親類
筋肉質だったため、一人では担ぎきれない体重の気絶したロックは、ジェイドとヨハン二人がかりで医務室に運ばれ、講義が始まるため講師に促されて二人はそのまま退出した。
講習中である数時間後に医務室の独特の匂いに意識を取り戻し、消毒薬の香りのする固いシーツをどかしながら身を起こすと、講習中にも関わらずベッドのカーテンの向こうにいたオブティアス達二人から飛びつかれて、父親のロクソベルグについて質問攻めにされた。
話せば話すほど、オブティアス達が探していた兄と同一人物であることが、その人物像や生活習慣、癖から確定していったようで、その事実にロックは震えた。
どうやらロクソベルグは行方不明になる数ヶ月前から、森に迷い込んだ人間の女性を保護していたらしい。ロックベルの姓プライムも、その女性の姓だったそうだ。
本人たちが亡くなっている今、その詳細は分かるはずもないが、いわゆる、子どもが出来たことによる駆け落ちだったのだろう。
魔物と人間の恋など、双方の種族から卑下されるだけだ。森の奥にひっそりと移り住んだ理由も、人間にも魔物にもなるべく知られないようにとの為と説明がつく。
「俺、親父は人間だと思ってたんだけど……」
「まぁ兄貴は頭が冴えてる分、戦闘は苦手だったからな。出来ないってわけじゃなかったと思うが」
「竜族にしては、弱いほうでしたね。だから剣の魔法に頼る戦い方をしていましたから。この角や翼も、消しておこうと思えば消しておけますし」
ルシフォードがオブティアスの角と翼を指でつつきながら言うと、実践するとばかりにオブティアスが両方をその場で消して、元に戻して見せた。
ロックがどうにかして違う要素を探そうとしても、それを否定する言葉がすぐに出てきてしまい、逆にそれが裏付けをとっているようだった。
「よくよく観察してみれば、ロクソベルグ様の特徴も受け継いでいますね。近くで見れば目付きなど生き写しのようです」
「よし、ロックベル。俺のことは是非ともブティ兄ちゃんと呼んでくれ」
よしじゃない。仮にも魔王だ、恐れ多すぎて呼べない。オブティアスの軽い言葉にロックは反射的にそう思ったが、言葉にする前に何とか飲み込んだ。
「ロクソベルグ様は戦闘が苦手でしたから、おおよそ調書の通り、ポイズンワイバーンが七体も相手となると、難しかったでしょう。お労しい」
ルシフォードがロックの両親が亡くなったことに関する詳しい調書を読みながら、涙を流す。
ロックがもうオブティアスの甥であることが、彼らの中でほぼ確定してしまい、ロックは訳が分からなさ過ぎて枕で頭を抱える。
「俺、自分は人間だと思ってたのに、ち、違うのか?」
「うん。ご主人は竜族の血、入ってるよ。だから確定」
「急に出てくんじゃねぇ!」
最近あまり周りをうろつかなくなっていたのに、使い魔マリーはベッド脇に急に現れてここぞとばかりにとどめを刺しにきた。
オブティアスとルシフォードは突如現れた使い魔に一歩身を引いたが、オブティアスはすぐに彼女の言葉に反応した。
「な、なんだこいつ。ちょっとまて、竜族の血がロックベルに入ってるのは本当か?」
「うん。人間には不向きな吸収魔法に耐えられてた理由の一つは、竜族の頑丈な体を少なからず受け継いでたのもあるし」
「聞いてねぇぞおい! お前全部分かってて黙ってやがったな!」
「だぁーってぇ、竜族の血については聞かれてないもーん」
口笛を吹きながら、悪びれもせずに白状したマリーに、ロックは枕を投げる。もちろん当たることもなくかわされることは理解していたが、それでもロックは堪えきれなかった。
そしてあろうことか、枕はマリーの避けた先にいた、オブティアスの顔面に直撃してしまった。
「おぉっとやったなぁ! ならブティ兄ちゃんが反撃するぜ!」
嬉々として枕を投げ返してきたオブティアス。ロックの顔面に、枕とは到底思えない岩の塊のようなものがぶつかる衝撃を受けて、ロックはまたしても意識を手放しベッドに倒れこんだ。
「ところで貴方は一体誰ですか?」
「私はマリー。ご主人の使い魔、魔女のマリー」
「魔女?」
気絶したロックにオブティアスが慌てて駆け寄っている中、ルシフォードが枕を避けてベッドから少し離れた場所でそれを眺めているマリーに声をかけた。
マリーからの自己紹介を受けたルシフォードは、魔女という単語に怪訝な表情をする。その様子を見てマリーは、顎に手を当て不敵な笑みを浮かべた。
「ほぅ? その様子じゃウィラードと面識があるな?」
