問題
教会から戻ってきたヨハンと合流し、そのまま学園まで先生たちの転移魔法で送還されたロック達は、治癒魔法で怪我の手当をされた後にシュバイツに事の顛末をすべて話した。フォスター当主と騎士たちはガチガチの氷漬けになったままだったので、そのまま学園の魔導士によって拘束されている。オブティアスに関する話をした際には、シュバイツを含む他の魔導士たちも厳しい表情をした。ただでさえ人間が魔物の秩序を乱すという暴挙を行った上に、ロックの持つ剣に尋常でない反応を見せ、泥棒呼ばわりしたためだ。ロックの武器は亡くなった親の形見であることは、教会や出身の村で調べればすぐにわかることであったためにロックの疑惑はすぐに晴れたが、同時に新たな問題が発覚したのだ。
ロックの両親は出自が不明だったのだ。いつからあの森に住んでいたのか、どこから来たのか、家系等含めて何一つわからず謎の包まれていたのだ。幼いころに亡くなったこともあり、ロック自身も両親の事に関しては詳しくない。その為、両親がその武器を魔族から盗んで隠れ住んだのでは、という説が浮上したのだ。可能性としては捨てきれない。しかし両親を疑いたくなかったロックは、ひょっとしたら騙されてあの武器を手に入れたのではないかと心の奥で考える。この件に関しては学園側でも詳しく調査を行う方針で話がまとまり、両親の事を詳しく知る機会になると思ったロックもそのことに同意した。
父親が主犯になったジェイドは自身が証人となることを希望した。フォスター子爵の暴挙は学園よりナハム公国に伝わることとなり、国は大騒ぎになっている。国の貴族が魔物の増殖を企て、そのことが魔王であるオブティアスに知られることとなったのだ。ナハム公国はフォスター子爵の貴族位を剥奪、子息であるジェイドがその企てを食い止めたことが評価されて、一家全ての死刑は何とか免れ、学園で拘束されている当主以外のフォスター家の人間は投獄された。ナハム公国から魔族の国に対する直接的な連絡手段がないため、国を挙げて大々的に発表して伝える他なかった。自国の不始末を他の国に知られることになるが、魔王オブティアスに睨まれて宣戦布告されるよりはずっとマシだと判断したのである。
他にもまだ問題は残っていた。フォスター家当主は常軌を逸していたが、一貫して天のお告げを聞いたと主張し続けていたのだ。学園側もジェイドと同様に魔法によるものだと考えた。それはこの一件を影から誘導していた人物がいたことを意味する。スライムを大量発生させていたブラックホールも正体不明だった。建物が崩れた際に学園の魔導士もそれを目撃してはいたが、その時の衝撃により消滅してしまったようで、無くなってしまった以上調べようがなかった。唆した相手が個人なのか複数なのかも分からず、更に魔物を大量発生させるだけのものを作り上げる危険性から、学園はナハム公国と話し合って共同で捜査を行うことになった。
「問題ばかりが山積みですわね」
翌日、昼食のために食堂に集まりアリアナがふうと溜め息を吐きながらこぼした。
「あの時はオブティアスが急に眼の色変えてロックに突っ込んで、この世の終わりかと思ったな」
「肝が冷えたどころではありませんでしたわ」
「うわぁ、教会に行っててよかったよ」
パーティの面子で食事をとりながら、それぞれの事を報告する。昨日学園に戻ってから、先生やナハム公国からの使者とも何度も話をしたため、調査は深夜までに及び、疲れから皆気が滅入っていた。しかしだからといって休ませてくれるほどこの学園は優しくはない。いつも通りに講習を受けている。体力をつけないといけないと思いながらも、あまり食事が喉を通らなかった。個人個人で話をしたためお互いの様子がよくわかっていなかったので、ここで初めて全員が事の顛末を知った。
