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対面

 とある協会で、男は誰もいない聖堂の中心、祈りをささげるその場所で、行ったり来たりを繰り返していた。

 最近国は魔導学園の生徒が魔王を倒したことに注目してばかりだ。

 協会に勤める神官として、新しく流行り始めた病気について報告しても、重要でないと判断されているのか、国からの役人にはまるで相手にされなかった。

 男がこうしている間にも、病気に蝕まれ苦しんでいるというのに、主に流行っているのが教会の孤児や庶民の高齢者ばかりだということで、国からの助けはまるでなかった。

 なにが魔王を倒しただ。少しずつ、ゆっくりとではあるが、病気の流行はその範囲を着実に広げつつあるというのに、こんな時に記念に祭りを開こうなどと、国は一体何を考えているのかと、男は憤る。

 貴族に流行すれば、国も本腰を入れるだろうかと、神官あるまじき考えが脳裏をよぎってしまうが、そのような状態こそ手遅れであると言える。

 薬も薬草も効かない。医者に診てもらっても首を横に振るだけ。教会で保護した子どもたちは、日に日にやつれて、弱っている。命が失われるのも時間の問題だった。

 手を尽くすだけ尽くしても、好転しない現状に、男は神に祈り、縋るしかもう他になかった。


(助けが欲しいなら、これに祈るとよい)


 突然、頭に声が響いた。驚いて顔を上げ、周りも見渡しても、誰の気配もないまま。

 しかし男はハッとして気が付いた。神に祈るために握りしめていた両手の中に、光り輝く金色の水晶が握られている。


「おぉ、神よ……!」


 男は祈った。子どもたちの病が治るように必死に祈った。

 彼らの神に、創造の魔法使いに。


 後日、病気から奇跡的に回復したはずの孤児の子どもたちの、無残な死体が教会近くの雑木林から発見された。

 その日からその協会の神父の姿は見つかることはなかった。




 魔王オブティアスは宣言通り魔導学園に編入した。といっても、学園として魔王に魔法を教えることなど出来るわけもなく、逆に魔物側の知識や魔法を教わる、いわゆる交換留学のような概念に近い。ちなみにルシフォードも魔王の側近として一緒に編入している。

 アルフレッドがオブティアスと対等に渡り合ったことは、各国で伝説級となりつつあった。学園及び出身国からも賞を受賞し、卒業していないにも関わらず、現時点で最強の魔導士の称号を獲得しつつあった。

 マリーが保証した通り、アルフレッドは常人離れした魔力を抱え込んでいた。

 貴族であり、長男であるという立場上、魔物の討伐は学園内以外では許可されていなかった上、自身の異常な強さを認識し、意味もなくあまりひけらかしては、無闇に敵を作りかねないとしてその強さをずっと隠していた。

 しかし心の奥底では、全力で戦ってみたいという衝動が燻り続けていた。だからこそ、オブティアスとの決闘の提案があがった時、実は内心喜んでいたのである。

 魔王との戦争を防ぐという名目でならば、誰も全力で戦うことに文句もつけないだろうからと。


 机をはさんだ目の前に座るアルフレッドからそんな話を聞かされたロック達のパーティは、度肝を抜かれて全員顔を引き攣らせている。

 決闘の数日後、午後の講習が終わった後に、アルフレッドに呼び止められたロック達のパーティは、生徒会室に呼び出され、そこでオブティアス達と対面していた。

 お互いが全力でぶつかり合った結果、オブティアスはアルフレッドを勝手に親友認定したようで、革張りの椅子に座っているアルフレッドの斜め後ろで豪快に笑っていた。アルフレッドもそれを友好的に受け入れている様子だ。

