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遭遇


「あっれー、ひょっとして余計なことしちゃった? ほっといても大丈夫な感じだった? まっず」


 空中に漂ったまま、男は慌てふためき始めた。ロックは瓦礫をどかそうと体を動かしながら、周りをぐるりと見渡す。

 どうやらこの男が建物の外から魔法か何かで攻撃したらしい。天井には大きな穴が開いており、レンガがまだパラパラと音を立てて崩れそうな状態で止まっている。アリアナとジェイドも吹き飛ばされており、それぞれ瓦礫に埋もれている状態だ。肝心の増殖事件の犯人のフォスター当主と騎士たちは、アリアナの氷魔法が分厚かったせいで、逃げることもできず、氷漬けになったまま瓦礫を受けて完全に気絶していた。


「出来る限り慎重に行動してくださいとあれほど言ったでしょう。なんでいきなり魔法ぶっぱなしてるんですか、このブティ」


「やめろ! その呼び方! 魔王なんだぞ、外だしオブティアスって正式名称で呼べ!」


 もう一人長い銀髪の男が上空に浮遊して現れる。冷めた目で黒髪の男、オブティアスを眺めてやれやれと首を振った。


「スライムがなぜか大量発生しており、調べたら森の外に魔力反応があった。厄介事の可能性を鑑みて、なるべく穏便に済ませたいところなのに。この脳筋の魔王様は原因ごと吹き飛ばせばそれで問題解決だと考えてらっしゃる」


「それが一番早いし楽じゃん!」


「魔人族が無闇に介入すればそれこそ戦争を誘発しかねないって説明しましたよね? 覚えてます?」


「忘れた!」


 突如として現れた魔人族を名乗る二人の男を、ロックは身を起こしながら呆然と眺めていた。

 魔王オブティアス。この世界においてこの名を知らない者はいない。魔族の森を抜けた、魔物が支配する国。そしてその頂点に立つのが魔王であり、信じられないことにそれが目の前にいるのだ。どうやら戦う意思はない様子で、話から察するにここで起こっていたスライムの大量発生を何とかしようと現場を見に来たようだ。

 ガラガラと瓦礫が崩れる音がしてロックがそちらに目を向けると、アリアナとジェイドが瓦礫から身を起こしたところだった。ふらつきながらロックの傍に来た二人は、あれだけの衝撃だったにも関わらず幸い軽い擦り傷や捻挫程度で済んでいる様子だった。


「わりぃわりぃ! とっ捕まえに来てたとこだったんだな? 怪我させるつもりなかったんだ。この通りだ、許せ!」


 オブティアスと呼ばれた男が、ロック達のすぐ横に素早く飛んで着地したと思うと、両手をパンと合わせてそのまま謝罪の姿勢をとった。魔王が目の前で謝罪しているという光景にロック達は唖然としてしまい、反応することが出来ない。呆然としているロック達と、まだ許されないのかなぁと不思議そうな顔をしているオブティアスの間に銀髪の男が舞い降りて、そのまま大きなため息をついてその頭を無遠慮に叩いた。


「あいてっ! なにすんだよ、ルシフォード!」


「貴方が何してるんですか。魔王が簡単に、しかもこんな砕けた謝り方して。面食らって呆然としてるじゃないですか」


「悪いと思ったから謝ってるだけだし!」


「あぁもう黙っててください。失礼、私は魔王付補佐のルシフォードと申します。制服からグランクロイツ魔道学園の生徒とお見受けしますが」


 銀髪の男がオブティアスを抑えた後、ロック達に向き直って丁寧に挨拶をする。面食らっていたロック達も、ルシフォードの動きに正気を取り戻したように瞬きした。ロックは混乱しながらも、リーダーとして何とか言葉を吐き出そう乾いた口を動かした。


「あっはい。グランクロイツでパーティ組んでます。俺がリーダーのロックベル」


「アリアナと申しますわ」


「ジェイドです」


 ロックだけでなく、二人も緊張しているのが震える声が聞こえてきたことで手に取るようにわかる。ルシフォードは三人の名前を聞いた後、ロック達に何故魔王と自分がここにいるのかを丁寧に説明し始めた。

