相談
クロエに案内されて、教会内の一室に通される。木製の簡素な客室は、数人が入るだけで精一杯なほどの狭さで、木製の質素な机と椅子が設置されており、そこに座るように促された。
お茶を淹れたクロエが神父と伴って戻ってくる。目の前に差し出された、淹れたての熱いお茶をすすりながら、ロックはクロエをじっと見据えた。心配そうな顔をしながら俯いていたクロエは、ロックの視線に気づいて目が合い、真っ赤になって目を泳がせ始める。
ロックもほんのりと顔を赤らめながらも、その視線が外せずにじっと見つめ続けていると、コホンというアリアナの咳払いに、ロックもクロエも驚いてたじろいだ。
「すみません。相談事があるという手紙をロックベルが受け取ったとのことなのですが、教会としての相談事、ということでしょうか?」
「はい、わざわざご足労頂いてまで、ありがとうございます。我々にはもうどうしてよいやらわからないのです」
ロックとクロエの様子を微笑まし気に眺めていた神父は、アリアナからの言葉に溜め息を吐きながら答える。
「実は、教会内の連絡筋から、新種の病気が各地で流行り始めているという話なのです」
「新種の病気、ですか?」
「はい。この教会には幸いまだ被害が及んでおりませんが、各協会での被害は甚大で、ついに最初に病気が発覚した教会で死亡者がでたとのことです」
「国への報告は?」
「もちろん行っておりますが、どうにも国からはあまり重要視されてないらしく、まるで対策されないのです。我々でやるだけではもう、限界を迎えつつあります」
神父の話に、クロエも顔に暗い影を落とす。国へ報告していたにもかかわらず、病気への対策もされず、とうとう死者まで出てしまった。教会は維持費だけで精一杯であるため、孤児の病気の対処も元々ままならない。
神父の話から、病気になっているのはかなりの人数に上るようだ。国へ報告しても対処されないとなると、確かにもはやどこに相談していいか分からない状態だっただろう。
「わかりましたわ。私はコルドネア王国の者ですが、ナハム公国にもいくらか伝手はあります。それに、私からゼギル殿下へも進言させていただければ、ナハム公国としても動かざるを得なくなるかと思われますわ」
アリアナのその言葉に神父もクロエも驚いた顔をする。アリアナはそれに微笑んで応え、ロックも考えるように拳に顎を置いた。
「よろしいのですか?」
「えぇ、魔導学園の生徒ですもの。困っている方がいれば手を差し伸べるのは当然のことですわ」
「国の方へは、学園に報告して、そっちからも連絡入れるようにしたほうが確実かもしれないな」
「ですわね。今は夏季休暇中なので、迅速に動けないかもしれませんが……」
「や、シュバイツが残ってるから、相談して大丈夫だと思う。学園が動ければ、治癒魔法が使える魔導士も現地に行けるかもしれないし」
戦闘による怪我などを治す治癒魔法を扱う魔導士を、学園は数多く有している。しかしそれが病気にまで効くかどうかは、試してみないと分からない場合が多い。しかし魔導士がその病気にも対処できるのであれば、現状の改善ができるかもしれないと、ロックは踏んだのだ。
自分たちが思っていた以上に協力する姿勢を示した二人を目の当たりにした神父とクロエは、口をあんぐりと開けて固まっている。
「そこまで、協力してくださるのですか?」
「病気の種類にもよりますが、新種のものとなりますと、国を超えて警戒しなければなりません。貴族としても、魔導士としても、当然のことをしているまでですわ」
「死人が出たとなっちゃ、なおさらだわな」
二人ともかなり厳しい顔つきをしながらも、断るつもりは微塵もなかった。決意のある二人の顔を見て、神父もクロエも顔を見合わせて喜ぶが、ロックはその様子に眉をひそめた。
「で、他にもなんかあるんじゃねぇの?」
「え」
「さっきからしきりに目配せしてるし、病気の事だけなら、手紙で直接書いても良かった。相談したいことの本件は、他にあるんじゃねぇの」
