける相手に憎まれていようとも、助けるのが魔導士だ。だが無茶はするなよ、自身の命を軽んじる者は、他人の命も救えん。身の危険を感じたら即座に離脱し撤退しろ。以上だ」
生徒は危険だから撤退しろと命じられると思っていたロックは、ラパスからの指示に面食らうが、動揺して疑問をあげようとしていた声は、背後から三人の凛々しくもしっかりした大きい声での返事に飲み込まれた。呆然としながら振り返ると、ジェイドもアリアナもヨハンも、それぞれが個性的ながらも不敵な笑みを浮かべていた。
「まさかとは思いますが、お一人で行かれようとお思いではありませんわよね。ロックベル」
上品に、だが頼りがいのある表情で、アリアナは笑う。
「我が身可愛さに身の危険を感じたら撤退するけど、あーんなかわいいお嬢さんと約束してるってんなら、無下にするのは男が廃るよねぇ」
両手を組んで、ロックにもわかるくらい様になる格好で、ジェイドはウィンクする。
「僕の魔法も役に立つかもしれないし、魔物相手ならテイマーの出番でしょ。使い魔に出来るか試したいし」
手を握り締めて気合を入れるように、ヨハンは腕を曲げて脇をしめる。
投げかけられる言葉に、ロックは自分が一人ででも行こうと勝手に考え込んでいたことに激しい罪悪と後悔を感じた。今ここにいる自分の仲間は、ロックと同じように、新種の魔物を何とかして教会の人間を助けたいという、固い決意を抱いていることを即座に理解した。
ロックは胸に熱いものが込み上げてきたのをその身で感じながら、その言葉に応えるように豪快に笑いながら、パーティのリーダーとして声を上げた。
「おっしゃ、んじゃ行くか!」
地響きを頼りに、牢のある部屋から外に出た後、ラパスを筆頭とした講師達を先頭にその場所を探る。次第にその間隔は短くなり、地響きも大きくなっていく。少しずつ悲鳴や魔法による閃光音や爆音が耳に入るようになり、自分たちがその場に近づいていることが肌で感じ取れた。
白い岩でできた廊下を進み、探りながら歩いていると、上下左右あちこちに繋がるような階段の間にたどり着いた。悲鳴は下に続く階段から響いてきており、老朽化した白い岩の一部が、パラパラと砕けて地響きと同時に崩れ落ちていた。
全員で小走りになりながら階段を降りると、神殿に入った時に見た、装飾を剥ぎ取られた両開きの扉と似たような造りのものがあった。
ラパスが扉に魔法がかけられている可能性を考慮してロックを呼び、彼に従ってロックはその扉に手をかけてゆっくりと開いた。
扉の先は、地底湖だった。といっても、扉から壮大に広がる空間は、山の中に出来た洞窟のようで、白い岩が窪みや丘を作っている。入口から見て中央から奥に向かって、反射さえもしない真黒な水面が広がり、その空間を、魔法による光だろうか、眩い白い輝きが天井から降り注いでいた。
そしてそこには、民家一軒ほどの大きさをした、翼竜の姿をした骨が十三体、咆哮し、向こう側が透けるほどに薄い爬虫類のような翼で滑空しながら、血肉をどうやって貪ってやろうかと、そこにいるすべてが口から涎を垂らしながら、抑え込もうと魔法で攻撃している教会の人間たちを弄んでいた。