成績
アリアナの個人講習の結果、ロックは筆記試験二十位ギリギリに食い込んだため、学年中の度肝を抜いた。
常に最下位と罵倒してきたノーマンは、自身の成績順位が三十七位となってロックに順位を追い抜かれてしまったこともあり「今度はどんな不正を働いたんだ!」と語気を荒げて食い掛ってきた。
他の生徒達も顔にこそ出さないものの、皆最下位がロックであることに心のどこかで安堵していたためか、ロックが一気にここまで成績を上げたことに対して完全に焦った様子だった。
《願い石》窃盗の前科があるロックに対して、他の生徒はノーマンと同じように、試験用紙を事前に盗んでいたんだだの、カンニングしただの、マリーを使って正解を書き上げたのだのありもしない噂が流された。
「堂々としていればいいのです」
アリアナは自身がロックの講習を個人的に受け持ったことを周りに吹聴しなかった。しかし聞かれれば勉強をみていたことはきちんと答えている。
自分で確認をしようとせずに噂に流れる様な大衆に対してまで相手にする気はない様子だった。
アリアナの筆記の成績はもちろん全科目満点の一位だった。
ジェイドは全く勉強している様子がなったのに、平均点だった入学試験からいきなり三位に入ったため、ロックと行動することが多かったのもあり同じように色々噂が飛び交っている。
ヨハンはロックの二つ上の十八位になんとか食い込んでいる。
「私も皆さんお手助けはしましたが、皆さんは自分の実力で勝ち取ったのですから、堂々としていればいいのです」
「アリアナ嬢、ロック見てみろよ、面白いぞ。震え方」
この結果に一番驚いていたのはロック自身だった。今まで見たことがない好成績に、素直に受け取ることが出来ず、かといって溢れてくる歓喜を抑えることもできず。
結果、携帯電話のバイブレーションのように震え続けていた。
終始「俺がこんな成績とっていいの?」だの「いやでもあれだけ頑張ったんだしいいんじゃ」と、ブツブツ呟き思考がぐるぐる回っているのが見て取れる。
傍から見れば何かの禁断症状で震えているようで不気味だ。
「薬キメてる人の禁断症状みたい」
「なぜ素直に受け取らないのですか、ロックベル」
「初めていい成績取ったみたいだし。その内落ち着くでしょ」
授業内容が変わると言っても、内容が変更されるのは午後からの実技講義のみで、午前中の講義は今まで通りに受けることになっている。
成績表を確認した後、午前の講習を受けて昼食を取りにパーティで集まっていたのだが、放心状態だったロックは席に着くなりずっと震え続けており、他メンバーの話も聞こえていない状態だった。
三人が顔を見合わせて苦笑している中、昼時の混雑し始めてきた食堂が突如ざわつき始める。
女子生徒たちの黄色い声が中心となって、その渦中がどんどんロック達に近づいてくるのがわかった。
「スカーレット家として恥じない、見事な成績だったそうだな。アリアナ」
「やっほー、アリアナ嬢。元気してるー?」
「お兄様! ゼギル殿下もどうなさったのですか?」
そこにいたのはアリアナの兄であり、グランクロイツ魔道学園の現生徒会長を務めている、アルフレッド・スカーレットと、さらに彼らの出身であるコルドネア王国の第一王子のゼギルデイド。
アルフレッドはアリアナと同じような赤みがかった短い髪に、端麗な顔立ちに切れ長の瞳。
アリアナと比べても兄弟であることがすぐにわかるような似た顔つきをしており、その美貌と貴族としての地位に加えて、入学してから公爵家の名に恥じぬ優秀な成績と魔法を扱い、ゼギルデイドの補佐としても優秀な彼は二年時で生徒会長になり、学内の女子から圧倒的な人気があるらしい。
一方のゼギルデイドはブロンドをこざっぱりと切り揃えた人のよさそうな風貌をしている。
グランクロイツ魔道学園でもさすがに王族となると多少の権力が効くため、学園を権力で支配しない配慮として、王族は生徒会に所属出来ない。
