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開戦

 ドミニカ王国の王フロストは、常に不満だった。他国を見下す風習が根強く残るこの国で英才教育を受けた王は、傀儡を望む周りの臣下たちによって、歴代でも偏見が一番強く強欲な王であった。

 民とは即ちただ一人の王のためにある。幼少の頃から、数多の人間によってそう吹き込まれた愚かな王は、自身に優れた政治能力が無いにも関わらず、他の国とは比べ物にならない絶対王者であると信じて疑わなかった。

 本物か偽物かの区別もつかない王に、偽の装飾品を送り付けて褒め称え機嫌取りをする臣下により、宝石王から奪われた数多の本物と知らぬ間に挿げ替えられ、その玉座の間は無能にふさわしく偽物ばかりが飾られていた。


「兵の準備は順調か?」


「は、間もなく出兵の準備が整います」


 フロストは玉座に腰を下ろし、片腕をつきながら、一番近くに控えていた臣下に声をかける。

 宝石王の装飾品を売り飛ばして私腹を肥やしていた臣下は、人間であると判断することすら難しいほどに横に肥大化し、ほぼ球体のような姿をしている。脂肪によってパンパンに膨れ上がったその手の指には、色とりどりの豪華な宝石が散りばめられた指輪をすべての指にゴテゴテとはめ込み、脂肪で横に引き伸ばされた顔はガマガエルよりも醜かった。

 宣戦布告の概念がないこの世界で、コルドネア王国への出兵は準備が出来次第侵攻する手筈となっている。王都であるこの場にフロストが留まっているのは、不手際で浮足立っているコルドネア王国など、王が不在でも攻め込むに足ると思い込んでいるが故であった。

 コルドネア王国王宮での魔物の襲撃。この話はドミニカ王国に噂として流れるよりも先に、あるルートから極秘に臣下たちに伝えられた。そして帝国を望み、大陸の帝王を目指す国王に伝えられるや否や、即座に侵攻の指示を出した。コルドネア王国を支配圏に置くために、混乱している今が好機だと踏んだのだ。

 魔王と伯爵家の子息が互角に戦ったという情報が正確に伝わっていたのであればありえないはずの動きは、臣下たちの洗脳によって、魔王が人間に敗れるほどに実は弱く、それを打ち破った伯爵家の子息も実はいうほど強くはないという、勝手な憶測によって過小評価されたためであった。

 政に携わる臣下達は戦争に直接参加はしない。武器商と裏で繋がり、戦を起こしてさらに裏金で私腹を肥やそうと動いていた彼らは、自分達は安全圏である王都から高みの見物を目論んでいる。戦いに駆り出されるのは、決まって兵を率いる貴族の人間と民兵だった。

 ドミニカ王国とて、戦はそれほど経験しているわけではない。それでもここまでの速度で十万の兵を収集できたのは、一重に普段から貴族は王に媚び諂い、平民には厳しかったためである。王命であれば、逆らうことは死を意味する。貴族に逆らい晒し首にされた平民の首が町の広間に置かれることが常であるこの国では、貴族、果てには王に対する絶対的な畏怖があった。


 兵の準備が整ったという知らせが通信魔法で入り、フロストはニヤリと笑って侵攻の指示を出す。



「十万、それだけの数隠しきれるものでもないのに、あれで隠しているつもりなら、こちらとしては笑うしかないな」


 コルドネア王国の領内に侵犯してきたドミニカ王国の兵を眺めながら、ゼギルデイドは笑いを隠せなかった。十万の兵が国境付近のメロトロ森林に隠れ潜んでいるという情報を持った早馬が届いたのは二週間前。それから偵察を何度も派遣し、侵攻の様子があればいつでも迎え撃てるように、同じ十万の兵を用意していた。

 コルドネア王国は魔王の森と隣接し、かつ約千年前の大戦の中心にいた国家である。いついかなる時も自身を鍛錬し、磨き上げることを美徳とする国民性から、貴族は言われずとも武術を学び、平民にも徴兵制度があり、一定の期間国の兵士として鍛え、国に仕える義務を負う。その為、開戦の兆しを聞きつければ、どの国よりも迅速に鍛え抜かれた兵が集まる国だ。


