十倍
「あああああああああああああ無理無理無理無理太刀打ちできるかあんなのおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
マリーから魔法の性質を聴いた日の訓練で、ロックとアリアナは協力し、初めてすべての魔物を倒すことに成功した。
自身の魔法の性質をまだコントロールしきれていないロックは、使えたり使えなかったりする自身の魔法で大怪我をしながらも、魔物から魔力を吸収して少しずつ無力化した。
なんとか成し得た事実に二人は身を震わせ喜んでいたが、マリーは甘くなかった。元々訓練初日に終わらせる予定だったのだ、当然次を用意していたのである。
喜んでいた二人に「じゃあ、次は一気に十倍のやつ行こうか」と指を鳴らして、現在ロックとアリアナは全く歯が立たないマリーの複製魔物から悲鳴をあげながら逃げまどっていた。
「こんなことやってたの、そりゃリザードマンやワーグじゃかなわないわけだよ」
「そりゃ普通じゃまず遭遇することのない強さの魔物複数と毎日戦闘させられてたらねぇ」
今回初めて訓練の見学をしたヨハンは、そのあまりの厳しさと恐ろしさに絶句し、軽口で言ってみた「僕もやってみようかな」という希望を、「テイマーには完全に向いてない」という理由で訓練をマリーに断られたことを心の底から感謝していた。
テイマーは魔物を大量に操り攻撃を指示するため、テイマー本人の単独での戦闘にはあまり向いてないのだ。同等かそれより弱い魔物であれば、数が多くてもそれぞれの判断に任せて攻撃指示が出せるが、マリーの複製魔物を倒せる使い魔は現時点でヨハンは所持していない。
一緒に見学していたジェイドは、やっと訓練をクリアしたし何かお祝いでもしようかと考えていた自分の甘さに気づかされる。
十倍になった魔物は、強さだけでなく、その体格も十倍にされていたせいで、気を抜くとあっという間に追いつかれ八つ裂きにされる。武器も魔法もまるで通用しない現状では、ただただ蹂躙されるしかなかった。逃げては殺され、逃げては殺される。
弄ばれることすらなく、小さな蟻に気づかずに踏みつぶしてしまうような、圧倒的な力の差を前にロックとアリアナにはなすすべがなかった。
「魔王クラスの魔法ぶち込まれないと発動しなかったんでしょー? 荒療治のが向いてるってことじゃん」
「限度があんだろうがああああああああああああああああああああああ!!」
「難易度の上げ方が極端すぎますのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ロックはマリーに吸収魔法が発動した状況を詳しく説明したことを後悔した。死の恐怖に対面し、全力を出したことが条件だとロックは全く思ってないが、今まで露ほどにも発動しなかった魔法が発動されたことで、マリーは無茶をしたほうが発動しやすいのではと考えたようだ。
だからといって二、三倍からいきなり十倍に上げて対応できるはずもない。魔物の数もそのままに、何もかもが十倍にされたのだ。アリアナの氷魔法のアイスウォールを使用しても止められない。ロックの吸収魔法も発動ができたばかりでコントロールが効かない。
ドスンドスンとまるで豪邸が動いているような巨体の魔物たちからその足で必死に逃げ出すも、スピードも十倍にされているため、体格も大きい魔物から逃げ切ることは不可能だった。
何かが潰れる音がした。背後に走っていたアリアナの気配が消える。次は自分の番だと悟り、襲い掛かる痛みに備えて身を構えた。
「五十回目なんですけど。弱すぎなんですけど。ねぇたかが十倍なんだけど? なんで対応できないわけ?」
「出来るか! なんだよたかが十倍って!」
「えー、三十倍じゃちょっとまずいと思って十倍で妥協したんですけど」
二人の身体を再生しながら毒づくマリーに、ロックは全力で抗議した。それに対して返されたマリーの言葉に、自分たちではなくマリーの感覚が狂っていることを理解した。
彼女にとっては本当にたかが十倍なのだ。妥協しなければ三十倍の強さの魔物が仕向けられていたと理解した二人は心の底から震えあがる。
ひょっとして、万が一これを倒せるようになった場合、本当に三十倍があてがわれるのではと想像してしまったのだ。
「ロックはやっと魔法が発動したってところで、まだまともにコントロールできないんでしょ? コントロールのやり方覚えるところからの訓練にしたほうがいいんじゃない?」
「何度か見たけどまだ体が追いついてない。筋力足りてない。このままでいい」
「まぁ確かにタイミングばっちりの場面で「今だ」って叫んでたのに真二つにされたりしてたけどさぁ」
ヨハンが見かねて訓練の変更を提案するも、あっさりと却下された。
どうやら見ているところは見ているらしいマリーは、コントロールできない原因は筋力がまだ不足しているからだと結論付けていた。
まだ足りないのか、既にロックの筋力は人の限界をずっと超えた状態にまで鍛え上げられていた。しかしまだ上を目指せというマリーのお達しに、どこまで鍛えればいいのか基準がわからなくなってくる。
そしてヨハンが後から言っていたことは言わなくていいとロックは思った。
厳しさを増していたのはマリーの訓練だけではなかった。中間試験まで一週間を切った現在、ロックはアリアナの掲げる「目標二十位以内」の為に、ひたすら課題を強いられ続けていた。
基礎知識から授業で習った内容にそこから派生する応用、果てには先生たちの考え方から導き出される試験の傾向など、アリアナの個人講習は幅を広げている。
それに犠牲になったのはロックだけでなくヨハンも同様だった。テイマー関連しか能力がないと自称していた彼は、その言葉通りテイマー以外の知識が壊滅的だったため、「貴方も私の友人ですので!」とアリアナにターゲットとしてロックオンされた。
二人揃って頭が知恵熱で爆発しそうなくらいに勉強を詰め込まれ、個人講習が終わるころには机に倒れる二人の屍が出来上がっていた。
ジェイドは個人講習に顔こそ出していたものの、そこは元々が出来る貴族。復習でアリアナにある程度話を聞いてもらいお墨付きをもらっていた。
「ロック、君の使い魔でこれ何とかできないの?」
「買収されてる……」
「そっかぁ」
マリーの方を見ると、いつも通りにアリアナからのスカーレット家特製ケーキを至福の表情で堪能している。その様子から一口食べてみたいと思ったことがあったが、マリーはケーキに関しては頑として譲ろうとしなかった。
勉強を教えてもらっている手前、アリアナに頼むのはなんとなく気が引けたので、ロックはいまだその味を知るに至っていない。
訓練と個人講習の結果、中間試験は特に問題なく乗り越えることが出来た。順位などはまだ出ていないが、実技はともかく、筆記試験はロックがこれまで経験した中で一番手応えを感じていた。
最もアリアナの要求水準である二十位以内に入ることが出来るかと聞かれれば不安も残る。勉学でいい成績をとったことがないため、手応えを感じこそしても、それがロック自身の勘違いであれば意味もない。
実技試験の方は、生徒がそれぞれ何らかの魔法を試験官の前で使用する方法だった。これは魔法が個人個人によって異なることが大きく関わってはいるが、大部分が同じような自然系の魔法を扱ったため、そちらで区分されていく。
ロックの吸収魔法はまだ扱えない状態だったが、使い魔のマリーがいる時点でどうやら清算されているようで、ロック本人はあまりまともに試験されなかったため不服だったものの、特に問題なしと認定された。
試験の翌日、成績が貼り出されて魔法に対応した新しい講習内容に変更され、新しい学園生活が始まった。