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立話

 オブティアスは満面の笑みで映像に映っていた。書類の山に囲まれ、背後に大量に本が詰め込まれた本棚、机に座って羽ペンを握り手を動かしている様子から、驚いたことに執務していたようだった。


「ちょうどよかったー! 頭がそろそろ割れそうだと思ってたんだーうおっと!?」


 オブティアスの前に、ルシフォードと、もう一人別の人物が入り込んできた。

 ざんばら髪の目立つ青い髪に、大きな丸メガネをかけている。頭には小さな角が二本生えており、尻尾のようなものが細長く後ろでくねくねしていた。オブティアスの生えているものとはまた種類の違う、爬虫類のような羽が生えている。

 その男は此方の様子を見ると快活そうに笑った。


「こいつが最近ブティとルシューが入れ込んでるロックベルっつー甥っ子か! なるほど、可愛がりたい感じのガキだな」


「ブティ、嫌がって呼んでないのにそんな意地悪なやり方すると嫌われますよ。あなたも下がりなさい、テンパル」


 浮足立って映像に近寄って来ようとする二人をルシフォードが抑え込んだ。しばらくやんや、やんやと騒いでいたが、ルシフォードがにっこり笑うと二人とも大人しくなった。


「だってブティ城に戻ってから毎日、甥っ子から連絡が来ないか今か今かと待ち続け、妙にソワソワしたり苛ついたり情緒不安定だったんだもん、気になるじゃんかよー」


「べべべべっつに気にしてねーし! 言うなよ!」


「さっきだって連絡きた瞬間ここ最近見なかったくらいうれしそうな顔してたし」


「えぇ……」


 三人の話にロックは呆れてうなだれる。自分より何百年と生きてきたはずの大人なのに、年上の兄が可愛がる弟とその様子を微笑ましく見守る友人たちのような構図になっており、どうしてこうなったと頭痛がする。


「それで、嫌がりながらもブティ兄ちゃん呼びしてまで連絡してきたということは、緊急事態ですか。ロックベル」


「簡潔に言うと、コルドネア王国の王宮内に魔物が入り込んで、第二王子が襲われて重体らしいっす」


 うなだれながらロックが早口にそう話すと、先程まで和気藹々としていた三人の顔が一瞬で真っ青になった。溶け始めた蝋人形のように、全身から脂汗を発生させる様子は、向こうも事が相当重大であると考えていることが容易に想像できた。

 マリーは三人のその様子がどうしてか面白いのか、黒い顔でくつくつと笑っている。


「なる、ほど。それで連絡してきたのですね……」


「こっちからは人間に対して攻撃しないよう宣言してある。どこのどいつだそんな馬鹿やらかしたのは……」


 魔王命令でないことはオブティアス達の様子を見れば明らかだった。シュバイツも同意見だったのだろう、新種の魔物の可能性とされている所以である、その魔物の外見を話し始める。

 なんでも、王宮内の一室、ヘキルカイドの部屋は暗殺の可能性も鑑みて、窓が設置出来ない場所に位置している。ドアを閉めれば完全な密室状態だった。そして、使用人を命令で下がらせてしばらく経ち、部屋の中から尋常ではない物音に衛兵がドアを開けたところ、それが中にいた。

 部屋を埋め尽くさんとするほどの巨大な翼竜の、骨。うっすらと紙一枚張り付けられているようなだけの薄桃色の皮膚。鋭い爪と牙で、ヘキルカイドの体に突き立て、弄んでいた。血がしたたり落ち、家具は破壊され、室内はひどいありさまだったらしい。

 そしてその魔物は、恐ろしいほどに凶暴で、強かった。王宮内の近衛騎士団が束になり、王宮魔導士も総動員しても苦戦していた。アルフレッドがいなければ、ヘキルカイドを助けるどころか、王宮内により被害が拡大したと言われるほどには。


