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通信


「おっせぇ!!! いつまで待たせるつもりだ!!!」


 魔王オブティアスは映像の向こう側で怒鳴る。明らかに不機嫌だった。

 しかしこちらが謝罪するべきかどうか迷うよりも先に、傍にいたルシフォードが後頭部から目に見えない速さで引っ叩き、オブティアスは痛みに呻く。


「前提条件忘れないでください。こっちの都合で勝手に通信魔法使ったんですよ、動揺して遅くなるに決まってるでしょう」


 それだけ言うとルシフォードは軽く咳払いをしてこちらに向き直る。映し出されているのを忘れるなというその態度に、オブティアスは通信魔法が続いていることを思い出したかのようにこちらに向き直った。そして、予想外の人数が通信魔法を見ている様子に、少し驚いたように目を見開いた。


「あぁ? ロックベルとか言うやつに繋いだはずなんだが、なんでこんなに大勢居やがるんだ」


「えーっと……」


「まぁいいか。いるようだな盗人」


 オブティアスは通信魔法による映像を眺めるように首を回し、ロックベルを見つけると不快なものを見るように舌を鳴らした。

 マリーに介助してもらっての通信魔法は、今どのように向こう側に見えているのだろうか。どこまで見えているのだろうか。マリーがそのあたりに気を配るはずもないだろう、オブティアスを青二才魔王と豪語する彼女に、ひょっとして食堂全体を映しているのではないかとロックは不安を覚える。


「私はグランクロイツ魔道学園で生徒会長を務めさせていただいている、アルフレッド・スカーレットです。この度魔王オブティアス殿からの直々の通信魔法を生徒が受信したとのことでしたので、学園の代表として私が代わりに受けたいと思い同席させていただいております」


 アルフレッドが一歩前に進み出て、一通りの自己紹介をした後、相手への最大限の敬意を払って礼をする。

 国の貴族といえども、今は生徒を取りまとめるだけの生徒会長であり、学園に対しての責任全てを担っているわけではない。現在の立場と地位を弁えたその言動に、流石貴族だとロックは舌を巻いた。


「魔族を束ねる魔王のオブティアスだ。単刀直入に言う、グランクロイツ魔道学園、この俺様と決闘しやがれ!!!!」


 勢い良く玉座から立ち上がりながら、こちらに向かって指をさし、大声で怒鳴りつける。

 魔王から決闘という単語が飛び出したことで、ロックは呆け、アリアナは反射的に顔に笑顔を張り付け、ジェイドは肩が崩れ、ヨハンは声を漏らした。


「盗人が持ってる剣は俺たちも見過ごせるような案件じゃねぇ! だが俺様達魔族は人間相手に戦争するつもりも微塵もねぇ!」


 約千年、伝説の魔法使いがいなくなる少し前、人間と魔物の全面戦争が起こり、互いに大きな損害を受けた。先代の魔王をこの当代魔王オブティアスが打ち取り即位したことで、魔物側の方針が変わり戦争は終結した。

 そういった経緯からか、魔王オブティアスは人間相手との戦争を嫌っていた。魔物が住む森を境に、魔物だけの国を作り、そこから出てこようとしなかった。

 魔物はその強さにこそバラツキがあるものの、人間が少数であれば敵うような相手ではない。その為森の中に籠って出てこないのであれば、人間側も近寄ることはしなかった。

 魔物側も、人間の脆弱さから、大した生き物ではないと普段から舐めていたが、彼らにとって脅威になったのはその数の多さだった。千年前、何が原因で戦争になったかは今になっては不明だが、脆弱性から短期間で決着がつくと思われていた戦争は、予想以上に長引いて、彼らを疲弊させた。

 大陸の大部分を人間の数が占めていたため、幾度となく倒しても数が減らなかった。元々強いものへ服従する性質から、一対一での戦い方をする魔物と、軍隊を作り人数や戦略による戦い方をする人間では、戦場によってその成果が異なる。