二人とも最高学年の三年であり、この食堂は新入生が主だって利用する場所であるため、他の学年のものが来ることはなかったのだ。
そんな中突如として学園のアイドル的な存在二人が揃って食堂に現れたため、主に女子生徒からの悲鳴に近い黄色い声で食堂は満たされている。
声をかけられたアリアナとも親しそうな様子から、兄弟仲も悪くなく、ゼギルデイドとアルフレッドが同い年であることもあり、普段から交流がある様子が見て取れる。
アリアナの殿下という言葉にジェイドとヨハンが反応して敬礼しようと身を起こすも、「そのままで」とゼギルデイドは気さくにそれを制し、それぞれ軽く自己紹介した。
「《願い石》を使い最強の魔力持ちを使い魔にしたという生徒が、魔王と遭遇して返り討ちにしたという噂を殿下が耳にしてな。調べてみたらアリアナ、お前のパーティでさらにリーダーだというじゃないか」
「だから俺が無理言って様子見に、出来れば話をしようと思って来たんだけど……大丈夫かそれ」
学園中の噂はもちろん耳に入っていたであろう。魔王との一件を聞きつけ、直接様子を見に来たようだった。
ゼギルデイドの視線の先にいるロックは、食堂がかなりざわついて黄色い声が向けられ、注目の的になっているにもかかわらず、心ここにあらずといった様子で変わらずブツブツと思考の海に沈んでいる。
流石にここまできて気付かないのはリーダーとして抜けているのではと心配したアリアナが声をかけようとした瞬間、姿のなかったマリーが徐に現れて机にめり込むほどぶん殴り、机の木くずが宙に舞う。
パーティメンバーは流石にマリーのロックに対する扱いに慣れてきたためあまり驚かなかったが、アルフレッドとゼギルデイドは面食らった。
「ご主人気付いてる? 吸収魔法に阻害されてるけど、通信魔法受信してるよ」
「いってぇ!!! あ? なんだこの震え!?」
めり込んだ机から顔を上げたロックは周りの様子に気づいて少し困惑したものの、自分が振動していることに気づいてさらに困惑し、その様子から周囲はそれが魔法によることであると初めて気が付いた。
困惑気味にロックはもう一度マリーの方に、振動して動きづらそうにしながらも視線を向ける。
「だから通信魔法受信してるんだって。これ多分この間の青二才魔王からだよ」
「「「「「「は!?」」」」」」
「その様子じゃ通信状態開けそうにないけど、介助しようか?」
「待て待て待て! それやったら魔王が通信してくんだろ!? んなもんどうすりゃいいんだよ!」
ロックは突然の魔王オブティアスからの通信魔法により混乱に陥る。
ついこの間泥棒呼ばわりされたばかりだというのに、ロックにはまともに対応できる気がしなかった。かといってこのまま通信を切るのも得策ではないことはもちろんだ。
先生を呼びに行ったほうがいいのだろうかと思惑するも、時間がかかる上既に大分待たせているはず、これ以上待たせるのもきっとよくないだろう。
いい案が浮かばずに四苦八苦しているロックを不安そうに全員が眺めている中、アルフレッドがマリーに問い質す。
「魔王というのは魔王オブティアスか? その魔王からの直接通信魔法が彼にかかっているのか?」
「まぁ、多分その剣媒体にして特定したっぽいよ」
「そうか、先生を呼びに行く暇もないな。公開通信にできるか、グランクロイツ魔道学園の生徒会長として私が代わりに受けよう」
マリーがその発言を聞いてロックに視線を向け、アルフレッドも同意を求めるようにロックに目を向けた。
自分では対処できないし、生徒会長としてというのであればと、ロックはそれに頷くと、マリーは指をパチンと鳴らす。
ロック達が並んで座っていた食堂の机の上の空間に、突如として映像が現れた。
映像の背景からは、どこかの城の内装を思わせる様な豪華絢爛な様子が映し出され、その中心に、玉座と思われる縦に長くこれまた豪華な椅子があり、傍にルシフォードが恭しく佇んでいる。
そしてその玉座には、ふてぶてしい様子で足を組み、肘をついて苛ついている様子の魔王オブティアスが鎮座していた。