 少し距離を置いた場所で困惑している様子のルシフォードとゼギルデイドも置いてきぼりの様子で、アルフレッドの肩をガシッと掴み、グッと親指を見せている。


「ま、そういうわけだからよろしくな! ちなみにアルフレッドらと同じ三年とやらに入ったぞ!」


「えぇ……泥棒認定してたのにそんな嬉々として報告するんすか?」


「あー、あれなぁ。お前、結局その剣どうやって手に入れたよ」


「親父が持ってて、形見としてですけど」


 ロックが素直に答えると、オブティアスは考え込むように腕を組む。

 アルフレッドからある程度ロック側の事情はきいたのだろう、この部屋に入ってオブティアスと対面してから、前のように「盗人」とは呼ばれなかった。

 唸っているオブティアスを置いておいて、ルシフォードが説明のため近付くように一歩前に出て話し始めた。


「その剣はですね、持ち主ごと行方不明になっていたものなのですよ」


「えっ、じゃあ、探してたのは、剣を盗んだやつじゃなくて……持ち主?」


「えぇ、我々にとって恩人であり、かけがえのない方でした。特にオブティアス様にとっては。彼の実の、兄上でしたから」


 終始底の知れない笑顔でいたルシフォードが、初めて悲痛そうな表情を見せる。

 後ろに控えていた他のメンバーの息をのむ音が聞こえ、ロックは体の中から何かが抜け落ちる様な感覚に襲われた。

 信頼していた大事な身内の持ち物が、本人はいないまま剣だけが見つかれば、あれだけ必死になるのも当然だった。

 しかも全くの別人が持っているともなれば、元の持ち主をどうしてしまったのかと、つい連想してしまうだろう。

 ロックにとってかけがえのない形見だったと同時に、オブティアス達にとってこの剣は行方不明の兄を探す重要な手がかりだった。だからこそ戦争の可能性を危惧してでも、情報を掴もうと必死になっていたのだ。

 ここまでくると、ロックにとって思い入れが深い親の形見であっても、このまま剣を持ち続ける気になれなかった。


「えっと、すんません。お返しします」


「いやいやいやそういう意味で言ってんじゃねーから! 持ってろ!」


 腰から鞘ごと外して、頭を下げながら机に剣を差し出そうとしたロックに、オブティアスが待ったをかけた。

 止められた意味がよく分からず、顔を上げながら探るような視線でロックはオブティアスを盗み見た。

 オブティアスはギリギリと歯ぎしりしながら、必死に何かを考えている。


「俺たちは兄貴の情報が分かればそれでいいんだ。あいつお人好しだし、お前の親に持ってけっつった可能性だってあるし、お前が形見だってんなら、持ってろ」


「や、でも、俺の親も小さい頃に魔物に襲われて死んで、しかもなんか知らない間に森に住んでたっていうし、情報もなにも手掛かり何もないんだけど……」


「ふむ、ちょっと思うところがあるのだがいいかい」


 困惑している二人に、アルフレッドが右手を挙げて声をかける。そのままアルフレッドも考えるように口を手で押さえながら、一つ一つ確認し始めた。


「オブティアス、君の兄がいなくなったのは、十数年ほど前だと言っていたね」


「まぁ、魔族からしたら最近だし、それくらいだが」


「ロックベル、君の両親が森に住み始めたのも、君が生まれた前後だったと調書の記録があったね」


「あぁ、たしか、俺が生まれたからあそこに引っ越したっぽいような話があったような……」


 アルフレッドは背筋を伸ばすように姿勢を正す。

 ある可能性が見えてきたアリアナとジェイドが息をのみ、ルシフォードとゼギルデイドの顔が青くなった。

 相変わらず歯ぎしりしているオブティアスをそのままに、アルフレッドは続けた。


「ロックベル、聞き込みをしても分からなかったため不明のままだったのだが、君の父親の名前を聞いてもいいだろうか」


「え、ロクソベルグ、ですけど」


「はああああああああ!?」


「うえっ!?」


 突然オブティアスが叫び、ロックベルは驚いて素っ頓狂な声を上げた。

 しかしオブティアスの方を見ても、叫んだままの状態で固まって口をパクパク動かしている。

 助けを求めるようにルシフォードに視線を回すが、真っ青な顔で机に手をついて、何とか倒れまいと体を支えていた。


「えっ、な、えっ?」


「オブティアスから聞いたのだけどな、彼の兄の名前も、ロクソベルグというらしいよ」


「……ぁぇ」


 あまりの事にロックは口からかすれた声のような何かが飛び出し、後ろからも同様の声にならない珍妙な音が漏れ出した。

 混乱する頭を必死に整理しようと今ある情報をかき集めようとするが、指の間から滑り落ちるように頭の中から抜け落ちていく。

 呆然と固まったロックを見ながら、ルシフォードが青を通り越した白い顔で呟く。


「なるほど、君がその剣を持っていて正解ってことだね。つまり、君は、要するに……」


「人間との間にできた、俺の、甥っ子って……ことか?」


 ルシフォードに続けたオブティアスの言葉にキャパオーバーしたロックは、ブクブクと泡を吹きながら、メンバーが自分を呼ぶ声を聞きながら背後に倒れこんで気絶した。

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