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先行

 石造りで出来た、薄暗い廊下を進む。長い年月を経たであろうそれは、所々腐って崩れ、蔦が絡み、歩くのも不安になるくらいには風化しているが、そんなことも気にならないように、軽快な足取りで、足音で自分の居場所が知られても気にならないという余裕の表情をしながら、蜘蛛の糸ほどの僅かな魔力の反応を頼りに、先へと進む。

 中庭のような場所に面した、小さな通路。かつての整然とした面影はどこへやら、同じような大きさに切りそろえられていた木は、通路にも進出するほどに伸び放題で、その根元には、雑草が鬱蒼と生い茂り、多数の虫が跋扈している。

 時折、小さな光の球体が行く手を阻むように視界に入って遮ってくる。ひらひらと蝶のような動きで、小さな羽音を立てながら、淡く光るそれは、よく見れば小さな人の姿を形取り、白目と黒目の境がない、真っ黒なコガネムシのような目を向けて、これ以上先に進むなと必死に威嚇する。

 妖精。自然を操り、周りの空間の魔法を扱うその生き物は、並の魔導士でさえも苦戦するほど相性が悪い。だが、彼女には通じない。興味のないような白い目で見つめ、あっさりと掴み、手の中でじたばたともがき、逃げようと懸命に動くそれを、腐った果実の如く簡単に握りつぶした。


「死にかけで動けもしないか。前であれば一匹やられそうになる前に飛んできたというのに」


 掌に残る妖精の残骸が、その手を開けば虹色の光になって、風に吹かれて飛んでいく。これでもう八匹目。

 妖精は賢い、その筈だったが。何匹やられても学習できないほどに、その知能は廃れ始めている。こんなところに閉じ籠り、知識を授けるべき頂点が長い年月伏していれば当然と言えば当然。井の中の蛙になり果てた妖精に、その状況に甘んじてきたことに対する失望を隠せなかった。


 魔女は、マリーは、精霊王が自身を守るために幾重にもかけた厳重な魔法を、息をするのと同じ程の気軽さで、ほどき、くぐり抜け、同じものを掛けなおす。そうやって進んでいく間にも、妖精が一匹、また一匹とその前を阻もうとしては、躊躇なく握りつぶされた。


「なるほどなぁ、人間が利用しているか。地下にいくらかいるのは、果てか。やれやれ」


 歩きながら、魔法の気配をその身で探る。人間が動き回って結界の魔法を解いた後、この場所を占拠したと、すぐに理解する。地下に蠢く魔法を感知し、その正体にいち早く気付いたが、気にも留めない。

 現在の人間の気配を探る。いる。ただし、侵入には気付いていない。元々こちらへはあまり来ることがないのか、それとも妖精が多くて近づけないのか、神殿の遠く離れた場所に気配を感じるのみで、動く様子はなかった。

 この場には不釣り合いな鉄の扉にたどり着く。かつて建物と同じ石で出来ていた扉と取り換えられた、厳重に封鎖され、魔法で固く閉じられたそれを、手を触れると同時に解除する。手が触れた部分から白い水面が揺れるように扉を包み、ガチャンと開く音が、妖精の羽音しかしない静寂に大きく響いた。

 部屋は薄暗く、部屋中を覆いつくさんとする薄い天蓋が幾重にも重なり、何かを大切に隠すように、その奥は見えなくなっていた。掠れそうなほど、わずかに聞こえる呼吸音。一歩先に進むと、部屋の奥がうっすらと白み始めた。天蓋を一つ、また一つとくぐっていけば、それは妖精の光が集まっていることが少しずつ見えてくる。

 ここに来るまでに何度も聞いた威嚇音。最後の天蓋をくぐり、光に包まれたそれは、ベッドに横たわった、神秘的なほどに美しい女性だった。両手を握り、祈るように胸の上に置いたまま、しかしその薄緑の肌は、少し痩せ衰えている。髪のように頭から伸びた蔓は、かつての瑞々しさも伺えず、今にも枯れそうなほど萎びて、所々が黄色く変色していた。

 妖精の音に、その女性はゆっくりと目を開け、魔女がその瞳に映った瞬間、恐怖におののく表情に変わる。


「マ……リ…………様……」


「言葉すらなくしかけているか」


 魔女の目は、憐みではなく、呆れ果てた色だった。精霊王は、出ない声で必死に、妖精にこの場から去るように呼び掛ける。震える手を必死にあげ、掠れる声。その場の魔法に敏感な妖精たちは、精霊王の必死さに痛み入り、一匹、また一匹とその姿をくらました。


「助けに来たなどと思うてはいないだろうな? 私がそういう者でないことぐらい覚えているだろう」


 魔女の問いに、精霊王は苦々しげに必死に目で表情を作る。その反応を見て、満足そうにニタリと笑うと、マリーはベッドの足元辺りに腰を下ろした。


「弱虫で意気地なしなお前が真っ先に死ぬものと思っておったのになぁ、今なお健在なのはお前のみだ。聖竜王こそ安らかに逝ったが、魔獣王は争いを好むが故に真っ先に、叡智王は己の知識に溺れて内輪揉め、宝石王は財に目が眩んだ愚か者どもに葬られた。わからんものよな」


 かつてあった昔を思い出すように、魔女は遠い目で虚空を見つめる。人間を統治するために作られた種族、五大王。

 魔獣王はその名の通り、魔物に獣が合わさったような種族であり、本能のままに争いを好んで、人間を統治するどころかひっきりなしに戦争を仕掛け、見かねた他の王により真っ先に滅ぼされた。

