決闘-3
決闘の日は、生憎の曇り空だった。薄灰色の雲が空を覆い、太陽が顔をのぞかせようとうっすらと白みを見せている。
決闘場は学園により急遽拡張され、大理石は王宮の舞踏会の会場かと思われるほどの広さになっていた。
竜族について各国に協力を持ち掛けたため、決闘の様子を確認したいと各国要人が集まっている。
魔王側の「立会人は多い方がいい」という要望から見学が許可され、決闘場を良く見渡せるように斜めに配置された大掛かりな観客席が設置され、要人や学生たちに危険が及ばないように障壁魔法などがかけられていた。
ロックは見学している学生たちとは別の低い場所、決闘場の端の場所に配置されていた。オブティアスに指名されたのもあるが、吸収魔法の影響で、幾重にも張り巡らされた防御魔法と障壁魔法が無効化されることを考慮された結果だった。
マリーが傍にいるため大丈夫だろうと学園側には判断されたが、当のマリーには「魔法の衝撃飛んで来たら吸収の練習してみれば」と提案されてしまい、ひょっとしてマリーが学園に提案したのではと顔を引き攣らせた。
「よーお、アルフレッド! 逃げなかっただけ評価してやる!」
声がした方に目を向けると、魔王が転移魔法で学園上空に現れ、決闘場に降り立ちながら、その中心に一人立っているアルフレッドに向けて豪快に笑う。
ロック達と遭遇し、通信魔法を行った時とは違う、全身が刺々しい黒く光る竜の鱗に覆われ、両腕には鋭い大きな爪が獲物を引き裂きたそうにギラギラと輝いている。
「代表して決闘を受けたのですから、こちらとしても誠心誠意正々堂々と勝負させていただきます」
誠実な言葉で返すアルフレッドも負けず劣らず不敵な笑みを浮かべている。
全身鎧に身を包み、額に兜をつけ、スカーレット家に伝わる装飾と魔法の込められた、人の大きさと同じほどの大剣を携えていた。
双方の危険性から審判は最初から障壁魔法が施されている決闘場の中心の延長上の場外に設置された場所にいる。何が起きても対処できるように、学園長であるハンニバルが審判を務めていた。
二人は決闘場の中心に並び、そしてハンニバルの合図で、――決闘が開始された。
開始されると同時に、魔法をまとったオブティアスはアルフレッドに豪速で突進する。アルフレッドも魔法の障壁を貼りながら、大剣でその衝撃を防いだ。
空気が収束し、爆発する。衝撃波が発生し、暴風が吹き荒れる。見学している生徒達が悲鳴をあげ、障壁魔法が震えた。
「はっ、大口叩くだけはあるか! こりゃ久々に楽しくなりそうじゃねぇか!」
オブティアスは一旦後退した後、両手を下に向けた状態で前に交差すると、何もない空間から二本の禍々しくゴツゴツした上半身ほどの大きさの黒いシミターを取り出し、刃を交差するように構える。
交差した刃でお互いの刃を研ぐように前に振り下ろすと、斜めに交差した十字架のような形をした、黒い魔法の斬撃が放たれた。
アルフレッドがこれを大剣で防いだ瞬間、一気に距離を詰めたオブティアスがシミターを交互に振り下ろして目にもとまらぬ速さで、一撃一撃が重い斬撃を繰り出していく。
恐ろしい早さの斬撃を、アルフレッドは素早く大剣の位置を調整することで何とか受け流してかわしていくものの、防戦一方だった。
「オラオラどうしたぁ! てめぇの大口はそんなもんか! あぁ!?」
攻勢になったオブティアスが挑発する。その一瞬の隙をついてアルフレッドが身を地面に引き寄せて、地面を蹴って距離を取り、左脇を通り過ぎるようにオブティアスの背後に回り込む。
身体をオブティアスに向けながら左手を勢いよく空に向け、オブティアスに向かって振り下ろせば、青い稲妻が大量にオブティアスに降り注いだ。
「残念ながら、竜族の弱点とする雷系の魔法が私は得意でね」
不敵に笑うアルフレッドを眺めながら、オブティアスが口から血を吐き捨てる。
雷系の魔法は竜族の鱗を貫通し、体内に直接ダメージを与えるため、竜族の唯一の弱点とされる。
「なっるほどねぇ、そうこねぇとなぁ!!」
オブティアスが嬉々としてそう叫び、右手側のシミターを空に向ける。空中から赤黒く光る極太の魔導砲がアルフレッド目掛けて放たれ、アルフレッドは身を翻してかわす。
「まだまだこれからなんだよなぁ!!」