「ギリギリ一歩手前で押しとどまった感じだな……最悪には、いや現状最悪だけど、少なくともヘキルカイドとかは生きてんだな」


「ヘキルカイドは、だけどな」


「一緒にいた令嬢は、喰われたらしい」


「……マジかよ」


 ロックとシュバイツは被害者が出たことを話すと、映像の向こう側で、オブティアス達は険悪な表情に変わる。


「特徴を聞いた限り、既存の魔物に該当しませんね。スカルドラゴンが一番近いでしょうが……」


「あれはそれこそ戦争でもしないと出てこない。それにスカルドラゴンなら部屋どころか王宮の一部ごと吹き飛んでら」


 多大な死者が出た時、その怨嗟にあてられた魔力が集まり、最悪の魔物が生まれる。それがスカルドラゴンだ。

 恨み辛みに身を任せ、暴れるだけ暴れて、満足すれば崩れて消える。しかし巨体と魔力量により、程度によっては戦争よりも甚大な被害をもたらす。

 ここ三千年ほどは確認すらされていない大物の魔物が一番形状としては近い。


「あれに類似する新種が出たとなればかなり厄介ですよ」


「スカルドラゴンは、怨嗟の念が強すぎて攻撃がまともに通じねぇ。アルが苦戦したとなると、かなりまずい」


「でもま、魔物の判定は置いておこうよ。これ、ぶっちゃけこっちが逆に宣戦布告されかねない状況だけど」


「……させませんわよ」


 後ろから覇気迫る声にロックとシュバイツが振り向くと、アリアナが起き上がっていた。

 頭に載せていた冷やした布が、ペシャリと音を立ててスカートの上に落ちる。じんわりと布を伝ってスカートを湿らせていくが、アリアナはそれにも気付いていない様子で、怒りに歪めた顔をこちらに向ける。


「王宮内で、そのような不届きを行った魔物は許せませんが、だからといって戦争など。お互いがそれを望まぬのに、利己利益のためだけにそれを進言する貴族がいるならば、私が全て叩き潰しますわ」


 両手を震わせ、ゆがんだ顔の皺一本一本にまで怒りが込められているような剣幕に、ロックもシュバイツも、果てには映像の先にいるオブティアス達までたじろいでいる。


「シュバイツ先生、兄さまにも通信魔法をつなげたいのですがよろしいですか。このまま三か所から同時に連絡を取ったほうがいいと思いますの」


「そ、そうだな。俺はそれで構わん。魔王様の方は……」


「アルからも直接話が聞きたい。願ってもないことだ。頼んでいいか」


 アリアナは、二人から了承を得ると、アルフレッドに通信魔法で呼びかける。しばらくして、王宮内の一室だろうか、壁も豪華な装飾が施され、天井からシャンデリアがぶら下がった上品な部屋にいるアルフレッドが現れる。

 アルフレッドはアリアナの顔を見て、厳しい顔に安堵の色がさす。そして二人の背後でオブティアスの映像が映し出されていることにも素早く気付いた。


「アリアナ、そっちは大丈夫そうか。オブティアス達とも通信しているのか? ふむ、ある意味ちょうどいいな」


「アル、魔物が勝手なことをしてかなりの被害を被ったと聞いた。すまん、こちらの管理不足だ」


「大丈夫だブティ、私もお前の意思であれが行われたとは微塵も思っていない。王宮内はかなり荒れているが、収束させようとゼギル殿下が動いてくれてらっしゃる」


 ゼギルにも礼を言わなければな、とオブティアスは呟く。お互いの顔を確認し、その凛とした表情から通じ合ったらしい。


「お兄様、この機に乗じて魔族に戦争を仕掛けようと思いあがる方々は」


「動きはあるが、消極的だ。活発的に動いているのは弱小の小さい貴族だけ、動く前に潰せる」


 貴族の会話は恐ろしい。ロックはアリアナとアルフレッドの間でさらりと交わされる言葉を聞きながら思う。とりあえず現状から戦争が発生するという最悪の状態は防げそうであると全員が安堵し始めた。魔王側からの正式な謝罪など、外交的なことを話し始める。

 一段落したと感じたロックは、そもそも自分はシュバイツに用があったことを思い出した。


「あぁ、そういえばシュバイツ先生、ちょっと教会に行ったことなんだけど、報告することがあって」


「うん? 教会関連で?」


 ロックは教会で、神父とクロエから聞いた話をシュバイツに話した。オブティアスとアルフレッドも話が聞くことが出来る現状で話した方がいいと判断したためだ。ロックと、途中から会話に入ってきたアリアナの話を聞いて、シュバイツも眉をひそめる。


「新種の病気に、情報が教会や下町でストップしたまま。しかも回復した者が行方不明か。たしかに何やら妙だな。調べる必要がありそうだ」


「アリアナ、王宮内も対応で忙しいが、確かにその件は見過ごせないだろう。こちらも調べておく」


 アルフレッドの言葉に、アリアナは妹として丁寧に礼の言葉を述べる。夏季休暇にありながら、教師たちを呼び戻す事態になりそうだとロック達が考える中、一人、マリーは黒い笑みを浮かべながら嘲笑っていた。


(ほんと、間抜けたことよ。この程度で事態が済んだと思い込んで安心しておる。少し考えれば事態はもっと酷いことがわかるというのに、平和ボケとは怖い物やのう。この調子では、近いうちにもっと酷いことが起こりそうだの)


 だれもそんなマリーの心境を、主人であるロックすら気付かない。

 ただ一人、魔女はこれが単なるきっかけでしかないことを想定しながら、何も話さず真黒の腹の中で大笑いしていた。

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