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発足

 精霊王の居場所が割れると宣言したマリーを、すったもんだでシュバイツに慌てて報告し、急遽精霊王捜索隊が発足された。参加するのは魔導士としても熟練の講師が十数名程。マリーを連れて行く必要から、新入生であるにもかかわらず、ロックのパーティも参加が決まり、全員が慌てて準備に奔走している。

 精霊王から癒しの水を分けてもらうことが出来れば、とりあえず病気の方は沈静化する。沈静化さえすれば、人手不足も解消されて調査の方にも手が回るだろう。もちろん今も調べていないわけではないが、魔法を使わない状態で調べるとなると出来ることは限られてくる。


 しかし、早急にしなければいけない理由はそれだけではなかった。ドミニカ王国に不穏な動きがあったからだ。

 戦争準備、平たく言えばそうだろう。他の国にはできるだけ内密に動いている様子ではあるが、何分他の国を卑下する姿勢を常とするドミニカ王国なので、内密のつもりが、他国に比べるとあまり徹底されておらず、筒抜けだった。

 実際、夏季休暇から戻ってきた生徒に、ドミニカ王国出身の者は少ない。ノーマンも戻っていなかった。

 もし戦争となるならば、問題はどこに仕掛けるか。魔王の国は一番反対側であるためまずそれはあり得ないとして、残るはコルドネア王国とナハム公国。兵の配置と移動の様子から、コルドネア王国への戦争を仕掛ける様子であることが判明した。


 グランクロイツ魔導学園でも、国ではなくあくまで学園であるため他国への介入は出来ない。つまり、戦争の動きを察知できても、学園から止めることは出来ない。国同士で何とかしてもらうしかないのだ。

 しかし弱ったことに、マリーが精霊王の大まかの位置を魔法で割り出した時、精霊王がよりによってそのドミニカ王国の領内に神殿を転移させていることがわかり、ハンニバルでさえ狼狽した。

 学園長室に通された後、二十人ほどは軽く入りそうな広さの部屋を埋め尽くさんとするほどの、複数の複雑な魔法陣を片手で展開したマリーは、部屋にいたロックのパーティ、ハンニバル、シュバイツ含め教員が五名ほどの全員が魔法陣の中に埋もれながらも、人の存在にも阻害されないその魔法力に魂が抜けるほどの驚愕を露わにしながら、部屋にある趣味のいい調度品が青く光る魔法陣に照らされるその様子をじっと眺めていた。


「あー生きてるけど死にかけてるね。随分と反応が弱い。道理で探索魔法で探さないと気付かないわけだわー」


 そういって、大まかな位置はここだと指さしたのは、学園とドミニカ王国の中間ほどの距離にある森林、フォルトゥナ森林だった。この魔女相手では、たとえ阻害魔法を使ったとしても、この世の果てでさえ見つかってしまうだろう膨大な魔力を、その場にいる全員が感じ取って震えた。

 戦争を起こそうと動いている国に、精霊王がいるから探索させてくれと頼むのは、流石に愚かすぎる。故に今回は行動を伏せて行う隠密捜索となった。

 準備のため、転移魔法陣の一つ手前、普段は転移魔法陣の申請書類を書くためでしかない、木材張りの質素な部屋に集められた捜索隊。最低限の装備を取り付け、視認を阻害する魔法を同行する講師達にかけてもらいながら、ヨハンは戦争が仕掛けられるコルドネア王国の貴族であるアリアナの方を見る。

 ロック達が見ている目の前で認識阻害魔法が施され、頭の上から少しずつ透けていく様を眺めているのは何とも奇妙だった。


「アリアナは戻らなくて大丈夫? 狙われてるのはコルドネアでしょ」


「お兄様にゼギル殿下もいらっしゃいますもの。両陛下とて馬鹿ではありません。ここは国に帰属する民として、彼らを信頼するだけですわ」


「ご主人、私先に行っとくから、訓練がてらいらっしゃいなさいな」


「は? 何言ってんだお前」


 アリアナたちの会話に意識を集中させていたロックは首を傾げた。

 ロックはまだ吸収魔法の切り替えができないため、視認阻害魔法が吸収されてまともに機能しなかった。講師達が躍起になってかわるがわる魔法をかけるが結果変わらず、その事実に魔導士としてのプライドから少なからずショックを受けて講師達がうなだれている中、捜索の一番の要であるはずの使い魔は、のほほんとしながらとんでもないことを口にする。

 パーティ全員が驚愕の表情をマリーに向ける様な、振り返る音が聞こえたが、認識阻害されているせいでその姿までは確認できない。


「精霊王の顔くらいは眺めておこうかと思って。それに神殿に近づけば、ご主人の吸収魔法で結界魔法もとけるし。わたしがわざわざ探す必要性はないよ」


 そういうことだからと、講師達が話の内容に気付いて止めようと動く音を耳にしながらも、使い魔は気にも留めずにその場から姿を消した。


「つくづくロックの使い魔は、重要なことは教えてくれるのに肝心なところで協力してくれないね」


 ジェイドのかなり皮肉のこもった声が部屋に響き、全員がうなだれる様な布のこすれる音が聞こえてきて、ロックは一人姿を隠すことが出来ずにいたたまれない気分だった。


「ロックベル、これを」


 行ってしまったものは仕方ないと、ハンニバルに促された面々は、転移魔法陣のある部屋に扉をくぐって移動し始める。お互い姿が視認できないので、ぶつかったり絡まったりする音や、ぶつけた痛みに悪態をつく声が聞こえた。

 そんな中、一人姿を残したままのロックに、ハンニバルが肩を叩いて引き留める。学園に残る側であるハンニバルは、シュバイツも含む他の講師達を後ろに待たせたまま。

 何かを持っているように差し出されたその手には、一見して何もなく、握手でも求められたかのような動きにしか見えない。

 疑問に思いつつもロックがその手をやると、何もない空間に手が触れた。使い古された毛布のようなごわごわとした手触りで、手に持って指先で確認してみると、それは全身を覆いつくすには十分な大きさのガウンだった。


「《願い石》と同じ場所に保管されていた、どんな魔法も通じない認識阻害やその他諸々が掛かった一品じゃ。失くすでないぞ」


 驚愕の表情で顔を上げると、ハンニバルは年齢を重ねたしゃがれた笑い声をあげながら立ち去って行った。取り残されたロックはしばらく手に持っていたそれを指の感覚で確かめながら、意を決しその身に纏う。吸収魔法の影響は、そのガウンには現れなかった。

 全員が、姿が見えないまま転移魔法陣の前に立つ。魔法陣は既に起動しており、淡くゆらめく白い光を放ちながら、時計よりも少し早い程度にゆっくりと回転していた。ロックの吸収魔法が転移魔法陣に影響しないように、事前にマリーに魔法をかけてもらっているものの、それが上手くいくかどうか不安だったため、ロックは最後に魔法陣に入る手はずとなっていた。

 ドミニカ王国への転移魔法陣の使用許可は、取っていない。この魔法陣は、フォルトゥナ森林の入口に直接ハンニバルが繋げている。ドミニカ側にこの一件が知られれば、流石にグランクロイツ魔導学園とてただでは済まない。そのことは重々承知し、捜索隊の全員が深く胸に刻んでいる。

 先だって誰かが転移したのだろうか、姿は見えないままに、魔法陣が一瞬光を増して素早く回転する。それに続くように足音が聞こえたと思うと、同じように魔法陣が光って回転を速める。足音が消えて陣が光らなくなり、自分が最後に残った事を十二分に確認した後、監視している一人の教員を残して、ロックもその魔法陣に足を踏み入れた。

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