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休暇

 ロックがグランクロイツ魔導学園に入学してから、三ヶ月が経過した。今、学園は長期の夏季休暇に入っている。

 ほぼすべての生徒が帰省している中、教会に戻っても迷惑をかけてしまうだけだったロックは、パーティの中で一人、魔導学園の寮に残っている。

 寮生活で慣れた、簡素なベッドに横たわりながら、ロックは部屋を軽く見渡した。椅子と机、それからロックが寝ているベッド。必要最小限のものしか置かれていない、板張りの簡素な部屋。今まで何人もの生徒が使ったであろう、使い古された部屋だ。

 貴族が入る際に多大な苦情が毎回届くそうだが、自分の事は自分でやるのが魔導士であり、貴族の子息や令嬢じゃないというのが学園側の方針だ。

 なので寮に不満があるならさっさと学園から去れというのが決まりである。寮に住めないというのであれば、魔導士として向いていないためだ。

 いつもなら午前の講習を受けている時間であるが、休みで何もないため、何をしようかとロックは考え、寮に入った時にはなかった木製扉についている悪趣味なプレートに目をやった。


 マリーの訓練も、大分慣れてきた。なぜ彼女があそこまで厳しい訓練基準にしていたのか、オブティアスと親類であると判明した今でこそ理解できる。

 たとえ人間の魔導士にとってはかなり厳しい基準でも、竜族の血が入っているロックからすると正当な基準だったのだ。

 昔から確かに、ロックは体力と腕力だけはやたら強かった。しかし人より少し強い程度だと思い込んでいたため、不思議に思っていなかったし、魔導士になるため必要だったので、より強くなろうと訓練してきた。

 しかし、それは竜族からしてみたら弱い部類だった。要は、ロックは自分が人間だと思い込んでいたため、体の性能に自発的にセーブが掛かっていたのである。

 その事に気づいたのは、オブティアス達と話をして数日後。マリーの訓練の時に、竜族の血が入っているにしては弱いのでは、とロックは自分に疑問を感じたためだ。

 疑問に気付いてから剣を振るってみると、以前の十倍以上の威力を発揮し、十倍の複製魔物を次々と屠っていった。思い込みにより自身の力を押し殺していたことに気づいたのだ。

 マリーの訓練基準が正当なものであると、ロックはその時初めて思い知らされたのである。だったら最初からそう話してくれないかとも同時に思ったものだが。


 ロックが思いに耽っていると、木製のドアが軽くノックされる。身を起こして返事をすると、シュバイツが入ってきた。

 講師も一応休暇なので、希望すれば帰省できるが、シュバイツは戻らずに学園に留まっている講師の一人だ。

 魔導学園の講師の部屋は、学園内の各所に設置され、シュバイツは男子寮のすぐ隣に部屋があった。講師をまとめて配置せず、各所に分散して部屋を用意することで、学園内の警備も同時にできるという構造だ。