オブティアスは両手のシミターを上空へと向ける。空間がさざ波のように波打ち、先ほどの魔導砲が五十ほど一斉に発射される。
魔導砲による、人の頭ほどに大きな魔弾が赤黒く弾幕を貼り、絶えずアルフレッドを狙い放射され続け、アルフレッドは身をかわして走り、時に雷を放って魔弾を相殺する。
流れ弾が観客席に向かい、障壁魔法にぶつかる鈍い音が大量に響いた。
ばさりと羽音がして、オブティアスが上昇する。シミターを構え、壮大な数の魔弾を背後にそのまま上空から豪速でアルフレッドに突っ込み、そのまま飛び去るように一撃を与えながら距離を取る。そうやって飛行しながら、魔弾を背に一撃一撃加えていく。
「一方的な! 卑怯ですわよ!」
別の場所で見学しているアリアナの声がロックの元まで届いた。見学の人数が多すぎてその姿までは確認できないが、観客席の中心の方から、ジェイドとヨハンの声も交じって聞こえる。
ロックの方には障壁魔法がないので、定期的に放たれる魔弾が席に直撃する。当たらないように身を潜めながら見ていた。使い魔のマリーは横で悠然と突っ立って欠伸しており、守る気はなさそうだ。
「ライトニングボルト!」
アルフレッドが叫ぶ。突如として灰色の上空を黒い雷雲が覆い、雷による全体攻撃が決闘場に放たれた。決闘場の大理石を青白く照らした全体攻撃に、避けることが出来ずオブティアスに直撃し、上空から地面に叩き落ちる。アリアナの人一倍大きい歓声が聞こえた。
「さいっこうだなぁ……さいっこうだよおまえほんとさあああああああああああ!!!!!!」
オブティアスは本気でキレたようだった。全身と両手のシミターに黒い炎が纏われ、もう一度上空に飛翔した後、魔弾よりも一回り大きい、赤黒く光る球体が四つ空中に浮遊し、同じ色をした極太の魔力レーザー砲がアルフレッド目掛けて放出される。
「飛翔!」
アルフレッドが飛行魔法で上空へと舞い上がり、見学者たちからの動揺の声が聞こえた。現役の魔導士である教師達でさえ、高度な上級魔法である飛行魔法を扱える者は限られている。それを、まだ魔導士としての経験もない学生がやったのであれば、当然どよめく。さらに言えば、現役魔導士よりもずっと熟練された動きだった。あっという間にオブティアスと同じ高さまで上昇する。
そのまま空中戦が開始された。
オブティアスは次々とシミターを振り下ろして刃から斬撃の波を次々と繰り出し、魔弾と魔力レーザーが乱れ撃たれる。アルフレッドは空中でそれを飛行してかわし、オブティアスの突進と同じ速さで定期的に近付き、刃を交えては離れを繰り返し、更にライトニングボルトの範囲魔法を定期的に繰り出す。赤黒い光と青白い光のぶつかり合い。
二人の空中戦は、もはや人の目が追いつくスピードではなかった。鼓膜が破れそうなくらいの定期的に聞こえる衝撃音、吹き飛ばされそうになるほどの爆風、ピシピシと怪しい音をたてはじめる障壁魔法。
それは、運だったのだろうか。アルフレッドが何度も放っていたライトニングボルトの一つが、オブティアスに直撃して、身を怯ませ隙が生まれた、ほんの一瞬だった。
「ドラゴニングボルトォ!!!!!」
アルフレッドがオブティアスに向かって大剣を向け、両手を広げる。青白く光る、巨大な竜の頭が、三つ。とぐろを巻くように互いに身をよじりながら、それはオブティアスに向けてアルフレッドの両手から発射された、上級位の雷魔法。
オブティアスを三つの竜の頭が飲み込む形で直撃した雷魔法。断末魔の野太い悲鳴が決闘場に轟く。学園全てを明るく照らし真白にするほどの雷の衝撃が起こり、障壁魔法がガラスのように砕け散った。ドラゴニングボルトの余波を受けた見学者たちが悲鳴を上げながら、一斉に体が電撃による痺れで動けなくなる。
どれくらいたっただろうか、オブティアスの悲鳴がか細くなっていくのと同時に、電撃が少しずつ弱まり、どちらが先に消えたかわからないほど。真っ黒こげになったオブティアスは、上空から落下した。
大理石で出来た決闘場の床を砕き、めり込む。土煙が舞って、近くで見学していた者たちにパラパラと砂が降り注いだ。
「うあー……ひっひっひっ……俺の負けだわー、完敗だわー」
判定を行うために走り寄っていくハンニバルに聞こえるように、魔王オブティアスは黒焦げの状態で、ゲホゲホと咳込みながら、敗北を認めた。