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森林

 転移魔法陣をくぐると、しばらく虹色の空間を飛んでいるような感覚に襲われ、あまりの光の激しさに目が痛くなるほどだった。上下が分からず、体の感覚が分からなくなってきた頃、唐突に足に地面を感じるが、身体の勢いそのまま、地面にベシャリと無様に叩きつけられた。痛みに呻き、身を起こせば、森林のふかふかとした湿った土がガウンについているのが、何もない空間に土だけ浮いている様子からわかり、慌てて土を叩き落とす。


「ロック、顔が見えてる、フードフード」


 どこからともなくジェイドの声がした。ロックは指摘されて初めて首から上だけが空中に浮かんでいる状態にあることに気づいて、慌てて背中を探って大きめのフードを深くかぶる。

 周りは鬱蒼と茂る深い森林だった。湿気が多く、そのせいか霧が深い。地面を見れば、足跡が残っていることが分かり、そこからここに人がいることがやっと判断できる。少し離れれば、それなりの人数がここに転移してきたことは分からないだろう。

 転移魔法陣をくぐるのはロックが最後だった、段取り通りだ。フードを被っていなかったのはある意味最終確認にはよかったのかもしれない。ロックがフードを被ると同時に、移動する足跡と、布のこすれる音がし始めたからだ。

 音をたどるように、他の魔導士についていく。ザクリザクリと、湿った腐葉土を踏みしめれば、腐りきっていない木の葉が滑り、足元がおぼつかない。執拗に絡まる木の根に、時折足をとられそうになりながらも、音に置いて行かれまいと歩を進めた。

 ここから先は、計画がない。大まかな位置を割り出されたといっても、到着後にマリーにまた案内してもらう手はずになっていたからだ。使い魔は主人が止める間も与えずに先行した。無理矢理にでも呼べば戻ってくるだろうが、ロックだけは理解していた。あの魔女は、自分の意思以外で自分の力を使われることを望まない。

 マリーが使用した探知魔法は、ハンニバルでさえ展開することが出来ないほど、高度で複雑だ。ハンニバルが出来ないことが、同行する講師の魔導士たちにできるはずもなかった。故に、精霊王がかけた結界魔法を突き破ってその居場所を探知するほどの強力な魔法を扱えるものは、この場にはいない。

 森中をしらみつぶしに探すほかないが、数日野宿しなければそれも達成できないほどにフォルトゥナ森林は広い。同行する講師魔導士には、そんなフォルトゥナ森林の地理を多少は知っている、ドミニカ王国出身で、国に帰属せずに学園に留まり続けた者たちで形成されている。

 ドミニカ王国と、グランクロイツ魔導学園の境にあるエルプッサ山脈の麓にあるのが、フォルトゥナ森林だ。海から遠く離れているにも関わらず、標高の高い山に囲まれたためか、天候が悪いことが多く、湿気のため霧が深く森を覆う。迷いの森とも揶揄される程に、視界が不明瞭で、広いのだ。確かに、隠れ潜むには絶好の場所かもしれない。


 一日目は、結局何も見つけることは出来なかった。お互いに通信魔法で場所や状況を確認し、夜になる前に合流して、野宿の用意を始める。マリーの介助がないためロックは通信魔法が効かない。その為必ず足音が聞こえる範囲にいるようにと釘に刺されていたので、問題なく合流できた。

 森を覆う霧は、野宿のための火も、簡単に隠した。森の外からは火を焚いていることも分からないくらいだった。普通の方法なら火さえもつかないほど湿気ていた薪を、空気魔法で乾かし、火炎魔法で火をつける。魔導士でなければこの所業は出来ない。小麦粉を練って木の実を混ぜ、保存のためにしっかりと乾燥させた携帯食も、森の湿気に若干湿っていた。

 普段なら飲み物が必須であるほどの携帯食を、ホロホロと程よい口溶けになった状態で口に入れながら、ガウンのフードだけを外した状態で、ロックは手ごろな倒れた木に座り込んでいる。

 空間に認識阻害の魔法をかける方法をとったため、この場の全員が体にかけた認識阻害の魔法を解除していた。ロックがガウンを着ていたおかげか、吸収魔法が空間魔法に影響しなかったのだ。


「こっわい顔してるよロック。おさえておさえて」


「うっせ、地の顔だっつの」


 ヨハンが隣に座って、両手で大げさなジェスチャーをする。噛みつくようにロックは答えた。同じように周りに腰を下ろす音がして、見ればジェイドとアリアナも近くに座って、貴族らしからぬ携帯食を、まるで貴族が嗜むべき嗜好品であるかの如く、上品に口にしていた。