 結果、泥沼の膠着状態の戦況が十年近く続いた。長い年月を生きる魔物でさえ、二度とやりたくないと辟易したのである。


「でだ。調べた結果、その学園には、実力勝負で意見を決める決闘とかいう制度があるっていうじゃねぇか。だったら人間のルールに従って決めてやろうって提案だ」


 戦争を起こしたくはないが、ロックの持つ剣は魔王である彼らにとって何か重要な意味を持つようであった。

 そこまで言うのであれば、ロックも両親の形見だが、争いの火種などにはしたくはないし、両親も望まないだろうという思いから、剣を返上する気がある。

 だがしかし、それで魔王オブティアス達が納得するだろうか。彼らにロックが盗人と完全に認定されている様子から、彼らは剣が欲しいだけであるというわけではなさそうな気がしていた。

 おおよそ、彼らが知りたがっているのは、この剣がどうしてロックの手に渡ったのかという経緯。盗人と言われる所以。盗まれたということは元々彼らのものであったこと、どこの誰が、どうして、どうやって盗んだのか。それが証明出来なければ、剣を返しただけでは済まなさそうだった。


「俺様が勝ったらロックベルとかいう盗人を差し出せ! その剣に関すること洗いざらい吐いてもらうからな!」


 まさに魔王であり、悪魔のような形相で、両手をわなわなと震わせ、あまりの怒気に全身に魔力を帯びて波打ちながら、オブティアスは唸っている。

 決闘という提案が出た時点で、出来れば外れてほしいと想定していた内容を聞かされてしまったロックは、そのあまりの形相に全身から冷や汗をかいてここから逃げ出したい衝動に駆られるも、同時に恐怖から足がすくんで動くこともできなかった。


「……盗人だと断定されていることに関して我々はわかりかねませんが、こちらの規則に従っていただき、秩序を乱すまいとする配慮、大変恐れ入ります」


「御託は良い、さっさと答えろ」


「決闘を受けるのはあくまで学生で、講師である魔導士は受けられません。そして、学園に対する決闘とするならば、生徒の長である生徒会長の私が謹んでお受けいたします」


 周りが一斉にどよめいたことで、ロック達は自分が食堂で通信魔法を使っていることを思い出した。

 騒ぎを聞きつけたのか、それとも誰か生徒が緊急事態であると呼びに行っていたのか、食堂の入口を見ると、講師達が何人か集まってこちらに向かっているのが見える。担任のシュバイツの姿も確認できた。


「ふん、誰が相手であろうと構わんが、別に熟練の魔導士を使っても構わんぞ」


「いえ、こちらのルールに従っていただいているのです。こちらがそれを破るのは誠意に反します」


「へぇ、悪くねぇ。アルフレッドとか言ったな、ルールはルールだ。てめぇの希望を言ってみろ」


 オブティアスがアルフレッドの顔を興味深そうに眺める。アリアナの兄であるだけあって、誠意のある行動を示そうとする彼を、品定めするような表情だった。


「そうですね、学生である私からの希望があるならば、学生としてこの学園に転入してください」


 アルフレッドのこれまた予想外の希望を聞いて、食堂内は水を打ったように静まり返った。話を聞いたオブティアスと傍にいたルシフォードも、ガラス玉のように目を真ん丸に見開いて驚いている。

 しばらくの沈黙の後、オブティアスが徐に俯いたかと思うと、大声を上げて腹を抱えて笑い出し、あまりの笑いからか目に涙を溜めはじめた。


「おっもしれぇじゃねぇの!!! 魔王である! 俺が! 魔導士としての! 学園に! 転入!? ひゃーっひゃっひゃっひゃっ!!!!!!」


 大笑いするオブティアス、変わらずに目を見開いたまま固まっているルシフォード、それをにっこりと笑顔で眺めているアルフレッド。

 異様な空気になった食堂に、生徒達も講師達も居心地が悪そうにもぞもぞしていた。


「乗った! 俺が負ければグランクロイツ魔道学園に転入してやろう。決闘の日時はそっちで決めな、俺宛の通信魔法が使えるようにしておいてやる」


 一通り笑い転げた後、魔王として大々的に宣言した後、一方的に通信魔法は切れてしまった。

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