あわあわとしていた様子だったオブティアスがビタリとその動きを止め、ロボットが振り返るようなぎこちない動きでマリーの方を向いた。
「何故、そのように?」
「大抵のやつは、魔女などという初めて聞く単語に不思議そうな表情をする。だが、お前は今、あいつを連想しただろう?」
そういう表情だったと、マリーは静かに笑いながら応える。
自己紹介の言葉の時はまだいつも通りだったが、魔女の単語にルシフォードが反応してから、その魔女の様子は豹変していた。
「確かに、我々が千年前にお会いしました。ウィラード様はその後すぐにいなくなりましたので、おそらく会ったのは私たちが最後でしょう」
「それで?」
「助けて、もらった。親父を止めるために」
警戒するような表情でオブティアスがゆっくりとマリー達に近付いてきた。苦痛の体験を思い出すかのように、顔をしかめ、語る声は唸るようにかなり低かった。
「なるほどなぁ。半人前の幼子二人に、戦闘が苦手の兄だけで、どうやって父親を退けたものかと思っておったが。そうかそうか、間抜けたことを」
「なっ、お前、どうしてそれを!?」
オブティアスの警戒していた表情は驚愕へと変わる。戦争の時、何があったかはもはやオブティアス達本人しか知らない。
当時、争いは日を増して状況が悪くなっていた。あのまま放置すれば、被害がより拡大するだけだと分かりきっていたのに、先代魔王は気にも留めず、人間への増悪のみで戦い続けていた。
オブティアスやルシフォードも当時は魔物としてまだ子どもであり、戦闘の苦手なロクソベルグだけでは、強靭な魔力を持つ先代魔王を止める事は出来なかった。
争いを何とかして止めたいと三人が必死になっていたその時、あの魔法使いは現れたのだ。
「少し考えればわかること。あいつは昔から、せっせと争いを止めることに精を出してばかりいた。戦争を終結させることが出来るならばと、お前たちの手を父親殺しで汚すまいと協力したのだろう。お人好しのやりそうなことだ」
「そうだ、そうだよ、俺たちは自分でやらなければならないことを全部あいつに押し付けた! 優しかったあいつはそれに耐えきれなくなって、いなくなってしまった!」
オブティアスは頭を抱えながら、今にも泣きだしそうな子どものような表情を浮かべている。
「魔王になって、毎日が忙しくて、魔物たちを森に囲って、出ないように勧告して、いろいろしている間にあいつは消えちまった! そして今度は、戦闘が苦手だって理由で狙われてた兄貴までいなくなった!」
両手を握り締めて、感情で魔力が暴走しないようにと、オブティアスは必死に自分を抑え込む。握りしめた手から、血がしたたり落ちる。
ルシフォードも、そんな彼を止めることは出来なかった。オブティアスが感じていた悔しさは、同じだけルシフォードも感じていたのだから。
双方で被害を受けた戦争でも、きっと守りたかった大事なものがあったのだろう。だから先代魔王は引き下がれなかったし、オブティアス達はこれ以上失うまいと必死になっていたのだ。
そんな経験をした彼らの前に、信頼していた兄の忘れ形見が現れたのだ。二人がそれに入れ込むなというのが無理な話だった。
「大事なものを守るために戦いを終わらせたはずだったのに! 次から次へと消えてく! 俺はもう、これ以上失うのはごめんだ!」
涙を流しながら、オブティアスは叫んだ。ルシフォードもその傍らで、両手を震わせている。
しかしマリーはそんなオブティアス達の話を聞いても、面倒で厄介な子どもを眺める様な、冷たい目をしていた。
自分たちを救ってくれた魔法使いとの繋がりを一瞬で見破った魔女の、その不気味な反応に、魔物でありながら初めて感じた恐怖を押し殺しながら、ルシフォードは懇願した。
「ロックベルの使い魔であるならば、彼を守ってもらえませんか。我々にはもう、彼しか残っておりません」
「全く、ウィラードはお前たちが思っているほど出来たやつじゃないというのに。まぁいい。お前たちが必死になっていたのはそういうわけか。まぁ、私も一応使い魔にさせられた身ではある。使い魔でいるうちは、お前たちが新しく見つけたちっぽけな大事なものを、せいぜい他のやつに殺されないように最低限は守るさ、最低限ね」
この私が使い魔なのだから、と。マリーはそこまで言うだけ言って、ロックが寝ているベッドを一瞥し、ニヤリと笑ってまた姿をくらませた。
オブティアスの荒い息遣いを耳にしながら、ロックは必死に二人に起きていることを気付かれまいと寝たふりを続けた。