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後手

 教会から病気の報告を受け、ハンニバルはすぐさま治癒魔法を扱う魔導士を呼び戻して派遣した。驚いたことに、病気は既にナハム公国のみならず、ドミニカ王国、果てには大陸の反対側であるはずのコルドネア王国にまで及んでいた。

 罹患した患者は既に千人以上に上り、病気に耐えきれずかなりの数の死者が出ていた。

 回復した元患者は、国が違うにもかかわらず、全て例外なく行方不明になっていることが判明。それだけではなく、回復した元患者が、惨殺死体で発見された事例もあることがわかり、各国ともに病気対策の大騒ぎになっている。

 幸い、薬こそ効かないものの、治癒魔法が効くことが判明し、学園の魔導士や、各国の専属魔導士が動いて治療に当たっているが、何分動くのが遅すぎた。圧倒的な患者数を前にした魔導士不足。治療しても治療しても追いつかない患者の数。魔導士の努力を嘲笑うかのように、とうとう貴族にも感染者が発生した。

 治療は出来ても、感染源が分からなければ、病気は防ぎようがない。各国に対する国民の不満は、日に日に高まっていった。


 コルドネア王国での魔物襲撃事件は、居合わせたゼギルデイドによって箝口令が敷かれたにもかかわらず、意図的にとしか言いようがないほど王宮から瞬く間に漏れ出していた。

 あっという間に貴族社会に広まり、隣のドミニカ王国にも噂に尾ひれがついて流されるなど、情報操作が追いつかなくなっている。

 魔王を倒した報復や、人間に下った魔王に魔物が従わなくなったなど、その噂の動きはコルドネア王族だけでなく、オブティアス達魔王にまで飛び火していく。

 コルドネア王国の情勢は、そんな噂話に先導された国民によって混乱し、かつて魔王を倒したのならば、戦争をしても勝てるはずだという考えを植え付け始めていた。

 魔物が王宮内に出現した時点で、手引きした者がいる事は王族やスカーレット家も理解していたが、そこからの情報の動きが迅速過ぎたことに、想定外の焦りを感じ始めている。


 病気を操った動きと、連動するかのような魔物の襲撃は、まるで戦争を望んで誘発するかのような攻撃にしか見えなかった。


「どうやらかなり厄介な相手のようだね。神様を名乗る輩は」


 ジェイドが談話室で皮肉めいた顔をしながら呟いた。

 夏季休暇は一ヶ月。戻ってきた生徒たちが荷物を部屋に運んでいるが、皆その表情は重たい。詳しい内容はそれぞれ知る由もないが、これだけ大ごとになれば、多少嘘が混じりながらも噂話程度には事の次第を耳にする。

 父親が神を名乗る相手にそそのかされた身であるジェイドとしては、見過ごせない思いであろうと、ロックはソファの一つに身を沈めながら考える。


「魔法にも種類がありますが、人を病気にする魔法で、更に意図的に弱い子どもや高齢者から狙うとは、質が悪過ぎですわよ! しかも、学園に報告があがった夏季休暇頃から、回復例が一件もなくなるなんてありえませんわ!」


「生徒の身内にも、罹患してる人がいるっててんてこ舞いだよ。どうすればいいんだろうね、これだけ大騒ぎになってるのに尻尾すらつかめないなんて」


 ヨハンの言葉に、全員が口をつぐんだ。そう、国中が大騒ぎになるほどの事態になっているというのに、これだけのことをしでかした相手に関する情報が何一つ掴めないのだ。

 病気の特定もできなければ魔法以外の治療法も分からず、教会から国への情報が滞った原因も不明となっており、唯一治った者に共通しているのは「神を名乗るものが救いをくださった」という概念的な情報。

 新型の魔物も、目撃されたのは王宮を襲撃した一度だけ。それ以降全く姿を見せていなかった。アルフレッドが倒した後、スカルドラゴンと同様に、崩れて消えてしまったため、魔物の解析もできず、ヘキルカイドは生死の境をさまよったままなので、何一つ情報がでなかった。

 分かっているのは、ヘキルカイドと男爵令嬢が部屋に入って二人で話していたことのみ。窓もなく、第二王子の部屋であったがゆえに防御魔法がかけられていたため、転移魔法も出来ないはずだった。