「ロック、君宛の手紙が届いたみたいだ。今は講師以外休暇で居ないから、私が直接来る羽目になってね、はい」


 シュバイツから一枚の手紙が手渡される。謝礼を言いながら受け取ると、シュバイツはそのまま部屋を後にした。

 封を開けると、中は数枚の便箋が入っていた。この文字には見覚えがある。懐に一枚だけ、ずっと忍ばせ続けている、クロエからの感謝の手紙と同じ綴りだった。

 クロエからの手紙をもらったロックは、途端に心臓が口から飛び出しそうなほどに動転し、震えながらゆっくりと、その文字を目で追った。

 手紙の内容は、当たり障りのない季節の事から始まっていたが、ロックは途中である一点に目を止める。

 「相談したいことがある」と、そう書かれていた。誰に相談していいかわからない、依頼でもないのに、このようなことを書いて申し訳ないと、そう綴られている。

 ロックはその手紙を懐にしまい込むと、外出申請をしようと扉を開けた。

 休暇中なだけあって、寮は静まり返っていた。普段ならそれなり賑やかな廊下も、今は開け放たれた窓から鳥のさえずりしか聞こえない。

 ギシギシと古めかしい木の板の廊下を進み、ソファが数台置かれ絨毯の敷かれた、女子寮と男子寮を分ける談話室に差し掛かると、本来そこにいるはずのない人物に遭遇した。


「アリアナ? 確か婚約の夜会とかがあるから戻ってるんじゃなかったのか?」


 そこにいたのは、貴族令嬢で実家に戻っているはずのアリアナだった。

 高級ではあるものの古くなった絨毯に、重そうな荷物を落とせば埃が軽く舞った。彼女は大きな荷物を抱えていることから、たった今戻ってきたことが分かる。

 最初に婚約の話を聞いたときは驚いたが、貴族からしてみれば至極当然のことである。

 ジェイドはともかく、ヨハンにもそう言われたので、ロックは自分の視野の狭さを知った。

 そして、十五歳の誕生日を迎え、デビュタントと同時に婚約発表を含めた夜会を行うと、彼女は話していたのだ。

 相手は同い年の第二王子ヘキルカイド、学園には足を踏み入れていないが、優秀であるらしい。ゼギルデイドからも称賛され、二人の仲も良好だそうだ。

 確か夜会の日程はちょうど昨日だったはず、婚約発表をしたにも関わらず、夏季休暇もまだ始まったばかりで、こんなにすぐに学園に戻ってくるとは考えられない。


「ちょっと問題が発生したのです。なので、屋敷にいるよりもこちらにいる方が都合よくなりましたので、戻りました」


「問題?」


 ロックが怪訝な顔で聞き返すと、アリアナは苦虫を噛み潰したような表情で応える。


「その夜会で、婚約破棄されましたの」


「えっ」


「こ・ん・や・く・は・き・さ・れ・ま・し・た・の!」


「いや二回言わんでいい、俺でもわかる」


 キッと睨んでくるアリアナに、ロックはたじろいだ。そのままアリアナは近くのソファに優雅に座ると、向かいのソファに手を差し出す。

 普通ならば見とれてしまうような、優雅で朗らかな笑顔だが、それが危険なものであると理解していたロックは、無言で従うようにゆっくりとソファに座る。

 アリアナの話では、ヘキルカイドにエスコートされ、国王陛下達に挨拶している時に事は起こった。

 一人の男爵令嬢がヘキルカイドに飛びつき、自分とヘキルカイドが愛し合っていると声高に宣言した。そして、アリアナに嫉妬され、虐げられていると公言したのである。

 しかし普段の行いから、アリアナがそんなことをするとは他の貴族たちは思わなかった。白い目で見られた男爵令嬢は、何が何でもアリアナを悪役令嬢に仕立て上げようとありもしない悪事の羅列をした。

 アリアナは転んでもただでは起きない、むしろ倍返しするほうだ。アリアナが魔導学園に在籍していることを知らない男爵令嬢の言い放つでっち上げられた悪事は、全て学園にいる時期であったためアリバイが成立した。

 さらに証拠はどうしたと言い返せば、男爵令嬢は黙り込む始末。アリアナを嵌めるにはあまりにもお粗末だった。

 しかしヘキルカイドはその男爵令嬢に入れ込んでしまっているようで、男爵令嬢の話をすべて信じ込んでいたようだった。

 周りが白い目で男爵令嬢を眺めていることにも気付かず、アリアナが悪役令嬢だと決めつけて、勝手に婚約破棄して男爵令嬢を連れ立って夜会から出ていったそうだ。


「国王陛下たちにも謝罪されましたし、私に非がないのは公然の事実ですが、それでも貴族社会の好奇の目は避けられないでしょう。学園にいれば、学生でない貴族はそうそう近づけませんから。」


 学園に戻ったと分かれば、他の貴族も屋敷に訪れないだろうと踏んでの行動だった。


「なんか、大変だったんだな、ご愁傷さまで」


「ロックベルにまでそういわれるとは。人生最大の汚点になりそうですわ」


「なんでだよ!」


「ところでどこかに向かおうとしていたようでしたけれど、どうかなさったのですか?」


 ロックは言うか言うまいか一瞬躊躇したが、今のアリアナは虫の居所がかなり悪いようで、背後に黒い靄のようなものを漂わせながら笑顔を顔に張り付ける。

 身の危険を感じたロックは、渋々手紙を取り出して内容を伝え、クロエのいる教会に向かおうと考えていたことを話した。


「私としても野暮な真似はしたくはないのですが、今一人になると、怒りに身を任せて破壊衝動に駆られかねませんの。気を紛らわせたいのでご一緒させてください」


 黒い靄を漂わせながら笑顔で話すアリアナに、ロックは冷や汗をかきながら頷くしかできなかった。

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