「ドミニカ王国にしては動きが迅速過ぎるくらいですよ、殿下」


「やはり、鼠が紛れ込んでいるか」


「申し訳ありません、現場に居合わせた人間が多く、まだ特定に時間がかかるかと」


「まぁ、入り込んでいてもこの程度となるとあまり大した被害はないだろうが、芽は早めに摘んでおかねばな」


 軍勢を指揮する中央後方に、軍馬に跨ったゼギルデイドとアルフレッドの姿があった。メロトロ森林を抜けた先の平野が見渡せ、尚且つ平野側からは視認しにくい丘に、十万の兵を率いて待機している。

 鍛え上げられた兵士と、貴族に怯え続ける民兵では、その顔つきからも士気の違いをはっきりと見分けられる。

 その上この度、ロックベルからの提案で、ある奥の手があったのだ。


「あーらら、そのまま平地に入るんかい。格好の的じゃん。良いの、あれ撃っちゃっても」


 鞍のついたワイバーンに跨った魔王オブティアスが、二人の隣で不敵な笑みを浮かべながら様子を眺めている。


「侵攻されているのは我がコルドネア王国で、我々は同盟国である魔王国に支援を依頼した。これで十分体はなされる」


 ここに来るまでに何度も説明された話を、ゼギルデイドは繰り返した。ロックベルはオブティアスの兄ロクソベルグによく似て見かけよりもずっと頭が回ると、オブティアスは自慢の甥っ子に何度目かわからない称賛を送った。

 ドミニカ王国の不穏な動きを耳にしたロックは、ドミニカ王国とコルドネア王国、そして魔王国の三つ巴の戦争を見据えた。王宮で王子を襲撃した事に対して、軍事力の強いコルドネア王国は恐らく魔王国に対して開戦の風潮が現れる。王族やスカーレット家が貴族を抑えることが出来ても、平民までは対処できない。

 そこでロックは、魔王直々に今回の件をコルドネア王国に真摯に謝罪し、更に同盟を結ぶ提案をしたのだ。同盟国となれば、先の襲撃事件があっても簡単には戦争を仕向けることは出来ない。また、スカーレット家と王族の様子から、コルドネア王国の国民は、誠実さを何よりも美徳とする風習を見破り、魔王が国王に対して真摯に謝罪する姿は国民の戦意を少なからず削いだ。

 情報を流した鼠を探している段階ながらも、開戦準備に重きを置いていたのか情報の伝達が遅れ、ドミニカ王国には魔王がコルドネア国王に国民に公開された状態で直接謝罪したことがまだ伝わっていなかった。ひょっとすると魔物を見下す風習から、魔王の謝罪自体、あまり重要視されなかったのかもしれない。

 そしてこのドミニカ王国の侵攻は、魔王国がコルドネア王国と同盟を結んだことを他国に知らせる、絶好の機会に変わったのである。


「なんならアルフレッド様と同時に攻撃なさいますか?」


 オブティアスの少し後ろで、同じようにワイバーンに跨っているルシフォードが提案する。彼らの眼前には、魔獣の軍が五百程集まっていた。数こそ圧倒的に少ないが、その種類は様々で、魔族として初めての軍としての戦争に、皆興奮を隠し切れない。

 人型は歩兵、獣型は騎兵、飛行型は航空兵、大型は砲兵として、自身の長所を生かす戦い方を行えという、魔王オブティアスからの命令を、忠実に守ろうと張り切っている。


「やめておけ、今回の目的はあくまで追い払うことだ。余計に被害を出しても、後々厄介な事にしかならん」


 オブティアスは戦争をしたくはない。だがこのまま放置していれば、魔王国は確実に千年前の二の舞を辿る。だからこそ、この戦いで知らしめなければならない。人とも協力することの出来る魔物もいるのだと。人を襲うだけが、魔物の本分ではないのだと。ただ、純粋に力を求めているだけなのだと。

 死者は出してはならない。その条件を課して戦い、勝利せよ。それがオブティアスの出した戦う方針。弱肉強食が常である魔物にとって、勝利するだけならば容易い。ならばより難易度の高い戦いをしろという方針は、魔物たちにも十分通じた。

 ドミニカ王国の兵が少しずつ迫ってきた。これ以上先に進めば、丘を認識できる場所に歩兵が届くだろう。ゼギルデイドは時が来たことを悟り、馬を半歩ほど前で進めて、兵たちに呼びかけた。


「我がコルドネア王国の鍛え抜かれた精兵よ! 我が国を見下し、侮ることしか知らないドミニカ王国に、一泡吹かせてやろうではないか! 進め!」


 王子殿下の一声に、国を守ることが義務であり誇りである軍は咆哮するように士気を高めて、丘の上から前進を開始した。

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