 情報が何一つないまま、各国が踊らされているのである。


「なにか、情報がどこかにあるはずですのよ。何か見落としているはずなのですわ」


 アリアナはソファに座り両手を組んで顔に当て、頭をフル回転させて何かないかと必死に記憶をたどる。


「戦争させるのが目的となると、戦争屋か何かか? 武器商とかに怪しい動きはなかったのか」


「お兄様がすでに調べておりますが、戦争嫌いな魔王に睨まれたくないと怯えて逆に稼業を引退している所の方が多いんですの。彼らの身内にも、病気に罹患している者も少なくなかったので、その線は薄いとゼギル殿下はおっしゃってましたわ」


「金儲けが目的じゃないとするならなんだ? オブティアスをぶっ飛ばしたいのか?」


「それならもうアルフレッドがやってるだろ」


 目的が分からない、それだけで十分不気味だった。

 ジェイドやヨハンが集まる前からロックとアリアナは同じ内容の話題を繰り返し続けている。見落とした情報が何かないか、考えれば考えるほど泥沼にはまっていく感覚に、焦燥感を覚えるだけだった。


「目的がなんであれ、このままじゃジリ貧だぞ。数の不足で、魔導士みんな少しずつ疲労が溜まってきている」


「治癒魔法が効果的とはいえ、回復した例があるのです。何か方法が必ずあるはずですわ、その仕組みさえわかるのであれば……」


「……ちょっと待て、そもそも、なんで治癒魔法が効いた?」


 ロックはアリアナの発言に違和感を持った。新種の病気、薬も薬草も全く効かなかった。回復事例自体はあるものの、その詳細は不明。なのに、魔導士である人間が一番最初に試すであろう、治癒魔法が効果を示した。そう、抜群に効果的なほどに。

 病気が何らかの魔法で、意図的に広められたとしたら、薬や薬草だけでなく、治癒魔法にも対策されていてもおかしくはないはずなのに。


「どういうことですの?」


「おかしくねぇか? 薬や薬草が効かないっつったって、何らかのルートで魔導士に伝わって、治癒魔法が試されればおしまいじゃねぇか。今回は伝達がかなり遅れて後手に回ってるけど、それさえわかればかなり早い段階で病気の蔓延を抑えられる可能性もあったはずだろ。意図的に病気広めたにしては……」


「治癒魔法の対策がされてないのが、逆に不自然だな」


「あっ、確かに」


 ロックの説明にジェイドが続き、ヨハンが納得したように声を上げた。


「そこになんかありそうだな、回復した事例と、行方不明者の関係が」


「技術的にできなかった、という可能性も考慮すべきではありますが。ともあれ、今は病気のこれ以上の感染を防ぐことからですわね」


「そもそも何が原因なんだろうね。患者の環境もバラバラだし、下町の子どもとお年寄りってこと以外共通点ないし。とうとう貴族にも感染したらしいからそこも微妙になってきた」


「国を隔てて感染してるしな、大陸の反対側なんか環境全然違うってのに」


 四人が唸る。病気の専門家でも、医師でもない、知識のないただの魔導士見習いの生徒では、病気の感染原因など、わかるはずもなかった。

 お手上げ状態、分かりやすく言えばそうである。学園の魔導士も、対策を検討しようにも、罹患した者に治癒魔法を使用する方に追われていて、学園もまともな調査が行えていないのが現状であった。


「あーせめて魔導士の負担が減れば調査にもうちょっと回せるんだろうに。癒しの水でも持ってこれたらなぁ、精霊王ってまだ生きてるんでしょ、一度拝んでみたいけど頼めないのかな」


 癒しの水。どんな怪我や病気でもたちまち治すことの出来る魔法の水だ。伝説級ではあるものの、実在しないわけではない。

 ただ、その水をめぐって争いがもたらされたことが何度かあるため、水が湧く湖を管理する、五大王の一人である精霊王は、神殿に引きこもった後、神殿ごと魔法転移して現在はその所在が分からなくなっている。

 投げやりになりながら、「明日の試験なくならないかなぁ」くらいの冗談で言ったヨハンのその言葉。


「あ? あの弱虫まだ生きてんの? 生きてるんだったら気配で大体の場所割れるわよ」


 久しぶりのスカーレット家特製ケーキを堪能していたマリーが、その言葉に食いついた。

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