 スライムが最近増殖していたことに危機感を持っていたのは人間だけではなかった。スライムは最弱の魔物である一方で、周囲の草木から魔力を吸収するために溶かして吸収する。一定の数を上回っていなければ植物が育つので問題はないが、それを超えれば森林が被害を受け、植物を食料としている魔物は食べるものがなくなり、植物を根城としている魔物はその住処を無くす。最弱の魔物であるがゆえに、他の魔物に蹂躙されれば消えてしまうだけの存在だが、この異常発生は下手をすると森そのものがスライムに食われかねなくなる。それほどまでの重大危機であると認識したため、魔王自ら調査に乗り出し、魔力の反応を感知してここを突き止めたところだったのだ。

 人間側の国で起こっていたことと突き止めた彼らは、人間との全面戦争は出来うる限り回避したいと考え、可能な限り穏便に事を済ませようしていた。実際は乗り込む前にロック達によって制圧されていたため、杞憂に終わったわけだ。


 ルシフォードが一通り説明し終えたところで、崩れた天井から複数の人の大きな声が聞こえ始めた。マリーが知らせた先生たちが近付いてきたようで、シュバイツの声らしきものも遠くに聞こえる。天井から外を見て気付いたが、日はとっくに暮れており夜空に星が瞬いていた。

 穏便に事を済ませたいと語っていたオブティアスとルシフォードはその声に気づいてロック達に向き直る。


「それでは、この件はあなた方学園の者たちに任せるとしましょうかね。森の外で起こったことですし、我々が介入するのはよろしくありません」


 どうやら魔王がいた事実は無かったことにするつもりらしい。ルシフォードは軽く一礼した後、オブティアスを掴みそのまま上空に勢いよく飛び出していった。オブティアスは自分で飛べると抵抗している。その姿に何やらロックは既視感を感じた。

 色々あったが、とりあえず一通りは解決しただろうか。ロックはほっと一息ついて、吹き飛ばされた時に手を離してしまった武器を探し、瓦礫の下からそれを見つけて引き抜いたときだった。


 どす黒い殺気。体中が押し潰されそうなそれを感じた瞬間、先ほどの衝撃とは比べ物にならないほどの魔法の攻撃を上空から受けていた。

 防衛本能が働いたロックは、本能的に剣で体を守っており、何とかその衝撃を受け止めようとしていた。意識がようやく追いついたとき、ロックは目の前で両手を開いているオブティアスが、先ほどまでの気楽な様子ではない、まさに魔王と呼ぶにふさわしい真っ黒な魔法のオーラで全身を包みながら、その魔法でロックを攻撃しようと襲い掛かり、自分におぞましい殺意を向けていることに気が付いた。


「どこで、それを」


 魔法を放ちながらも、右手でロックの握る剣を掴もうとしている。

 どこまでも低く腹の底まで響くような恐ろしい声。オブティアスから発せられたそれが自分に向けられていることにロックは戦慄した。


「この、こいつ、盗人――!!」


 オブティアスの瞳は憎悪に見開かれ、必死に言葉を絞り出し、更に両手に魔法を込めてロックを攻撃しようとする。遠くからルシフォードの止める声が聞こえたような気がしたが、オブティアスは気付く様子もない。

 殺す気でいる。本能的にそれを察知した。

 建物がオブティアスの魔法の衝撃で崩れ落ち、アリアナとジェイドが衝撃に吹き飛ばされていくのが見えた。防いでいる両手の感覚が無くなって、頭が真っ白になっていく。


 いやだ、死にたくない。


 訓練で何度も経験したはずなのに、ロックはこの時初めて死の恐怖を感じた。ありったけの力で、目の前にいる死の恐怖に抵抗した。

 叫ぶ。体中にある何もかもを使って全力をオブティアスにぶつける。無我夢中だった。

 そして驚いたことに、オブティアスが向けていた魔法がロックになだれ込んできた。自分の魔法がロックに吸収されていると気付いたオブティアスは目を見開いて手を緩める。その隙を狙ってルシフォードがオブティアスの後頭部に魔法を放った。魔法を受けて気絶したオブティウスを脇に抱えて、ルシフォードは急速に上昇していく。もはや残骸だけとなった建物の周りを学園の魔導士が包囲し、森に向かって消えていく二人に魔法攻撃を放ち続けたが、防御魔法に阻まれて何一つ効果はなかった。


「ようやく発動したか。まぁ及第点といったところね」


 剣を構えたまま呆然と立ち尽くしているロックの横にマリーが降り立ち、誰に言うでもなく呟いた。

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