アリアナはロックのその問いに驚いて彼に顔を向ける。確かに彼の言う通り、新しい病気が発生しただけなら、別段手紙で直接伝えても構わない。わざわざ相談したいことがあると、含みを持って書く必要がなかった。
そしてアリアナは、ロックがそこまで気付けると思っていなかったため、そして自分自身がその可能性を考慮していなかったことに同時に驚いている。まさかロックベルにしてやられるとは、というあからさまな表情をアリアナは顔に貼り付けていたため、ロックはそれを白い目で見た。
神父とクロエはロックの言葉に、互いに慎重に顔を見合わせた後、覚悟を決めたように向き直ってクロエが口を開いた。
「あの、聞いてくださいますか? 教会からの病気の話には、続きがあって。奇跡的に回復した事例が何件かあるんだそうです」
「え? ということは、薬か何かが存在するのですか?」
「治った方法は分からないんです。家族の方は皆一様に「神からの加護」と仰っていらして……。そして、奇跡的に回復した方々は、その、いなくなってしまうのです」
「いなくなる?」
「はい。病気から回復して、数日は元気に過ごして、もう大丈夫だろうと安堵した矢先に、家族ともども突如としていなくなってしまうのです」
新種の病気の、これまた奇跡的な回復例。それだけで十分病気の感染を止める手掛かりになる。教会としても話を聞きたいところであるはず。
病気が回復した家族は、他にも罹患している家族のいる家から、どうやって治ったのか必死になって聞かれた。しかしそんな彼らに帰ってきたのは「神からのご加護があったから」という、全く役に立たない答えだった。当然彼らは自分達の家族も治したいと必死になって何度も訪ねたり、教会に足繁く通って神に祈ったりしたが、結果は変わらず。
そして回復した者が、外出まで出来るようになって、村からも姿を確認できるほどになった頃合いに、ことごとく行方不明になっている。病気から回復した者だけでなく、その家族含めて。
二人はその話を聞いて、互いに眉間にしわを寄せる。特に、久しぶりにきいた神という単語に対して。
「きな臭いな、そりゃ」
「えぇ、それではあからさまに、何か裏があるとしか考えられませんわ」
まるで病気の回復方法を教えたくないかのような、神の加護と宣っておきながら、病気の者すべてを治すでもなく、ほんの一部しか治さないその動きは、明らかに意図された何者かの思惑があるとしか思えない。
しかも病気を使い、姿を現さず、神を名乗っているとなる。魔法を使えば出来ないことではないが、かなり質が悪い上、どこからどこまでに手が加わっているのか、相手の思惑も現状全くわからない。
おおよそ、神父とクロエも同様の考えだったのだろう。そこまでたどり着いて、もはや教会では抱えきれる案件ではないと悟ったのだ。しかしそれを国の使いに相談しても、病気の件での対応から、まともに請け負ってもらえる可能性の方が低かった。
まだ確定事項が少なく、あやふやな状態の現状では、魔導学園にも依頼は出せない。しかしこのまま放置していい現状でもなかった。その為、色々考えた結果、以前依頼を受けて助けてくれたロック達に手紙を送ることを思いついたのだという。
「慎重に、ですが迅速に動いたほうがよさそうですわね」
「そうだな、ひょっとすると、ジェイドの家の案件と同じ奴かもな。二人とも、話してくれてありがとう。この件に関しては学園にもきちんと報告する。またなにかあったら、手紙でもなんでも、相談に乗るから」
「別に何も相談事がなくとも、学園の生徒と手紙のやり取りをすることは構いませんのよ。理由があったほうが書きやすいでしょうが、それこそ、恋文でもなんでも」
神父とクロエに礼を言って立ち上がり、報告のために戻ろうと、声をかけてから扉に向かってロックが振り返った時、アリアナのとんでもない爆弾発言にロックは突っ伏してひっくり返った。
ロックが痛みに呻いていたら、クロエが真っ赤になりながらも、手紙を書くとなにやらゴニョゴニョ囁いているのを聞いて、ロックは立ち上がったその後ろ姿からでもわかるほど、耳まで真っ赤に染まっていた。