「貴族って怖い。ただの携帯食なのに、豪華な食事みたいに食べてる」


「あっれ、俺はもう貴族辞めたんだけどな」


「習慣は簡単には抜けません事よ。特に、普段から優秀であるのならばね」


「お褒めに頂き光栄ですよ。アリアナ嬢」


 貴族だったならば、求婚いたしましたのに。そう続けたジェイドの言葉を、アリアナは丁寧に断った。いつもの冗談のやり取りだった。

 自然と体から力が抜けていくのが感覚で分かる。ロックも気付かないうちに気を張っていたようだったが、それは他の三人も同じだったようだ。ロックは心を落ち着けようと息をゆっくりと吐いた。

 精霊王がその身を潜めてから、何千年とその時が過ぎている。フォルトゥナ森林は、確かに隠れやすい場所でこそあるものの、地元の人間がからすれば、四日はあれば全貌が把握できる。

 過去の歴史でも何度も捜索隊は派遣されたが、見つからなかった。つまり、フォルトゥナ森林のどこかにそっくりそのままあるとは考えにくい。

 マリーはあくまでこの辺りと指さしたが、森を探せとは口にしていない。ひょっとすると、前提から考え直さなければならないかもしれない。

 ロックが思考の海に沈みかけたことに気づいたアリアナが、意識を浮上させるように声をかける。


「ロックベル、その顔は何か考えがございますわね。話してくださいます?」


「まだきちんと考えまとまってねぇけど……森林のあたりにいるって言っただけで、森林にいるってマリーは言ってたかなと思ってよ」


「うん? どうだったかな、あれ? そういえば森にいるとは一言も言ってないような……」


「この辺りと指さしましたが、確かに森の中とは言っていませんでしたわね」


「ちょっとまって、それって、そもそもの森林の捜索は無意味ってことだったりする?」


 全員、マリーが探索魔法を使ったときその場にいたのだ。記憶をたどってみるが、地図を指し示すようにして指をさされはしたが、森の中とは一言もマリーは言っていない。

 フォルトゥナ森林も、その霧が濃く鬱蒼とした森に何か隠れたものは無いかと、ドミニカ王国は定期的に捜索を行っていたはずだ。結界魔法を使っていたとしても、神殿は大きい、全て隠すことなどできるのだろうか。

 全員が考え込むように視線を下ろし、それぞれが腕を組んだり、顎に指をあてたりしている。

 四人が深い思考に沈み、背後に長い影を落としながらパチパチと燃え盛る焚火の炎を、その常に揺らめく不定形な形を目で追う。


「森の中じゃない……じゃあ、この近くだとして、可能性としてどこだと思う? ずっと隠れ潜むのに最適な場所って」


 この辺りにはもうエルプッサ山脈しかない。地殻変動によって年々高くなっていく、白い岩肌だけの何もない山脈。

 何もない山脈、しかしその言葉に、ロックは一つの可能性を閃いた。


「うん? 何もない、何もない?」


「えっ、きゅうになに?」


「エルプッサ山脈って、見た目岩肌だけでなにもないよな」


「あぁうん、そうだな、年々高くなってるってだけの山だな。岩肌だけで何もない」


「見た目岩肌だけって、つまり見たままって判断だよな。あそこって誰か調べたか?」


「いえ、私が記憶している歴史上、山脈が厳しすぎて、山頂にたどり着くことすらできないと、登る者もほぼいません。調査など聞いたことがないですわ」


 一つの可能性が、全員に見えてくる。

 見た目は何もないただの岩の裸山、しかしその麓には、年中濃い霧で覆われた、何か隠していそうな大きな森林が広がる。人が隠れるならどちらを選び、探す側はどちらを探すと考えるか。

 その考え方を逆手にとれば、怪しげな森林に注意を引き付けておけば、一見して何もない山脈が注目されることなどない。認識阻害の魔法を使えば、たとえ直接姿をさらすように岩肌に神殿がくっついていたとしても、一見すればただの岩山だ。


 翌日、捜索隊にロック達は考えを伝えた。森林からエルプッサ山脈に足を運び、ロックがガウンを脱ぐと、岩肌に五大王時代の古代文字が刻まれた、巨大な白岩の門が姿を現した。

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