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魔女

 召喚された少女は、ロックと同い年くらいの年齢に見えた。黒いストレートの髪を腰あたりまで伸ばし、同じような黒い目をしている。白い襟のついた半袖、膝より少し上くらいまでの黒いワンピース姿は、普通の庶民の少女にしか見えなかった。


 そして彼女は現在ロックの隣に座り、陽気にクッキーをむさぼっていた。


 《願い石》が消えて、少女が召喚されたことに、衛兵たちはどう対処していいかわからなかった。とりあえずロックを捕えたのはいいものの、対応に困った衛兵たちはとりあえず学園長に連絡して指示を仰ぐ。

 結果、ロックは少女と一緒に学長室隣の応接室に通されたのである。その場にいるのは学園長である老齢のハンニバルと、学年主任のサーカム、担任のシュバイツ、そして現場に居合わせた衛兵が数人。

 座ったら沈み込むふかふかの革張りのソファに座っているが、まったく寛ぐことは出来ず、むしろ居心地が悪いくらいだ。ロックはじっと見つめてくるハンニバルに対して、観念したように事の顛末をすべて話したのだった。

 その間、召喚された少女は退屈そうにしていたが、クッキーののった皿が差し出され、興味を示した後一口かじり、目を輝かせてむさぼり始めたのである。


「ふむ? となると防御魔法は何一つ発動しなかったということだね?」


「え、やっぱなんかあったんすかあそこ」


 ハンニバルはロックの説明を一通り聞いた後、徐に口を開いた。何一つ、というフレーズから察するに複数あったのだろうか。しかしロックがそこにたどり着くまで、発動した形跡は全くなかった。


「その様子から察するに、君が何かしたということではなさそうだの」


「学園長! 騙されてはなりません、こいつが嘘をついているに決まっている!」


 声をあげたのはサーカムだ。彼は部屋に入ってから憤りを隠そうともしなかった。

 ロックが退学になると彼から言い渡されたと説明しても「でっち上げだ!」とひたすらに叫んでいた。どうやら彼は今回の件の責任は負いたくないらしい。どうせ退学になるんだろうからと気にも留めずに赤裸々に話したので、その叫びも無視していたのだが。


「やれやれ、一応報告を受けてから防御魔法の確認を一通り済ませておる。あれを設置したのはわしじゃしの。しかしロックが保管区画に入った前と後に特に変化は見られなかった」


 ハンニバルの言葉に、その場にいる学園の者はロックも含めて困惑した表情になった。

 学園長のハンニバルと言えば、人間の中でも一番強い魔導士であると評価される人物である。そんな彼がわからないともなれば、だれにもわかることができない。


「ロックベルの叫んだ願いは先ほどの説明の言葉で間違いないのだね?」


「はい、その場にいた我々がすべて耳にしました。間違いありません」


 衛兵に確認するようにハンニバルが声をかける。衛兵は頷くようにそれに答えた。控えていた他の衛兵も同じように答えたので間違いようがないだろう。


「この世で一番魔力が強いものを使い魔にした。ということだ、それでは」


 ハンニバルはもう一度確認するように目線を合わせた後、クッキーを咀嚼している少女に向き直った。


「私はこのグランクロイツ魔導学園の学園長を務めているハンニバル。君は一体なにか伺ってもよろしいかな?」


 少女に向かって問いかける。少女と言ってもあくまで見た目だけの話であり、人間であるとも限らないからである。呼びかけられた少女はしばらくもしゃもしゃとクッキーを咀嚼した後、ごくりと飲み込んでから右手を自分の胸にあてた。


「私はマリー。魔女のマリー。マリーちゃんって呼んでね!」


 朗らかに微笑んで彼女は自己紹介した。しかし学園側の人間は全員余計に混乱した。それもそのはず、この世界には魔女という概念がなかった。

 一番近い存在に、魔法使いという存在がある。しかもそれに該当するのはただ一人、この世界を作り上げたとされる創造の魔法使いだけであった。

 圧倒的な魔力を誇っていたその魔法使いは、何千年も前にその魔力を恐れた人間によって禁断の術を生み出され魔力を封印された。それでも並み以上の魔法を駆使していたのだが、千年前からぱったりその姿を見せなくなったのである。


 だからあの場にいた全員が、ロックの願いを聞いたとき戦慄した。ひょっとすると伝説の魔法使いが出てくるのではないかと考えて。


 しかし実際はどうだろうか、現在ロックによって召喚されたのは、魔女という見たことも聞いたこともない種族の得体の知れない少女である。


「魔女、というのは種族名かね?」


「そうだよ、人間とかそういうやつ。大きい括りの分類でいえば魔族」


「先ほどロックベルの話を君も聞いたと思うが、自分が召喚されたことに対して疑問はあるかね?」


「ない。私そもそもこっちに出てくるつもり微塵もなかったし。それこそ《願い石》でも使わない限り無理だったんじゃない?」


 こっち、というのは人間の住む国、という意味だろうか。色々と含みのある発言だが、この世で一番の魔力持ちである可能性のある相手に下手に話は振れないのか、ハンニバルがそれ以上追及する様子はなかった。


