挑戦
「ロックベル・プライムさん、あなたに決闘を申し込ませていただきますわ!」
翌朝、朝食をとろうと共同の食堂にロックとマリーがたどり着くなり中央から怒声が飛んできた。
そこにいたのはアリアナ・スカーレット、入学トップの成績を誇る学年一の才女だった。スカーレット公爵家の長女として恥じない成績と気品。笑顔を見れば誰もが足を止めて見惚れてしまうような端正な顔立ち。さらりと腰まで流れた赤みがかった髪に、スラリとしていながらも女性的な魅力の溢れる豊満な身体。強力な魔法を扱うことで有名なスカーレット家の名に恥じぬ突出した魔法の才能と育ちの良さに博識な知識。
すべてを手にしている完璧な令嬢として、入学早々同級生の間では知らない者はいないほどの有名人である。同じクラスではあったものの直接的な接点もなかったため特に会話らしい会話もしたことがなかった。
だが今ロックの目の前にいる彼女は、その整った端正な顔立ちの隅から隅まで敵意が刻まれている。
「昨日の一件、風の噂に聞きました。どこまでが本当かわかりませんが、少なくとも後ろに使い魔を従えている以上、”貴重な《願い石》を勝手に使用して使い魔をつけた”という部分は信憑性があります。何か否定する部分はありますか?」
「いや、ないっす」
距離を置いて様子を見ていた生徒たちが騒ぎ出す。内容が内容だったため、昨日の一件は一夜にしてあっという間に広まったようだ。しかしロックに直接問い質しに来たということは、あくまで当事者から噂の真偽をきちんと確認したかったのだろう。
初めて話してみたが、その行動からロックはアリアナが誠実な人間であると印象を抱いた。
「あなたが最低ラインの成績に身を預けようがどうしようが、それはあなたの責任であるためどうこう言うつもりはありませんでした。しかし今回ばかりは目を瞑ることはできませんわ。《願い石》を勝手に使用しての使い魔の主従は、あなたの実力で勝ち得たものではありませんもの。そんな卑怯卑劣な手段を使う人間が同じクラスにいることは私には許容できませんの」
端的に言えば、学園の貴重品を勝手に使ってズルするな、ということを言いたいのだろうか。もっともな意見である。しかしそれでなぜ決闘を申し込むことになるのだろうか、話の流れが見えない。
「事前にお互いに申し出を行い双方の了承を得て戦い、敗者が勝者の申し出を受け入れる。グランクロイツ魔道学園の校則の一つである正式な決闘ですの」
戦う前にお互いの願い事を相手方に申し入れて、特に問題ないなら戦いで決めるという。実力主義的な校則の一つだ。お互いの了承が前提条件なので、圧倒的な戦力差があった場合でも、片方が了承しなければ成立しないため、強者による一方的な支配には発展しない。
「私が勝った暁には、あなたに自主退学していただきますわ!」
そうきたか、昨日の今日でまた退学の可能性が浮上することになろうとは。ビシリと自分に刺される人差し指を見ながら、ロックは辟易する。しかしアリアナの意見は極々当たり前の正論である。お互いの了承が前提の決闘で挑んでくるあたり、ロックにも断る権利をきちんと与えている。
成績最下位のまともに魔法が使えないロックにはアリアナと戦っても無様に負ける結末しか想像ができなかった。アリアナに感謝し、申し訳なく思いながらも決闘を断ろうと手を上げて口を開こうとしたのだが。
「いいよー、マリーが代わりに受けるね」
ロックの背後の空中で、足を組んで座るように浮かんでいたマリーが、ロックが断るよりも先に決闘に了承してしまっていた。断る気満々だったロックは、主人の了承も得ずに勝手に決闘を受けた身勝手な魔女に振り返る。
「え、ちょ、お前が代わりに受ける!? なんで? てかそんなことできんの!?」
「お互いが了承であれば、魔導士が手を出さずに使い魔が代わりに戦ってもいいって決まりがあるんでしょ?」
誰に聞いたのだろうかそんな話。ロックの顔にもそう出ていたのだろうか、マリーは浮かんだまま背後に指をさすと、ジェイドがやぁと手を上げた。いつからそこにいたのか、決闘の話を聞いていた際に一通りの規定は説明したと涼しい顔で言われて、ロックはジェイドの足に蹴りを入れる。
そんなやり取りをしている間にも、マリーはロックにお構いなしにアリアナと決闘の話をつけ始める。
「学内の講習が終わるのは実技を含めて午後三時だっけ。ならその後でいいかな」
「そちらがそれでよろしいのであれば私はそれで構いませんわ」
勝手に話を進めるなとロックは慌てて引き返し二人の間に入ろうとするも、空中で見えない壁に激突して跳ね返されその場にうずくまる。アリアナが驚いた顔でロックを伺うも、マリーはアリアナに向いたまま。この壁を設置したのはおそらくマリーだろう。
「じゃあ私が勝った場合なんだけど、ご主人と友達になってくださーい」
お願いしますねとマリーは両手を合わせて顔の横に持っていき、小さな子供が物をねだるような姿勢をとった。目的の読めないその提案に、ロックは顔の痛みに手を当てた姿勢で完全に固まる。後ろにいたジェイドも目を見開き、食堂にいた生徒たちの喧騒もさらに大きなものになる。
アリアナは一瞬戸惑うような表情を見せたものの、すぐに決心したようで真剣な面持ちでしっかりと頷いた。
「決闘の勝敗判定はシュバイツ先生がよろしいでしょう、彼には私の方から話を通しておきますわ。決闘場の方も一番広い中央広場にあるものにしていただけるようにこちらから申請させていただきます」
「そのあたりはよくわかんないからはーい」
ロックが呆然としている間にもアリアナはてきぱきと決闘に関することを決めていってしまう。待ったをかけようと口を開くも、驚いたことに声が出てこない。必死に口を動かして息を吐きだすも、音が全く発せられない。
口を開いても何も言ってこないのをアリアナは了承したと受け取ってしまったのか、では放課後に。ごきげんようと優雅に挨拶してその場を離れてしまった。
「おまっ勝手に決闘なんて……あ、声が出る」
アリアナが退出するまで全くでなかったロックの声が、扉がばたりと閉められると同時に発声できるようになった。それでも不安になったので軽い発声練習をして確認した後、恨めし気にマリーに向き直った。
「おい今何しやがったお前」
「黙っててもらった」
ロックの横に降りてきたマリーは悪びれる様子もなく平気な顔で答えた。抗議するロックを無視してマリーは食堂の配膳台まで滑るように飛んでいくと、デザートを全種類器に盛りつけ始める。
「よりによって魔法の実力者アリアナ嬢との決闘とは、ご愁傷さまで」
「うるせぇ、お前楽しんでるだろ」
マリーと入れ替わるようにロックの後ろにやってきたジェイドに噛み付く。ロックの楽しんでいるという指摘通り、ジェイドは面白い見世物を見つけたと言わんばかりに笑顔が輝いていた。
「まぁまぁ、マリーちゃんが勝ったら学年中の憧れの的であるアリアナ嬢と友達になれるんだぞ」
「負けたら今度こそ退学になるって分かってて言ってんのか」
「もちろん。そのほうが面白そうじゃないか」
調理師が丹精込めて調理した料理を台無しにする可能性をギリギリの理性で考慮し、配膳棚で朝食を選びながら笑顔で答えたジェイドの背中に、あらん限りの力を込めて回し蹴りをくらわせるのをぐっと堪えた。