ヨハンは何の問題もなくクロエを教会まで届けたそうだ。そこでロック達と別れた方向から轟音を聞き、何かあったかもしれないと使い魔に乗って引き返していたところで、現場に向かっていた先生たちと合流した。アリアナとジェイドはオブティアスがロックに突っ込んでいったところで衝撃に吹き飛ばされたが、先生たちの魔法により何とか事なきを得ていた。その為、ロックのみに何が起こったかについては何もわかっていなかった。先生たちの話では、あれから魔王オブティアスに関する動きはない様子だが、ロックに対する反応から、警戒は必要だろうと判断されている。
「建物にも一応防御魔法かかってみたいだけど、なんで発動しなかったんだろうね」
「透明化魔法を解除したときに一緒に解除されたんじゃないのか?」
見る影もないほどに崩されてしまったあの建物を調べた結果、透明化魔法の他にも防衛のための魔法がかかっていたことが分かった。しかし、ロック達が侵入したときはそれが作動することはなかった。あの時透明化魔法を外したのはマリーだ。透明化魔法を解除したときに同時に別の魔法も解除していたのではと、ロックは使い魔の方を見る。今日もいつも通りにケーキをもぐもぐとむさぼっている彼女は、まったく疲労の色を見せておらず、お気楽だなと思いつつも質問すると、信じられないとばかりに顔色を変えた。
「は? 昨日魔法発動させといてまだ気付いてないわけ? あれはご主人の魔法の副作用だよ」
「えっ」
午後の実技講習に向けて無理矢理にでも食事を食べようと口に押し込んでいたその場の全員が驚いて咳込んだ。喉に詰まりそうになりながらも、なんとか飲み込んで話せるようになった全員が、涙目になりながらもマリーに顔を向ける。マリーはしかめ面でロックを睨んでいた。
「ロックベルの魔法が発動したんだって? それは俺も興味あるなぁ、聞かせてもらえる?」
「シュバイツ先生!? なんでここに?」
「昨日君たちが依頼を受けた教会からどうしても渡してほしいって預かったんだよ、ほら」
いつからそこにいたのだろうか、シュバイツはロック達の背後でにっこりとほほ笑んでいた。依頼受付からロック達宛にと担任のシュバイツに渡され、リーダーのロックに手渡されたのは、複数の手紙だった。一枚目はクロエからと添えられて、丁寧で綺麗な文字で「本当にありがとうございました」と書かれていた。それ以外も、覚えたての文字を必死に書き綴ったのだろうか、いびつな形をした、いろんな子どもからの感謝の言葉だった。
熱いものが胸に込み上げてきながら、ロックはそれを他のパーティメンバーに見せると、みんな驚いた後に優しそうな表情になる。この場にいる全員があの依頼を受けてよかったと、心からそう思えた。一通りその手紙を堪能した後、大事なものとしてその手紙をそっと懐にしまい、頭を切り替えてマリーに向き合った。
「昨日、確かにオブティアスの魔法が俺の中に流れ込んでくる感覚があった。あれが俺の魔法か?」
「ご主人の魔法は希少中の希少。しかも偶然に偶然が重なってるわね、幸運なことに」
オブティアスと対峙した際の詳細を、ロックはその場にいる全員に語った。向けられた殺意から死を直面し、その恐怖に全力で抵抗した。その時に、オブティアスの攻撃魔法が魔力に変わってロックの中に流れ込んできたのだ。どうしてそんなことが起こったのか、その時のロックにはわからなかったが、マリーの様子からそれがロックの魔法であることがようやく確信に変わる。
マリーはロックの魔法の性質を、ずっと前から把握していたようだった。しかしいくらロック自身が訊いても説明どころか話すらもしようとしなかった。ロックが魔法を発動したことで初めてそれらしいことを口にした。マリーはそのまま周りを値踏みするようにぐるりと見渡す。その場にいた全員が、話の続きを聞きたいと生唾をゴクリと飲み込んで黙り込んでいた。