 精霊王は魔獣王が滅ぼされ怯えた。故に人間を見捨て、神殿ごと誰にも見つからない場所へと逃げ込み、震えながら隠れ続けた。

 叡智王はエルフ族だった。しかし彼らのその叡智は人間に理解されず、統治者との間に確執をもたらし、あっさりと人間を見放して森に引きこもった。彼らは自分たちが優れているという叡智故の錯覚から、他者を見下し、その考えは同種族にも起こり、身内同士で醜く争い滅んだ。

 宝石王はドワーフ族で、地下鉱山に引きこもり、宝石に金銀財宝と、王の中で一番の富を築いて国を潤した。だがそれだけの富に、人間は目がくらみ、再三にわたる襲撃の果てに滅びて富は失われた。

 五大王は、こうして滅びた。人間は統治者を失い、結局人間自身が統治者に成り代わり、長い年月と争いの果てに、今の国の形が成り立つようになった。

 精霊王は、懐かしそうに語る魔女に、激しい憎悪の瞳を向ける。全て理解していてその様にしたのは誰だ。争いが起こると分かっていながら、あえて五大王の欠陥に目を瞑り、人間の国に放り込んだのは誰なのかと。


「流石に長い年月を重ねれば、どうして自分たちが生み出されたか理解するか」


 精霊王の憎悪の瞳を覗き見ても、魔女は面白おかしく苦笑するのみ。後悔も反省も見せないその表情に、精霊王は嫌悪感しか湧かなかった。

 動かない体を必死に動かそうとしながら、精霊王は魔法使いが最後に残した言葉をかみしめる。「眠らせた」と、彼は傷付き、疲労しながらそう告げていた。


「私がなぜここにいるかって? 事故のようなものだな。半人間に使い魔にされるくらいの事故だ」


 嘘だろうという懇願に似た瞳をした精霊王に、魔女はまた苦笑した。それが事実であると、彼女は左手に付けられた使い魔の紋を軽く振って見せる。


「眠り続けるのには飽いた。せっかく起きたのだから、茶番に付き合ってやろうと思ったわけだ」


「ならそのまま茶番に付き合ってもらえませんかね」


 マリーが顔を上げて声のした方に振り向くと、ロック達と同じくらいの年齢に見える茶髪の少年が、神父のような服装で、最初からそこにいたと思うほどの自然さで、にっこりと笑っていた。


「驚かないんですね」


「そこの設置型の転移魔法陣だろう? 見えているのに驚いてほしいのかね」


 マリーの言葉に、少年は眉を吊り上げた。それぞれ高度の透明化魔法と感知阻害魔法を幾重にも駆使して、絶対に見つからないように隠し込んだ転移魔法陣を、一瞬にして見破られたのだ。

 少年は焦りが悟られないようにゆっくり動いているが、その鼓動音、汗の量、呼吸から、魔女には焦っていることが筒抜けで、少年が必死に隠すそのさまを見て笑う。


「厄介な奴は同じ厄介なものに対処してもらえばいい」


 少年がそう言って手をマリーに向ける。即席の転移魔法陣が展開されるも、マリーはその先に何があるのかという好奇心の方が強く、抵抗する気は微塵もなかった。

 低位の転移魔法陣特有の、虹色に目まぐるしく輝く転移空間を抜けた先は、石造りの大きな部屋だった。明かりがないため闇が支配するが、転移したときの音の程度からかなり広い空間であることが把握できる。石同士がこすれる様な、重いガリガリとした音が響いた。

 マリーは掌に真白な球体を作り出して、上に向かい投げる。眩い白い光が輝き、覆いつくしていた闇を、黒を白で塗り返すように空間が均等に明るくなった。

 石造りで出来た巨大な空間。窓はなく、先程の音の響き方からここが地下深くであることは想像がついていた。目を凝らさなければ見えないほど離れた石壁に扉も設置されていない様子から、ここに来るには転移魔法しか方法はないことがわかる。崩れた石壁は、風化ではなく、何かが叩き付けて壊そうとしたかのように、大きく抉れ、瓦礫が細かく砕かれて散らばっていた。

 呻き声。マリーから大分離れたところにいたのは、学園の校舎の一部と同じか、それより一回り大きいくらいの、巨大な竜の骨だった。眠っていたのか、蜷局を巻くように固まっていたその身を起こし、ゆらりと、憎しみに染まった赤く光る眼を、現れた魔女に向ける。


「スカルドラゴンか。これを抑えるために力を使って疲労していたのか。馬鹿馬鹿しい、暴れさせておけばすぐ消えるというのに」


 咆哮。魔法が付与されたそれを、マリーは左手人差し指で制する。背後に亀裂が入り、地面を伝って壁にまでヒビが入るが、魔女は無傷のまま、その人差し指をフッと吹き払う。


「上にあるのは、果てか。なるほど、あそこよりさらに下か」


 スカルドラゴンが吠えながら、翼を広げて上昇する。凄まじい羽音を立てながら、勢いをつけるようにゆっくりと上昇した後、一直線にマリーに突っ込むも、彼女はそれを左手で軽く受け止めた後、ゴミを投げるようなしぐさで腕を左に振った。

 マリーに攻撃を仕掛けた時の十倍以上の速さで、スカルドラゴンが遠く離れた壁に激突し、上半身が壁にめり込み、ボロボロと崩れて霧散し始める。


「まぁ、ご主人来るまで暇だし、遊ぶか」


 スカルドラゴンが完全に崩壊したのを確認すると、パチンと指を鳴らせば、朽ちたはずのスカルドラゴンが再びその前に現れる。

 増悪と怨嗟しか知らない最悪の魔物は、魔女によって何度も何度も、殺されては戻され、殺されては戻されるのを繰り返しはじめた。

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