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掃除


「どうしてサーカムに退学を言い渡された時すぐに相談に来なかったんだ」


 応接室から出て廊下をしばらく歩いた後、徐にシュバイツが口を開いた。担任であるシュバイツは、手のかかる生徒程可愛がる傾向があるのか、問題児ロックはずっと構われていたし頼りっぱなしだった。


「いや、なんか気が動転して、頭回んなかった」


「魔導士たるもの、常に冷静に状況を把握しなければならない。その程度で動揺してどうする」


 もっともな意見を聞かされてロックも反省する。よくよく考えれば退学になるという言葉だけで先行して行動しすぎていた。

 冷静に考えればサーカム一人に生徒を退学させられるか実際怪しいところだったとわかっただろうに。応接室にいる間、シュバルツは話こそ聞いていたものの何一つ質問してこなかった。この様子から察するにきっと呆れていたことだろう。


「次からは相談、します……」


「ならいい。ロックは友人も一応いるだろう。一人で抱え込む必要はない」


 先入観で動くのはよくないからなと、シュバルツは肩をすくめてそれ以上追及しては来なかった。


「じゃ、学園長に言われた通り、こことここと、それからあそことそことそれと……」


「と、トイレの数多くね?」


 学園内部の様子は一応、入学時に一通り案内されてはいるものの、新入生が普段使っている場所以外はまだよく理解できていなかった。

 シュバルツはそれもわかっていたらしく、職員室に寄って構内図を持ってきた後、わかりやすいようにトイレに丸印をつけていく。


「な、なぁお前使い魔だよな?」


「マリーって呼んでよ」


「お、おぅ。マリー、お前トイレ掃除の魔法とかって使える?」


「いやよ。私に得がないじゃん」


 後ろからふよふよと空中を漂いながらついてきた使い魔に頼んでみるものの、あっさり却下された。出来ないと言わない当たり、出来るけれど徳にならないのでやらない。というのが理由らしい。

 なんだろうこの使い魔は、使い魔っていうものは普通、主人の命令に忠実に従うものじゃないのかとロックは顔をしかめる。


「こら。《願い石》なんて使ってズルした事に対する罰なんだぞこれは。自分の力でやりなさい」


「魔法使いたきゃ自分で使いなさいよ。ま、ご主人今の状態じゃまともに使えないだろうけど」


 シュバルツに去り際に頭を手で叩かれながら注意され、さらに追い打ちをかけられる。この使い魔、ロックには忠誠心がまるで感じられない。かなりの面倒くさがりのようだった。

 空中に浮かんでいるその様子からどうやら歩くことすら億劫だからで、掃除をしようとトイレの中に入るロックの後ろについて来ようともしなかった。手伝おうとすらしない。念願かなってようやく手に入れた使い魔のはずなのだが、この様子からロックは自身の使い魔である実感も湧かず、あまり嬉しさを感じられていない。

 諦めて一人で掃除しようと道具を出してトイレ掃除を始めると、今度は違う方向から声が聞こえてきた。


「よーう、ロック。ここにいたか」


「ジェイド」


 トイレの窓から男が一人身を乗り出す。ロックよりも身長が高く、ひょろりとした優男。手入れの行き届いた一括りにした髪は腰まで届くほど長く深い緑色をしていて、琥珀色の右目を隠すように前髪の一部だけ長かった。

 ジェイドとは入学試験の時に知り合った。庶民育ちのロックと違い、ジェイドは貴族の出身だった。貴族についてロックも詳しくは知らないが、この魔道学校を卒業することは貴族にとっても拍が付くことらしい。

 魔導士を強く志すロックとは異なり、そういった家庭の事情で入学したジェイドは、その気になれば上位の成績をとることができるだろうに、わざと手を抜いて平均あたりで納めている節がある。そういった背景からか、成績の悪いロックとは話しやすいようで、入学試験時からよくつるんでいた。


「サーカムに唆されて保管区画に侵入して退学になったって噂になってるぜ?」


「この通り罰は受けてるけど退学にはなってねぇよ」


「あーよかった。ロックはいじりがいがあるからな、いなくなると退屈だ」


 褒められてはいない。ロック自身に褒められるような要素もないので苛つきながらも聞き流す。こうやってわざわざ探しに来たのだ。少なからず心配はさせてしまったのだろう、言葉には出さないが友人思いのいい奴だとロックは感じた。


「で、かわいい女の子を使い魔にしちゃったそうじゃないか、どこだい彼女は」


 ジェイドは女性を見かけると片端から声をかけていくナンパ男だった。しかもその端正な容姿に貴族という出身も加わり、女心を的確に射止める言葉を発するためよくモテている。

 どうやら目的はロックではなく召喚した使い魔のマリーの方だったらしい。前言撤回しよう、こいつはいい奴じゃないとロックは心の中で悪態をついた。


「外の廊下だよ、男子トイレに入れんのはまずいし」


 本当は面倒くさがってついてこなかっただけなのだが、使い魔がその様子なのを話すことはなんとなく気が引ける。

 ジェイドは位置をきくなり窓からトイレに入って廊下の方に素早く歩いて行った。友人を華麗に無視して進むその姿にロックは苛立ちをにじませる。

 ジェイド十八番の女の子口説き文句が廊下の方から響いてくると、人の使い魔だっていうのに節操がないのだろうかと不安になった。


「ナルシスト嫌いなのよ、しっしっ」


 その不安もマリーの声が響いた瞬間噴き出してしまい軽くなった。まもなく撃沈したジェイドが腕組して残念そうな顔で戻ってきた。


「見事にフラれたもんだな」


「まだフラれちゃいないさ。でもまぁかなり手ごわい部類だね、彼女」


 ロックがさっきの腹いせに茶化してみたものの、ジェイドはまだあきらめた様子ではなかった。やめてくれと心底心配そうな顔でジェイドを眺めつつ掃除を進める。次があるのだ、あまり手を休めていられない。ジェイドも話こそするものの手伝う素振りは全く見せない。

 仕方がないので雑談しながら一通りのトイレ掃除を終わらせ、次の場所に移った。夕方から始めたトイレ掃除は、全ての個所が終わるころには夜中近くになっていた。一ヶ月これを続けなければならないことにロックは気落ちしていく。


「そう気を落とすな。一ヶ月後にはトイレの貴公子とか呼ばれてるぜきっと」


「いらねぇよそんな呼び名!勘弁しろ!」


 実際一ヶ月間トイレ掃除を続ければ覚えられそうで、かなり現実的なジェイドの言葉に身震いする。なんだかんだ言いつつも結局ジェイドも終わるまで残ってくれていた。決して手を貸してくれはしなかったが、今回はそこには目を瞑ることにするロック。

 散々な目にあった初めての週末は、そのまま寮に戻って寝ることであっという間に過ぎていったのだった。

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