「ま、使い魔になっちゃったのは確定事項だろうね。ほら」


 そう言って彼女は左手の甲を見えるように掲げる。そこには使い魔の証である使い魔の紋が浮かび上がっていた。ロックがそれを見て慌てて自分の左手の甲を確認すると、同じ紋が付いているのを確認できた。

 使い魔の紋は、使い魔契約を果たした魔物と人間の同じ部位、または近しい部位に現れ、これが使い魔であるという証明に繋がる。


「使い魔の紋。確かに使い魔であることは覆しようのない事実のようだの。しかし見たことがない紋の模様じゃな」


 使い魔の紋は、その種族によって紋の形が決まっていた。ロックの左手に刻まれたそれは、今までの授業で聞いた内容とも違う前例のない形をしている。長い杖に、とんがったつばの広い帽子のような、なんともファンシーなデザインだった。


「さて、君たちの今後の処遇について伝えよう」


 ハンニバルはロックと魔女マリー二人に向き直り、それを見たロックも緊張で体を固くする。


「《願い石》は伝承の通り、君の願いをきいて消えてしまった。おおよそロックベルの願いが達成されるか、ロックベル自身が死ぬまで再出現はしないだろう」


 《願い石》が厄介なものであることの一つ、それは願い石の再出現である。願いをかなえるだけの力があるが、その願いは個人によってさまざまであり、時間を有するものもあった。その場合、願いが成し遂げられるまで、願い石は消滅するものの、願いが遂げられるや否や世界のどこかにランダムで再出現する。つまるところ《願い石》は願い事を無限にかなえ続ける力を備えていたのだった。

 分かりやすい願いだった場合であればすぐ近くにあるままなので見つけやすいが、今回の場合、ロックベルが最強の魔導士になるところまで含まれているのか、完全に消失してしまっていた。


「まぁ、あれは争いの種になるから保管していたにすぎない。ないならないで争いを生むこともないのでしばらくは大丈夫だろう」


「学園長!」


 サーカムが声を上げるも、ハンニバルは手を上げてそれを制する。


「だが、立ち入り禁止区画に侵入し、勝手に《願い石》を使用したのは校則違反にあたる。わかるね?」


「はい」


 とうとう退学が宣告される時が来たと、ロックは身構える。


「というわけで、ロックベル君には、一ヶ月間の学園内すべてのトイレ掃除を罰をして与える」


「「「は?」」」


 言い渡されたロックはもちろんの事、サーカムとシュバイツも同様に困惑の色を見せた。全員が退学になると思い込んでいたからである。


「ロックベルの話に嘘はない、魔導士として断言しよう。そして、成績が低いから退学にする権利はたとえ学年主任であっても一任はされてはいない」


 ハンニバルはサーカムに冷ややかな視線を向けた。人間一の魔導士に嘘がないと言われれば、サーカムも黙り込む他ない。


「サーカム、君は以前にも何度か将来のある若人が自主退学したと報告してきたな? 事後報告であってもこちらできちんと事情を調査していなかったとでも?」


「そ、それは……」


「今回の件、サーカムにも責任がないとは言い切れまい。すべてが事後報告であったため、こちらからの対処は出来なんだが、それなりのフォローは入れていたのだぞ。気付いておったか」


 どうやら全科持ちだったらしい。しかも本人はバレていないと確信していたようだ。成績不順であっても、サーカムが権利を振りかざして退学にさせていればいずれ噂が立つだろう、そうなると学園の評判にも繋がる。一度退学になってしまった以上どうしようもないが、せめてもと学園側から元学生へのフォローは入れていたようだ。

 しかし今回は自主退学になる前に起こった出来事であるため、当然サーカムにも責任が発生する。


「反論は認めぬ。何も言うでない」


 反論しようとするサーカムを遮るようにハンニバルが告げる。


「お主が成績の低い生徒を自主退学に追い込んでいる証拠なら十二分にある。遅かれ早かれ追い込まれた生徒がこういった事態を引き起こすことは容易に想像できよう。すべては対処の遅れた学園側の責任になる」


 成績の悪い生徒に全ての責任を押し付けようと考えていたのだろうか、サーカムは学園側の責任という言葉に硬直し、顔を白くした。


「さて、ではロックベル君の処遇については既に先ほど言い渡している。彼の後のことはシュバイツ、君に任せよう」


 ハンニバルは朗らかに微笑んで、その手の動作で三人に退出するよう促した。

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